フレンドになった
エメリオの部屋に戻ってたらふく肉を食った後、結局その日はそこで休むことにした。そもそもドラゴニア騒動のせいで、ろくに睡眠がとれてなかったというのもある。
そも、いまが昼なのか夜なのかさえわからん。間違いないのは外が猛吹雪だということだけだ。
「でもこの部屋、閉める扉がないのよね。また魔物が来ちゃったらどうしよう」
「あったとしても仕掛けがわからんことにはな。何せ俺たち以外は前人未踏だ。攻略情報もねえ」
「だよねぇ~。はぁ~……交代で見張りかな」
ナナが室内の壁にもたれた――瞬間、その背が壁にめり込む。
「わっ!?」
いや、壁がへこんだ。途端に大地が鳴動し、開きっぱなしだった岩石扉がゴリゴリと閉まっていく。
「……わおっ」
「リアルラック高えな」
「へっへ」
そりゃそうか。入ってくるときも壁が動いていたから、そういう機構が備わっていて当然だ。
ナナは部屋をふたつに分けるように妖刀の鞘で線を引いた。ジト目で俺を見上げてつぶやく。
「……え~っと、信用してるからね?」
「じゃあ線とか引くなよ。別に何もしないっつーの」
これだから思春期の自意識というやつは面倒だ。
だがこっちは教師だ。こういうタイプも普段から見慣れているし、幸いにも間違いを犯したことはまだ一度もない。欲望と理性のせめぎ合いという意味ではなく、生きるにあたり他人にかまけている時間がなかっただけなのだが。
「寝顔とか見ない?」
「さすがにそれは視界に入るだろ。安心しろ。別にヨダレ喰って寝てても口外しねえよ」
「生まれてから一度も垂らしたことないもん!」
「さすがに無理があるだろ」
ドレイク焼いてたときの匂いで際どく見えたけどな。何にせよ、腹が満たされたのは運がよかった。あとは朝まで体温を保てるかだが。
ちなみに食ったあとの残骸は氷棺に捨てた。焼け石に水だろうが、残った臭いで他の魔物を呼び寄せかねないからだ。
俺は部屋の隅に積み上げられていた炎晶石の山に近づく。手を伸ばすと、その腕をナナが自身の手でつかんで止めた。
「だめ! 火傷するよ!」
さすがはカンストキャラの握力だ。腕が一瞬で鬱血する。
「俺は大丈夫なんだ。魔力がほとんどないから」
「……?」
ため息をついた。
どうやらナナは説明書を読まないタイプのようだ。
「炎晶石の発熱量は最高でも本来は六十度程度なんだ。そこに魔力を加えると温度が徐々に上がっていく。だからカンストのおまえが触れたら火傷をするが、俺にはカイロよりちょい熱い程度でしかない」
さすがに山積みされていれば、それなりに暖かくは感じられるけれど。
ナナが俺の腕を放した。
「へ~、そうなんだ」
「だから夜中に寒く感じたら、ナナはここに置かれている炎晶石に魔力をあてればいい。数個であってもストーブ程度には発熱するようになるはずだ。設定上な」
「わかった。じゃあ、多めに持ってってくれていいよ。Mは魔力が低すぎて発熱量を上げられないんでしょ」
俺もそうだが、ナナの装備は軽装だ。胴体部に至っては、片側左胸を守護する胸鎧をベルトでつけているだけだ。とても防寒できるとは思えない。
「俺にはローブがある。半分で十分だ」
例えローブがなくても、人生の半分も生きていない教え子から奪えるものではない。
俺は赤く半透明な晶石の塊に手を差し込む。
さすがに熱い。熱いが、常にかじかむような状況のいまでは数十秒なら耐えられる。むしろ気持ちいいくらいだ。
両腕をスプーンのように使って目一杯抱え込み、線で分けられた自分の陣地の端に持ってきて下ろす。
「よし。寝るか」
「はぁ~。顔も洗えないしお風呂にも入れないし、ゲーム世界は好きだけどこういうのは実際になっちゃうとちょっとしんどいな。平気そうな男の人がうらやましい」
眠るための準備だろうか。ナナが胸鎧や手甲、脛当てを外しながらそんなことをつぶやいた。
男だって歯は磨くし風呂くらい入るわ、と言いたい。
「そうかそうか。氷棺の雪で好きなだけ身体を擦ってこい」
「死ぬでしょ! なんでそういうこと言うかな。優しくない」
「おまえが惚れてる男でも同じことを言うぞ」
