大樹海の集落へ
これで理解した。というより認めざるを得なくなってしまった。
少なくとも日本ではない。富士の樹海であっても、ここまでの景観をした場所はない。それにこの地形には見覚えがあった。『新竜戦役』の氷棺があるラナリア地方の大樹海だ。
世界中のテーマパークを探しても、さすがにこの規模のものはないはずだ。
ナナが空を指さす。
「M、あれ」
「……」
見えてる。何度目をこすっても見えてる。
色とりどりの鳥たちからなる何百羽もの群れを貫き、すさまじい速度で飛行しながら襲っている巨大な鳥が。
それも二羽――いや、二体だ。
一体は肉体を覆う羽毛がなく、堅そうな皮膚に覆われている。
もう一体は輝く炎色の羽毛を生やし、長い尾びれから赤い軌跡を引いている。
「ねえ。これもう、外国どころか――」
「明らかに現実世界っつーか、地球上じゃねえなあ」
二体の空飛ぶ怪物が、一口で数十羽の鳥を喰らった。
まるで鰯の群れを襲う鮫だ。
「仮想?」
「そこまではわからん。仮想であってくれ、とは思うが」
「あはっ、だったらわたしにMの本名を教えてよ。わたしが家の者にコンソールから剥がしてもらえたら、今度はわたしがMのことを助けに行ってあげられるよ。正体も知れて一石二鳥っ」
「……魅力的な提案だが、いろんなリスクが高え~……」
正体バレに家宅侵入まで許すと、モンペ軍団に教職から追われそうだ。少なくともナナのご両親にはバレてしまうしな。
ナナの気持ちを知っちまったいまだと余計にリスクしかない。
「なんでよ! そんなこと言ってる場合!?」
「大声を出すな。見つかっちまう」
空を指さしながら指摘すると、ナナが慌てて両手で口を塞いだ。
何も知らなければプテラノドンや始祖鳥が現代まで生き残っていた、と考えるかもしれん。だが、俺もナナもあの魔物たちの正体をすでに知っている。ゲームの中で。
竜種ワイバーンと、精霊種フェニックスだ。どちらも火を吹く。特に後者は非常に危険だ。
ナナはさておき、スキルの使えない俺にはどう足掻いても攻撃は届かんし、運良く降下してきても手持ちの特攻武器が効かない以上、ろくなダメージも与えられない。
まあ、精霊種はおとなしいから、こちらから怒らせない限りは襲ってこないとは思うが、竜種のワイバーンは比較的凶暴だ。
「とりあえず移動だ。と、その前に」
「へ? わっ、ちょ――」
俺はローブを脱ぐと、ナナの腰の前で跪き、妖刀の柄だけをわずかに覗かせた状態で、ローブでぐるぐる巻きにした。鞘尻までだ。
これでもかろうじて抜刀はできるはずだ。
「こんなもんで毒電波の放出を防げるかはわからんが、気休めにはなる」
「毒電波って……わたしの血桜ちゃんがミイラに……」
「言ってる場合か。その妖刀のおかげでどんだけひどい目に遭ったことか」
「うう、ごもっとも……」
ワイバーンやフェニックスに寄ってこられても困る。
空からこちらは丸見えだ。距離があるから見つかっていないのか、あるいは鳥を食うことに夢中なのか、幸いにも襲ってくる気配はないけれど。
何にせよだ。
「山肌にいたんじゃ向こうからは丸見えだ。ラナリア大樹海にゃ人間族の集落があるから、まずはそこに向かおう」
「わかった」
俺たちは山肌を滑りながら下りていく。なるべく木の陰に身を隠しながらだ。
「場所わかるの?」
「『神竜戦役』と同じならな。これでも人間族だから」
「わたし、魔族選んじゃったんだけど大丈夫かな?」
そうか。魔族側を選んだプレイヤーは人間族のNPCから攻撃されるから、集落には簡単に近づけないのだった。
「わからん。だが仮想か異世界かの判断材料にはなる」
「現実世界の可能性は――」
「とっくに消えた」
仮想世界におけるNPCというものは融通が利かない。プログラムされた台詞を繰り返すだけだ。どれだけ俺が説明し、懇願しようとも、ナナが集落に受け容れられることはまずないだろう。だが異世界であるならば、事情を話し頼めば受け容れてもらえる可能性はある。
「……ねえ、M。もしわたしが攻撃されたら一緒に逃げてくれる? 仮想じゃないかもしれないところで人間族と戦闘なんて、絶対したくない」
「あたりまえだろ」
教師が生徒を見捨てるだなどと、あってはならない。
山肌を下り、樹海に降り立つ。
上から見れば緑色一色だったが、中から見ればこれはまた……。
……暗い。森が深すぎてまるで夜のようだ。
――……ァ……ッ………………ギァ……。
――…………キィィ……。
不気味な鳴き声が響き渡る。風もないのに草木が音を立てて揺れた。
「~~っ!?」
「――!」
ナナが隣でごくりと喉を鳴らす。
息を殺す。
小動物のようなもの何かが走り去る足音がした。
俺たちは同時に安堵の息を吐いた。
ゲーム体験でわかってはいたことだが、このような状況になってしまえばさすがに足もすくむというもの。エメリオの洞窟ほどではないが、このラナリア大樹海も相当危険な地だ。出てくる魔物が竜種に限らなくなった分、ナナよりも俺の方が相対的に弱くなる。
だが立ち止まっていても仕方がない。日が暮れればそれこそどうなることか。
「行こう」
「うん」
一歩踏み出す。
水分をたっぷりと含んだ腐葉土が、ぐじゅぅと水音を立てながらわずかに沈んだ。明らかに仮想で体験してきた感覚とは違っている。
異世界……か。
やはり最も荒唐無稽な発想こそが、最も真実に近しい気がした。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




