普通に笑えんじゃん
ドレイクの死骸から切り離した肉を、双竜牙・紅の上にのせて焼く。
双竜牙が竜種特化だったことが幸いだった。他の種類の魔物肉だと、刀身がここまで熱を発することはないだろう。
「うわあ、便利ィ。特攻武器ってそういう使い方もできるんだぁ」
「ねえよ。こんなとこ見られたら職人が泣くわ」
「ええ、そうかな。便利じゃん」
対人戦では、人間族として魔族のプレイヤーを斬ったこともある。そんなもので食べ物を焼いて食べるなど、普通に考えれば相当ヤバい人間だ。人を刺した包丁を晩飯の調理に使える神経は、幸いにも持ち合わせていない。
だが、だからといって生で食べてみるほど、俺のチャレンジ精神は旺盛でもない。
「少なくとも『神竜戦役』では肉を焼くなんてギミックはなかっただろ」
「倒して出たドロップ品は、本来すぐに食べられるもんね。ここがゲーム世界なら」
ふたりして、肉を切り取ったドレイクの死骸に目を向ける。
う~ん。きっも……。
「ま、いいと思うよ。現実世界ならその双竜牙だってまだ魔族を斬ってはいないでしょ?」
「そらそうだが」
じゅうじゅうと音が鳴り響き、よい匂いの煙が上がり始めた。
思いの外、脂がのっていたらしい。フライ返しのように裏返せば、少し焦げた肉の表面に泡となって浮いてきている。蛇のような形状の魔物だから、もう少し淡泊なものをイメージしていたのだけれど。
ナナが隣に膝を折って覗き込んできた。
顔面、整ってんなあ。才色兼備に金持ちときたら人生楽勝だろうな。
「へええ、器用じゃん。Mって料理とかするんだぁ」
「ひとり暮らしだからな」
「へっへ、あんたの情報ゲット。校内でひとり暮らしの男子ね。絶対暴いてやる」
男性ではなく男子と言っている時点で、まだまだ正解は遠そうだ。
「もうよさそうじゃない?」
「いや、一応ジビエだからなあ。火はできるだけ長く通しておいた方がいい」
俺はもう一度フライ返しの要領で肉をひっくり返す。
「わおっ。上手。ねね、わたしにもやらせてよ」
「嫌だ。大惨事になって焼き直す未来しか見えない」
「ひどい……! そんなことないもん!」
「料理は得意なのか?」
「調理実習でやっただけだけど、イメトレはいつも完璧よ。将来の旦那様のご飯は、わたしが作るんだから」
誰を思い描いているかが鮮明にわかる俺は、胃が重くなる気分だ。これからは、こいつの口から希望が語られるたびに、俺の口からは胃酸が垂れそうになるのだろう。
せめて卒業してから口に出してほしいと願うばかりだ。
「そもそも双竜牙は特攻武器だ。おまえが持っても熱を失うだけだろ。たぶん焼けないぞ」
「あそっか」
えへへと長い黒髪を掻きながらナナが笑った。
頭いいんだか抜けてんだか。
「そろそろかな」
「一口めはMがどうぞ~。作った人の特権だもんね」
俺は焼き上がった肉を指先でつまむ。
熱々だが、すっかり冷え切ってしまった指先なら、数秒は平気そうだ。摘まみながらふたつに切り分けて、片方をナナに差し出した。
「毒味は同時にだ」
「あはっ、バレてたかぁ。ま、たぶん大丈夫でしょ」
「たぶんな。これだけゲームに忠実に作られた世界だ。ゲーム内で食えるもんは問題ない」
……と思う。と心の中で付け加えた。
ふたり同時に肉を摘まみ、どちらからともなくそれを近づける。
「じゃあ、かんぱ~い」
「いただきますだろ」
ぺちょっと肉同士がくっついて、すぐに離れた。
「細かいことはいいの。Mってちょっとおっさんみたいなとこあるよね」
一瞬ヒヤリとしたものの、ナナからそれ以上の言及はなく。どうやらただの悪口だったようだ。よかったよかった。……よくない。
直後、俺とナナが同時に口に肉を運び――俺は唇の直前で止め、ナナは放り込んだ。もぐもぐと咀嚼しながら、ナナの目が徐々にじっとりと変化していく。
「……ちょっと? なんでわたしだけ食べてるの?」
「毒味をしないと」
「ひどい! でもこれ、普通においしいわ――よ……。……ぅ……ぐ……ぁ……っ」
唐突にナナが自らの首を両手で押さえて膝をつき、苦しみだした。目を大きく見開き、天井を見つめて喘ぐように呼吸をしている。
「……か……っ……ぁ……ぅ……」
「……」
「…………ぁ……っ……」
「……」
「ねえ、大丈夫か!? とか聞いてよ!? その絶対零度の視線はなんなの!?」
俺を騙そうとは、なんと小賢しい。というか意外な一面を見た。もっと真面目な女の子だとばかりに思っていたのだが、思いの外、遊び好きなようだ。まあ、趣味がゲームだからな。
それはともかく、とりあえず即効性の毒はなさそうだ。
口に入れてすぐにじゅわぁと香ばしい肉汁が口内を満たす。皮目との境界にあった脂の層が溶け出し、寒さで活力を失いかけた肉体に染み込んでくるようだ。味そのものは鶏肉に近く、肉質は地鶏よりもやや硬いけど。
「む」
歯で噛んで引き千切り、咀嚼する。
うまい。調味料などなかったはずが、驚くべきことにほんのりと塩味を感じる。山だから岩塩でも舐めていたのだろうか。あるいは岩塩を舐める習性のある動物を、日常的に食べ続けて生きてきたのかもしれない。
「ちょっと、なんで食べるの!? わたしが苦しんでるのに!」
「うまいな、これ」
不思議だ。さっきまではあんなにグロかったのに、いまじゃ死骸がちゃんと食料に見える。
残った肉を見せると、ナナはけろっとした表情でうなずいた。
「うん! おいしい! 残りも焼こうよ! 魔物が来ちゃったら面倒だから、エメリオの部屋に一旦戻ってさ! 今夜は肉パだ!」
「んだな。焦っても仕方がないし、ちゃんと体力を取り戻してから動くか」
腹を満たしてから交互に見張りに立てば、もう一眠りくらいはできるだろう。
立ち上がり、ドレイクの死骸を運んで移動していると、ナナが俺の肩に自らの肩をドンとぶつけてきた。
「イテ、なんだよ? 何気ない体当たりでもカンストのおまえにされたら、レベル1の俺は力士にぶん殴られたくらいの衝撃なんだからな」
「誰が力士よ!? 女子に言うことじゃないし、あとスキルとか使ってないしっ!!」
斜め下。ナナが俺を見上げて指をさし、悪戯っぽく笑う。
「ずっと無愛想でいけ好かないやつーって思ってたけど、普通に笑えんじゃん。その方がいいよ」
返事に窮した俺は、何となく視線を逸らせてつぶやいた。
「……そうか?」
「あ、誤解しないでね。一般論的な話だから。わたし、好きな人いますから。ふふ」
俺なんだよなあ、それ……。
しかし笑ってしまっていたか。戦闘時以外は自覚していなかった。どうやら俺はナナとのやりとりも楽しんでいたらしい。
俺を追い越して走る背中を見ながら、何やらしてやられた気がした。
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