「そんなわけないでしょ!」
食い気味に言ってきてくれたところを悪いが、残念ながら俺が本人なんだよ。
「風呂になるかはわからんが、方法がないわけじゃあない。洞窟内の窪地に雪を運んで魔力をフルに通した炎晶石を放り込めば、それっぽくはなる」
「ナイスアイデア……って、あんた絶対覗くじゃん!」
言うと思った。いちいち否定するのも面倒だ。
「そこらへんの事情はさておき、ここは竜種の出現する洞窟だぞ。裸で戦いたくなきゃ見張りは必要だろ」
「ん、まあ、そうなんだけど~……。――じゃあさ、じゃあさ、足湯だけでもしようよ!」
気難しそうな顔をしたのは一瞬で、すぐに嬉しそうに笑った。なるほど、学内では未だかつて見たことのなかった表情だ。友人が少ないと言うのは本当なのだろう。
でも。
「そんな都合のいい窪地は発見できていないし、そもそも雪を運ぶとなれば入り口の近くでしか造れない。探すにしても今日はもう疲れた。まずは体力の回復が先だ」
「あ~、それもそうね」
防具を外せばほとんど学校指定の見慣れたセーラー服だ。たぶん、キャラクリエイトのスキャン時に着ていたのだろう。
俺の視線を気にするようにスカートを整えて伸ばし、ナナがその場に寝転んだ。外した手甲を枕にしている。痛そうだ。
「……背中が痛ぁ~い」
「さすがにベッドはないから我慢するしかない」
「わかってるぅ~」
ナナが背中を向けたのを見て、俺も炎晶石の隣で横になる。ローブを全身に被ると、あっという間に手足が痺れて眠気がやってきた。
どうやら疲労が相当溜まっていたらしい。
だが眠ってしまう前に。
「ナナ、先に起きても勝手にうろうろするなよ。用を足したいときは必ず俺を起こせ」
一応釘を刺しておいた。
生徒に死なれては俺の教師生命も道連れにされてしまう。
「どうせ覗くじゃん……」
「見ねえよ。ついでに耳も塞いで鼻も摘まんどくから」
「ふふ、もう知ってる。あんたはそうよね」
意外な言葉だ。少しは信用を勝ち取れてきているらしい。
「でもそれ、手が足りなくない?」
「あ……マジだ。あ~、じゃあ鼻には石を詰めとくでいいか?」
同時に噴き出して笑った。
その笑い声が徐々に小さくなっていって、やがて静寂が訪れる。
ようやく眠れそうだ。
「……ねえ、M。もう寝た?」
「三秒で眠れるかっ。ついさっきまで普通に話してたろっ」
「あははっ」
せめて三分はほしいところだ。
「なんだ? さっそくトイレか?」
「生まれてからしたことないし! トイレってなに?」
「だから無理があるだろって……」
さっきまでの会話は何だったんだ。
「用件は?」
「えっと、その……」
背中を向けていたナナが、ころりとこちらを向いた。
目線を揺らし指先で頬を掻いて、言いづらそうにつぶやく。
「……Mが……いてくれてよかった~って思って……。ほら、わたしひとりだったら、こんな見知った世界でも……きっとパニックになってたと思う……。……あんた、冷静だし……。ありがと」
唐突に気恥ずかしさを覚えた俺は、ローブを頭まで被って背中を向けて小さく吐き捨てる。
「……たぶんそれは俺もだ」
「よかった。その……こういう関係って、友達……だよね?」
「さあな」
残念ながら、俺たちは教師と生徒だ。それ以上でもそれ以下でもない。
背中越しに拗ねたような声がした。
「いじわる。……せっかく勇気出して言ったのに……」
「………………でも、同じゲームをやってるフレンドではあるな」
「うん! 現実に戻ったらアドレス交換しようね!」
今度は機嫌のよさそうな声だ。が、もうしてるんだよなあ。アドレス交換。はてさて、戻れたときはどうしたものか。心労ばかりが増えてしまう。
その後は特に大した会話もなく、俺たちは静かに眠りについた。
時折室内で動く気配に薄目を開くと、ナナがこっそりと俺の横に積まれた炎晶石の山に、自身の魔力を通してくれているのがわかった。
そのたびにぬくもりが増していく。
ああ、暖かい……。
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