いや、そうはならんやろ
俺は唇の前に指を立て、なおも口を開こうとしたナナを手で制止した。
「ちょっと待て」
「ん?」
その直後のことだ。
ずるり、と何かを引きずるような不気味な音が、すぐそばから聞こえたのは。
まずった。距離があると甘く見積もっていた。何かはわからんが動きが異様に速い。もう接近されている。
そう思い、背後を振り向いた瞬間――!
「キィャアアァァァァァーーーーーーーーっ!!」
盛大な悲鳴を上げながら、ナナが妖刀血桜を抜刀した。そのまま頭頂部まで持ち上げた刃が、一瞬にして帯電する。
俺を挟んで対角線上。赤い舌をチロチロと覗かせ、唐突に闇から出現した大蛇へと――。
「あ、ちょ――」
この位置、だめかも。
「蛇ぃぃぃぃ!」
――ナナが血桜を振り下ろす!
「イイィィィ――!?」
俺は両手を伸ばし、目一杯横に飛んだ。
洞窟内に雷轟を響かせ、切っ先から凍った地面に落とされた雷の輝きが、すさまじい速度で大地を疾走した。
直後に背後で何かが爆発する。
前後不覚。もはや上を向いているのか下を向いているのかもわからん状況で、俺は地面に転がった。
し、死ぬかと思った……。
いらない。こういうスリルは。ほんとに。心から。
俺は地を這いながらナナを見上げる。
「……おまえ、フレンドリーファイアって言葉知ってるか……?」
「ご、ごめん! 蛇苦手で……! だ、大丈夫だよね!? 怪我はない!?」
結局のところ。
次に現れた竜種ドレイクと呼ばれる大蛇を仕留めたのは俺ではなく、ナナだった。それも出遭い頭にズドンだ。しかも俺ごと。バトルというよりもはや事故だ。
ちなみに大蛇は焦げつき、ぴくりとも動かない。
「おかげ様でなっ」
むろん皮肉だぞ。助けられたなんて思っちゃいない。むしろ避けきれなければ死んでいた。
それにドレイクなら俺にだって倒せる。……まあ、初期値だからすんごい時間はかかるんだけど。
「あ~ん、ごめんなさい……」
ナナが駆け寄ってきて、俺の腕を取り引き起こしてくれた。その後は俺の胴体をつかんでくるくると回し、怪我の確認をしている。
「こ、焦げてないよね? 痛いところは? ほんとに大丈夫?」
大丈夫だからべたべた触るな。同世代だったら変な気分になるところだ。
あとその腐れ妖刀をさっさと鞘に収めろ。刺さりそうで怖い。
「以後気をつけるように!」
「はい……」
ナナが肩を落とし、しゅんとした顔になった。
素直だ。本気で反省したのだろう。
ちなみに使用されたスキルは残雷地走という、これまた使い手の少ないSランクスキルだ。遭遇による驚愕の悲鳴をあげながらぶっ放し、ドレイクを一撃で感電死させた。
どん引きだよ。氷の洞窟で雷は危ないからやめてほしい。マジで。
こいつはゴキブリを発見したら悲鳴を上げながら反射的に雑誌とかスリッパを投げるタイプだ。きっと。
しかし俺が倒したドラゴニアよりは格下とはいえ、まさか竜種を一撃とは。カンストプレイヤー恐るべし。
だがそれ以上に驚き――いや、厄介なのは。
妖刀血桜を指さす。
「それ、捨てられねえならアルミホイルかなんかで巻いといた方がいいんじゃねえの。効果覿面すぎだろ」
「巻くホイルがあればね。てか、やっぱ魔物寄せの電波出てんのかなあ、この妖刀」
妖刀血桜をしげしげと見つめている。
ああ、いまになって不思議と禍々しく見えてきたわ。持ち主を利用して血を吸うとかなんとかいうフレーバーテキストだったのを思い出した。
「でもさ、これでわかったでしょ? わたしだってスキルがあれば戦える!」
「まあそうかもしれんが、あまり危ないことはさせられん」
立場上な。
「次は冷静にうまくやるから、心配いらないのに」
「だーめーだ」
「あんた、わたしのこと好きすぎじゃない? それとも格好いいところ見せようとしてるわけ?」
不満げだ。こりゃあ、いくら注意をしたところで、またやりかねんな。
ならばいっそのこと、Mの中身が九鬼慶次郎だと明かしてしまうか。俺が担任教師であるとわかれば、七海もそれなりに従ってはくれるはずだ。自分でも信じられないことに、なぜか信頼されているらしいからな。
事態が事態だ。今後のことを考えれば、いまはそれが一番かもしれない。ゲームのことを口止めしておけば大丈夫だろう。秘密を握ったのはお互い様のようだし。
決めた! よし、言うぞ!
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




