それを言っちゃあ、おしめえよ
俺が覚悟を決め、いよいよ自身のことを語ろうと口を開きかけたときだった。
「あのな――」
「ねえ、ところでこれ、どうする?」
ナナが足下を指さして、そう尋ねてきた。その先にはドレイクの死骸がある。
ぶすぶすと黒煙をあげる大蛇は見るも無惨だ。『神竜戦役』ではドレイクの肉は食えるのだが、現実と仮想の見分けのつかないいまは、さすがに少々抵抗がある。
食欲を刺激するいい匂いが漂ってはいるのだが。
「うーん……。ドレイクの肉は結構回復量のある設定だからなあ。栄養価は高そうだ。剥ぎ取るだけ剥ぎ取って持ち歩いて、限界がきたら食べてみるか? この寒さなら簡単には腐らんだろ」
「わたし、アイテムバッグ持ってない。この服、というかこの装備、ポケットだってないし」
おい、なんでこっちを見てるんだ。俺だってアイテムバッグは持っていないぞ。そもそもあったところで、食材をそのまま入れるのは衛生的にどうなんだ。俺たちはちょっとした菌だけでお腹ゆるゆるになる日本人だぞ。
ナナが俺を指さす。
「そのおんぼろのローブにくるむとか。昔懐かしな昭和の泥棒みたいに」
「嫌だっ。脂臭くなるだろっ」
こいつ、つい昨日このオンボローブに助けられたのを忘れたのか。エメリオの洞窟を抜けきれず、休息を取ることになる際には、これが命綱になるんだぞ。
何を不満そうな顔してるんだ。
「あ~あ、こんなときあの人なら貸してくれると思うんだけどなー」
「あの人? おまえの送り迎えをしてる運転手か?」
「違うわよ。使用人にそんなこと言ったらパワハラになっちゃう」
ちゃんとわかってんじゃねえか。じゃあなんでそれを俺には平気で言えるんだい? と声を大にして抗議したい。
「てか、あんたってほんとにわたしのこと知ってるのね。正直怖いよ。フラれても逆恨みとかしないでよね、ストーカーさん。一緒にいるのは、ここから抜け出すためだけなんだから」
額に血管が浮かびそうだ。
俺は彼女の鼻面を指さして言ってのける。
「自意識過剰にも程がある。ま、運転手じゃなくても、バカな男子生徒ならおまえが頼めば簡単に上着でも下着でも貸してくれるだろうけどな」
「下着にくるまれた肉なんて食べられるわけないでしょ! 変態!」
俺だって食いたかねえよ、そんなもん。
「あの人ってのはずいぶんお人好しなんだな。誰のことだ?」
「ストーカーかもしれない人なんかに教えるわけないでしょ。あんた、刺しかねないし。そんなことされたらわたしだってもう生きていけないもん」
言い方から察するに、それが七海の好きな人か。
別に七海が誰に惚れていようが毛先ほどの興味もない俺は、そこで会話を切り上げることにした。
こうもギスギスしていては、正体だって話すに話せん。仕方がない。次の機会にするか。
そんなことより、目下のところ命を繋ぐ方が大切だ。この気温。隠し部屋を出ればやはり体力の減りが激しい。ドレイクの死骸は見た目はグロいとはいえ、やはり目の前の栄養として摂取しておくべきだろう。
この先、食事にありつけるとも限らない。
やむを得ん。少しだけ毒味してみるか。
そう考えて、俺はドレイクの前で膝をつき、双竜牙の紅を抜いた。
解体作業なんて正確なやり方はわからないが、とりあえず皮膚を剥いで肉を削ぐ。内臓を傷つけないように慎重に刃を入れて。けれども素早くしなければ、紅の熱で肉が焦げついてしまう。竜特攻のある武器だから余計にだ。
「うわぁ、グロ……」
背後でまたナナがやいやい言い出した。
「言っときますけど、Mの怪しい言動だってその人にはもう相談してるんだからねっ」
「ああ、そ――う……!?」
その言葉に手元が狂った。紅の刃はドレイクの肉体を貫通し、地面にまで突き刺さっていた。
待て、待て待て待て。おい。いまなんて言った? 最近それにとてつもなく似た話を、生徒会室で七海七菜香本人から聞かされなかったか?
不安になってきた。気もそぞろ、手が微妙に震えてうまく捌けん。
「へへ~ん。見覚えのないストーカーに仮想世界でつきまとわれてるって相談したら、緊急用にプラベの連絡手段を教えてくれたんだから。スマホさえあればすぐに連絡できるもん。そしたらきっと助けにきてくれるのになー」
顔どころか全身から血の気がざぁっと引いていくのがわかった。
こいつの好きな人って、リアルの俺か!? それはだめだろ!? 四十男と十八歳だぞ!? 当然受け容れられないし、そんな話が万に一つでも学内で広がったりしてみろ! 俺の教師生活、引いてはゲーム生活はどうなるんだ!?
「……」
というか、なんで!? 最近までろくに接点なかったろ!? おぢ専というやつか!?
色々問い詰めたいが、何ひとつとして言葉には出せない。出すわけにはいかなくなった。況んや、正体を話すなど以ての外だ。
完っっっ全にタイミングをミスった。やはり先ほど明かしておくべきだったんだ。
「何よ? 文句あんの? 嘘じゃないから! ああわかった。ショックで固まっちゃってるんだ。ま、そんなわけだから、助けてもらって悪いんだけど、変な期待はしないでね。あ、でも、あんたのことも以前ほどは警戒してないよ。他人以上友達未満だしね」
俺の心の柔らかい部分に的確に突き刺さるような、素晴らしくひどい評価だ。
かろうじて返事を絞り出す。
「お、おお……。……や、もともとストーカーじゃ……ねえから……」
声が震えた。
脂汗が止まらん。VRにそんな機能はなかったはずなのに。
「ちょ、ちょっと、そんなにショック受けないでよ。た、たぶんストーカーは言い過ぎだったのかなって、いまならなんとなく……もうわかるから。い、いい人だよね。でも、ごめん。好きな人がいるの」
もはや絶対に正体をナナに話せなくなってしまった瞬間だった。そうして俺は、いつもの現実逃避を思い浮かべる。
ああ、早く帰ってゲームがしてぇ……。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
 




