ろくでなしの考え方
ほとんど出番がねーわ。
妖刀血桜のエンカウント率向上は、それ以降も続いた。
だがナナは出会い頭に高ランクスキルをぶっぱして、容赦なく敵を屠っていく。
ドラゴニアもドラゴニュートも関係ない。竜種も何もあったものではない。
――空響火刃!
妖刀によって引き寄せられてくる魔物が、その刃から発生した炎の斬撃によって次々と灼き払われ、ときには凍りついていく。
――風雪列波!
縦に真っ二つにされたやつもいれば、横に分裂しちまったやつもいる。複数体が突然襲ってきても結果に変化はない。
――黒百合乱舞!
腹を満たして英気を養ったナナは縦横無尽に洞窟内を駆け回り、スカートを翻しながら的確な動きで次々と魔物を仕留めていく。
調子はよさそうだ。
ちなみに俺はナナの後をついていくだけ……。
だって俺が前に立とうとすると、先に出るんだもん……。
おそらく守ろうとしてくれているのだとは思うが、立場上なんとも歯がゆいものがある。なんというか、いまほどレベルを上げておけばよかったと後悔したことはない。最初にドラゴニアに襲われたとき以上にだ。
「ん?」
俺の視線に気づいたナナが、にっこり微笑んだ。
「まだ大丈夫、疲れてないよ。Mは危ないから下がっててね」
「………………死にたい……」
喉奥から絞り出した言葉がこれだった。
己の半分も生きていない守るべき生徒に守られる中年教師などに、何の存在価値があろうか。これが現実だとして、こんなことを世間様に知られてみろ。あいつは生徒を盾にして生き延びた最低の教師だとレッテルを貼られ、俺はこの仕事に戻れなくなる。
「なんでよ!?」
「俺は……俺が……恥ずかしい……」
「だからなんでよ!?」
そもそも俺はどうやって彼女との対決に勝てたのか。もう一戦やるとなれば、次こそ勝ち筋がまるで見えない。すでにこちらには何もないことを知られているし。
「男子とか女子とか考えてるわけ? そんなちんけなプライド捨てなよ。楽に戦える方が戦えばいいの。 Mの力が必要になったときには、素直に甘えさせてもらうから。ああ、あれよ、あれ。最初に埋まってたわたしを掘り出して助けてくれたじゃん? その借りを返してるだけ。ねっ?」
こんな子供に――。
「……気まで遣われ……死にたい……」
「ちょっと、しっかりして――よ……きゃあああああっ!?」
突然ナナが俺へと躍りかかってきた。
思い切り体当たりをされ、そのまましがみつかれ、レベル初期値の俺はゴリっと生命値が削れる。
「MMMMMM! あいつ殺して! ぎゃあああああ! きたきたきたきた!」
闇の奥から這ってくるのは、蛇型竜種のドレイクだった。
俺にとっては肉のうまいごちそうに見えるのだが、長くてニョロっとしたものが苦手なナナにとっては見たくもない対象らしい。
「わかった、わかったから放せ!」
「いやああああああ! ちょちょちょ来ないで!」
俺にしがみついたまま、俺の周囲をぐるぐると逃げている。おかげで目が回る。引き剥がそうにもステータスMAXの怪力でしがみつかれては、俺にはどうしようもない。ドレイクは妖刀を持ったナナを執拗に狙うため、自然と俺の周囲をぐるぐると回り出した。
まずい、絞め上げられる――!
「おい~~~~! 動けんから放せって!」
「ひぃぃぃん!」
うわ、すんげえ泣いてやがるよ……。かわよ……。
「ちっ、あとでセクハラとか言うなよ!」
大蛇の胴体が俺たちふたりを絞め上げる寸前、俺はナナの腰に腕を回して強引にその動きを止めさせ、妖刀の柄をつかみ地面と平行に倒した。直後、蛇の胴体がふたりに巻きつく――が、血桜の柄と鞘尻がつっかえる。
――シャァァァァァ!
それでもかまわず大蛇は鎌首をもたげ、俺たちの頭部で大口を開けた。
大丈夫、妖刀のおかげで武器を抜く隙間はある。
背中の二刀。ナナにしがみつかれたまま、双竜牙の紅と蒼を同時に抜いて、俺たちを丸呑みせんとするドレイクの眼球へと突き刺した。
片方の眼球は燃え上がり、もう片方の眼球は凍りつく。
――~~~~ッ!?
途端にドレイクは全身をくねらせ、洞窟の壁に激突した。
俺はナナを引きずりながらやつを追う。
「んああ! 重いぃぃ!」
「ひん……」
そうしてようやく、蛇の脳天へと紅を突き立てることができた。
じゅう、と肉の焦げる音がした。大蛇の全身から力が抜け、その長い肉体が力なくぐったりと伸びる。
未だに腰にしがみついていたナナに、俺は視線を向けた。
「お~い、終わったぞー。そろそろ離れてくれ」
「うう……う? うあっ!?」
いまになってずっと抱きついていたことに気づいたらしい。
ナナはまず顔を青ざめさせ、俺の腰から腕を解いた。そうして壁を見つめ、天井を見つめ、ドレイクの死骸を見つめてから涙を拭き、俺に視線を戻す。
そうしてほんの少しだけ頬を染め、うつむきながら小さくつぶやいた。
「……ありがと」
素直だ。てっきりまたセクハラとか罵られると覚悟していたのに。
彼女の視線からは、これまでにはなかった信頼のようなものが見て取れる。
俺の脳裏には教頭からの忠告がよぎっていた。
……よくない兆候だなあ……。
……いや、待てよ……。
逆だ。これでいいんだ。九鬼への想いがMに向いてくれれば、それはそれで助かる。アバターなら向けられた想いごと簡単に消せるじゃないか。かわいそうだけど。
「ちょっと? 何ほくそ笑んでんのよ?」
「へ?」
「びっくりしてしがみついちゃっただけなんだからね! いやらしい! さいてー!」
両腕で自身を抱えるように胸を隠し、ナナがぷいとそっぽを向く。
んもう、何もかもがうまくいかん~……。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




