結構な苦労をしてきました
チクショウ、妖刀め。バカスカ敵を寄せやがって。ゲームだったら俺までカンストしちまいそうだ。
その後も、ひとつ角を曲がるごとに現れる様々な魔物にふたりして対処しつつ、俺たちは長い長いトンネルというかエメリオの洞窟を歩き続けた。
そうしてようやっと、洞窟の奥に外の光が見え始めたところだ。
「やっとこさ入り口まで戻ってこられたか。氷棺から離れただけでずいぶん温かくなったな」
「うん」
もう俺もナナも疲労困憊だ。口数もずいぶんと減った。
実際には四~五時間ほどだったと思うのだが、戦いながらだったからか、生身で現実世界を半日以上歩き通したような疲労と眠気を感じる『新竜戦役』内でエメリオの洞窟を抜けたときは、ここまでではなかったのだが。
やはり感覚はVRではなく現実のものだ。
「……ねえ、ここって現実だと思う?」
「知らんよ。あそこまで辿り着けばわかるだろ。確実なのは俺たちが住んでいた日本ではないということだけだな」
「だよねー……。やっぱ異世界?」
ナナがスキルを使用した時点で、現実世界の日本である可能性だけは消えた。特攻武器や妖刀から火や雷や氷が飛び出したり、魔物が実際にいたり、さらにはそれを食えた時点で作り物ではあり得ないときたもんだ。
ちなみに俺たちが辿ってきた洞窟の通路には、パン屑ならぬ無数の魔物たちの死骸が転がっている。
「信じられんが、その方がしっくりくるな」
「だよねー……」
肩を並べて歩く。
闇の奥から光へと向けて。
「でも、それでも別にいいかも。わたしは。スキルが使えるなら生き残れそうだし、Mも一緒にいるし」
くそ、変な要素を付け加えるな。
「なんだ、現実がつらいのか?」
「いろいろあんのよ。家族の期待に応えなきゃとか、いつも時間に追われている感じとか。友達だってろくにいないし。……その、あんた以外はね」
そんなもん、期待も時間も金も社会に出りゃ誰だって背負わされることだ。……とはいえ、学生の時分からそれらを背負わされる苦労はわからんでもない。
苦学生には苦学生の、令嬢には令嬢の悩みや苦労があるのだろう。それを理解しないほど俺は傲慢ではないし、理解できないほど若くもない。
環境こそ七海とは正反対だが、俺もそうだったから。
両親を早くに亡くし、親戚の家で肩身を狭くして過ごした。別にそこで虐待されたとかそういうドラマチックな展開はない。彼らは普通に接してくれた……けれど、俺の中での家族はやはり死んだ親父やお袋だけだったんだ。
だからすべてにおいて遠慮していたし、働ける年齢になってからは必死でバイトをした。学生時代は部活動に入らず、友人も作らず、死に物狂いで時間の許す限り働いた。
学費を貯め大学を出て、教職に就くまでは本当にしんどかった。親戚は不要と言ってくれていたけれど、当時かかった養育費の返済は四十近くになってようやく終えることができた。
「もうすぐ外だね」
そんな俺にとってゲームは安上がりな趣味だ。初期投資でコンソールさえ購入してしまえば、あとは何年でも飽きるまで楽しめる。
「ずっと暗かったから、眩しくて目がくらみそうだなあ」
本来なら俺の方こそ、帰りたくなくなっても仕方がないとさえ思える人生だった。あの頃の俺がこの世界に迷い込んでいたとしたら、間違いなくいまの七海とまるっきり同じ言葉を吐いてしまっていただろう。
それでもいま、その言葉を口に出さずにいられるのは、きっと七海を現実に帰すことこそが俺の教師としての使命だとわかっているからだ。
自分自身がどこで生きるかを決めるのは、世界を知ってからでも遅くはない。
「はぁ……」
「どしたの?」
だから俺は、もしもこの世界から現実に帰れるのがどちらかひとりだとするならば、迷うことなく七海を家族のもとに帰す。本人から嫌われようともだ。
こいつは現実世界をまだ半分しか見ていないのだから。その上で彼女がこの世界を望むのであれば、そのときはまた渡れるように手を貸すだけだ。
「どうやら俺は自分が思っていた以上に立派な大人だったみたいだ。すげえだろ」
「突然どしたー? 頭打った? なんかその言い方がもう子供みたいだけどー。大人は自分のことを大人なんて言わないんじゃない?」
「そうか。そうかもな」
「そうだよ」
あと十数歩だ。
もうすでに眩しい。
目を細める。
ナナが懐中電灯代わりに頭上に浮かべていた光精を送還した。
並んで歩く手が触れる。
「M。手、つないでいい?」
「なんでだよ」
しまった! いいんだった!
反射的に拒絶してしまったが、ナナの気持ちをMに向けさせて、九鬼から引き剥がす作戦中だった。だが言ってしまった以上、後戻りはできん。
「あ~っと、ほら、惚れた男がいんだろ」
「そうなんだけど、あの人とお付き合いするのは難しいかなって。立場的に……さ」
まあ九鬼は教師だからな。生徒には手を出さない。
だがここはあえてすっとぼける。
「立場!? はぁ~。これだからお高くとまった令嬢様は。どんだけ自分を高く見積もってんだよ」
「違うって! そうじゃなくて、向こうの方が……その、選ぶ上での立場が上で、たぶん、いまのところまだ女性としては見てくれてなさそーな……」
ナナが唐突に頭をかきむしった。
「――ああ、もう! そもそもうまくいきそうだったら、意地でも現実に帰りたいって言ってますぅっ!! あほあほばぁか!」
「子供か。ほれ――」
俺は手を差し出す。
ナナは少しむくれた顔を見せた後、そっぽを向きながらも俺の手をつかんだ。
「勘違いしないで。ただ不安だったからよ」
「わかってるよ」
「わかってるなら、人をからかうなっ」
「へいへい。ごもっとも」
光が射す。
進むほどに足から順に、腰へ、胸へ、顔へ。
同時に目を細め、そして光に慣れた瞬間に感嘆の声を漏らす。
「うわあ~……!」
「おおおお、すげえ……」
視界が開けた。
そこには太陽と無限の青空、そして視界一面には生命力にあふれる緑豊かな樹海が広く、広く――。
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