教師と生徒だから
日間ジャンル別ランキング1位をいただきました。
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彼女が大きなため息をついて太刀を鞘へと収め、不満そうにつぶやいた。
「寸止めってなんのつもり? ゲームなんだから斬りなさいよ。別に恨んでファンメ送ったりしないから」
「や、おまえのレベルがいくつかは知らないけど、デスペナがつらそうだから。負けを認めるなら教えてくれ。いくつ?」
「……キャップまでカンスト」
「わぁお……」
この『神竜戦役』のデスペナルティは、レベルがひとつ落とされる。当然、高レベルであればあるほど必要経験値量は増えるから、元のレベルに戻すことは困難になっていく。
カンストともなれば、一日二時間のプレイで一週間はかかるだろう。
「あんたは? 相当高いよね?」
俺は胸を張ってこたえた。
「スーパー初期値だ」
少女があきらかに侮蔑を込めた顔でつぶやく。
「そういう冗談は嫌いなんだけど。バカにされてるみたいで。それともやっぱりチーターなの?」
ゴオゴオと風雪が鳴っている。
俺はアイテムポーチから火酒を取り出して一息に飲み干した。
これを定期的に飲まなければ、耐寒スキルを持たない俺のライフゲージは風雪によってゴリゴリ削られていく。ここが現実世界だとしたら、こんな怪しい飲料物ひとつで耐えられる程度の吹雪ではない。氷棺は南極レベルだ。
ちなみに空き瓶は勝手に消滅する。ここは仮想世界なのだから。
「俺の武器を覚えてる?」
「魔法の宿った短剣でしょ」
「竜種特攻のついた双竜牙だよ。二対一組の」
「双竜牙って、産廃って言われてる武器じゃないの?」
双竜牙に限らず、何らかの種族特攻のついた武器は大体産廃だというのが『神竜戦役』での通説だ。その理由と言えば――。
少女が両手を細い腰にあてた。
「だっていくら種族特攻がついていたって、レベル初期値のキャラにしか装備できないんだから……え?」
俺は双竜牙を抜いて見せた。右が炎を宿した紅で、左が氷を宿す蒼だ。
「格好つけて自分で塗ったとか?」
「塗るかアホ。キッズじゃあるまいし。ちゃんと本物だよ。双竜牙が初期値の証だ」
「……パラメータ弄ったチーターじゃなく?」
「俺にそんな技術ねえよ。つかスキルも魔術も覚えられないから、さっきの戦いでも使わなかった……ろ? どうした?」
ふと気づくと、少女は雪の大地に両手をついていた。
「嘘でしょ……。レベル初期値のゴミクズに負けたの……?」
「ゴミクズて……。めちゃくちゃ言うな、おまえ……」
「……睡眠時間を削って育てたこのわたしのキャラが……」
それはよくない。どっぷりはまっている俺が言うのも何だが。
しかし、いまさら落ち込みやがった。面倒くせえなあ。
しばらく何かぶつぶつとつぶやいた後、少女は唐突に顔を上げ、キッと敵意に満ちた視線を俺に向けてきた。
「――屈辱! 情けをかけてどうするつもりよ!? せめて殺せばいいじゃない!」
「なんだそのつまんねープライド。たかがゲームだろ」
「優しいオークなんていまさらもう流行らないのよッ!!」
誰がオークだ、こんにゃろう。
「おまえを殺さないのはこっちの理由だ。気にするな」
「やっぱり身体を狙ってるとか!? このオークッ!! 『神竜戦役』は18禁じゃないんだからねっ!!」
「違うなあ……」
俺は短剣を収めて、あらためて彼女に視線を向けた。
……知人に似ている、というかうり二つだ。だからこそトドメを刺しづらかった。
周囲を見回す。
氷棺ステージにまで辿り着けるプレイヤーは、現状ではおそらく俺たちくらいのものだ。当然のように誰もいない。だから口に出して言った。念のために声を落として。
「おまえ、カンストするほどゲームばっかやってる暇ないだろ、七海七菜香」
しばしあった。
氷棺の吹雪が一瞬だけ止む。
次の瞬間だ。少女の表情が大いに崩れた。あんぐりと口を開けてだ。
「…………………………は? え、ちょ……? 何でそれ……!?」
両手で口を押さえて目を泳がせている。
しばし考える素振りを見せたあと。
「誰それ? 知らない名前だわ」
「とぼけてももう遅い。つか、やっぱそうか。はぁぁ~」
ため息しか出ない。似すぎているとは思っていたんだよ、最初から。
彼女のアバターが顔色を青ざめさせた。
「カマをかけたの!?」
この『神竜戦役』では、プレイヤーの感情は椅子型コンソールを通じてアバターに伝わる。つまりリアルの七海七菜香もまた、顔色を変えたということだ。
しかし動揺しまくってるな。まあ誰だってそうなるよな。どこの誰とも知らない男に、ゲーム内でリアルの名前を呼ばれたら。
けど、自業自得だ。キャラ名はナナだし、おそらくキャラメイクの際にコンソールから自身の姿を取り込んだのだろう。へのへのもへじにでもしておけばいいものを。ネットリテラシーがガバガバだ。SNSの延長線上だとでも考えていたのだろうか。さすがはZ世代だ。
俺は彼女を指さす。
「一応忠告しとく。キャラメイクの際に自分の姿を取り込んで使用するのはやめた方がいい。面倒な事件に繋がりかねん。特におまえは容姿がいいからな」
「え? え、ぅ、えへへ」
頬を染めて後頭部を掻いている。
チッ、反省してんのか、こんにゃろう。
「そこは謙遜しといた方がいいぞ。あと名前を呼ばれたくらいでいちいち動揺するな。次からはすっとぼけとけ。――じゃあ、俺は明日も早いからもう落ちる」
氷棺は現状、あくまでもただのステージだ。実際にレイゼリアの力とやらを取り合うことはできない。そのうちレイゼリアや神関連のダウンロードコンテンツが出るまではお預けだ。
いまここでやれることはまだ何もない。数万人いるプレイヤーの中で最初に氷棺に辿りついたのが、たまたま俺たちだっただけの話だ。
「おまえももう落として早めに寝ろよ。明日は生徒会集会だろ。おやすみ」
しばし呆然としていた少女だったが――。
「おや……す……みぇ? ま、待って、誰!? ちょっと誰なの!? あたしの知り合い!? 怖いんだけど! ねえ! ちょっとぉ!?」
そんな声を聞きながら、俺は容赦なくログアウトした。
椅子型のダイブ式コンソールの置かれた無機質な部屋だ。しんどいしんどい現実に戻ってきた。コンソールの背もたれに身を預け、両腕を伸ばし、そしてがっくりとうなだれる。
「はぁぁ~……」
まさか職場の教え子とゲーム世界で出くわすことになるとは。俺が現実から逃れられる唯一の憩いの場だったというのに。
泣きてえよぉ。
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