吊り橋効果とか勘弁して
しかしこの暗さ。一寸先は暗闇だ。
どうしたものか。せめて松明でもあればと思うのだが、仮にあったとしても雪の下だ。いまさら氷棺に戻るというのはさすがに勘弁願いたい。
「おまえ、マップは覚えてるか? 理想は目を閉じてても進めるくらい」
「できるか! 覚えてないわよ」
仕方がない。武器が傷みそうで気は引けるけれど、エメリオの隠し部屋の天井に埋められている光晶石をくりぬいて持ち歩くか。
そんなことを考えたときだ。
「でもスキルや魔術が使えるなら、火は無理でも明かりは灯せると思う」
そうつぶやくと、ナナは右の人差し指を立てた。
――光精召喚。
仄かなぼんやりとした明かりが、彼女の指先より少し先の空間に灯る。白い光は彼女の上を周回するように飛び回ったあと、その頭上で停止した。
これで闇の先が見通せるようになった。
「便利だなあ」
「でしょでしょっ! 次はわたしも戦えるかもっ!」
「それはだめだ。許さん」
「なによー。先生みたいなこと言っちゃって」
ひ……っ。
思わず息をのんじまった。
「Mだって学生の分際でさ。それとも先生なの?」
真顔を意識して返す。
「んなわけあるか。教師がゲームなんてしてる暇あるわけないだろ。授業が終わっても部活を見たり教育指導にあたったり、それがなくとも翌日の授業で使う資料の準備や課題を考えるだけで一日が終わるもんだ」
「ええ、やけに詳し……」
あ~~~も~~~~!
「一般的なハナシなっ!? きょ、教職目指してんだっ!!」
「そんなに怒鳴んなくても。冗談に決まってんじゃん。ぶっきらぼうだし、誰かに何かを教えるようなタイプには見えないもんね。わたしの担任とは正反対だわ」
「そりゃどーも!」
た、た、たたた助かった……。
「でも案外いいところもあるよね。昨夜、ローブ貸してくれてありがと。お礼言い忘れてた」
「おう。……散々疑われたけどな」
「そりゃあだって、Mはわたしのストーカーなんでしょ? わたしのこと好き好きじゃん?」
挑発するような目で、ナナがわずかに笑みを浮かべながら首をかしげる。
仕草や表情にイカれる男子生徒が多いのは理解できる。理解はできるが。
「違うてぇ……」
「まあ、今後はそんなに気を遣わなくてもいいよ。何をされてもMのことを異性としては好きにはならないし」
そういうふうに言い切られるのも割と切ねえんだが?
「それに戦闘面でもスキルが使えるってわかったから、次はわたしも戦ってみよっかなー」
「それはだめだ!」
生徒を危険な目に遭わせるなど、教師として看過できない。万に一つ校長や教育委員会にバレたときに、俺の査定に響くだろうが。まったく。
揃って歩き出した直後に、ナナが馴れ馴れしく俺の腕に肩をぶつけてきた。
「レベルカンストだよ。心配しすぎ。お父さんじゃあるまいし」
「だめだ。それに、別におまえの心配はしていない」
さすがはカンスト様。
軽くぶつけられただけで、肩がじんじん痛い。
「じゃあ何が心配なのよ~」
「教えてやらん」
俺にはおまえを守る義務があるが、おまえは俺を守る義務なんてない。それがすべてだ。
そう言いたかったけれど、自分が九鬼であることを知られたくない俺は口をつぐんだ。ナナが頬を膨らませ、もう一度肩を俺の腕にぶつけた。
「出たよ、秘密主義ぃ」
「やめろ、おまえのコミュニケーションは初期値には痛すぎる。『神竜戦役』では感情表現にだってダメージはあるんだぞ」
極微量だが、これが俺にとってはそこそこ痛いんだ。
精神的なダメージはさらに痛かったけど。
「あははっ、Mもちゃんとレベルを上げときゃよかったのにね」
「まったくだ。こんなことになるとわかっていたら……」
ナナの顔が近い。言葉を待つように微笑みながら、うんうんとうなずいている。
距離近いな~、こいつ……。昨夜までが嘘のようだ……。これが素なのか、あるいは、Mに対して気を許し始めているのか……。
俺は努めて仏頂面を保つ。
「……やっぱ初期値でいいわ」
「なんでよぉ?」
……まさかとは思うが、吊り橋効果とかは勘弁してくれよ。
そんなことを考えながら歩き出しかけたまさにそのとき、俺は足を止めて顔をしかめた。微かな音が響いたんだ。足音ではない。何かを引きずるような、そんな音だ。
俺の双竜牙は本物だった。
ということは、だ。
視線をナナの腰に向けた。
必然的に、エンカウント率を高めてしまうナナの妖刀血桜も本物ということで。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




