カンストさんと縛りプレイくん
風雪吹き荒ぶバルトノリス大山脈の奥深くには、氷棺と呼ばれる一角がある。
太古の昔――……。
神々との戦いに片翼を打ち砕かれた巨竜レイゼリアがその身を保持するため、自らのブレスで大山脈を凍てつかせ、眠りについた永久凍土だ。
彼女を追い詰めた神々ですらレイゼリアの氷棺を打ち砕くことは叶わず、やがて封印という形でレイゼリアは永遠にも等しき眠りにつくこととなった。いつか目覚めるその日まで。
こうして神と竜との戦いは、神の勝利という形で終わった。
……というのが、この『神竜戦役』という多人数参加型RPGの開発者が設定した、アクアティアと呼ばれる惑星における最古の神話だ。
そしていまこの瞬間。
氷棺の上では雷鳴と暴風雪の音に交じり、少女の荒い呼吸が聞こえていた。
俺はぼんやりと彼女を眺める。
セーラー服に似た装備をしている。
左肩から右脇腹へと巻き付いたベルトには左胸を守るため、悪魔の爪を象った片方だけの胸当てを装着している。あとは太刀を装備するための鞘ベルト、それと手甲と足甲のみ。ずいぶんと軽装だ。
察するに、タンク的な戦い方よりは素早く動き攪乱していくスタイルの方が得意なのだろう。
瞳が血のような赤さをしているのは、そのアバターが魔族の証――つまり人間のアバターを選んだ俺の敵性種族ということになる。
この『神竜戦役』では、プレイヤーは最初に選ばされるのだ。どちらかの種族を。そうして選んだ勢力の一員として、もう片方の勢力を攻め滅ぼす。
――すべてはレイゼリアの力を自らの種族へともたらすために。
だから当然――。
少女が雪の大地を蹴り、俺から十数歩は離れた位置で太刀を振るう。
間合いの遥か外。本来ならあたるべくもない距離だ、が。
――空響火刃!
「はあ!?」
思わず声が出た。
ランクAのスキルだ。刃は空を震わせる音波となって敵を貫き萎縮させ、数瞬遅れの三日月型の炎の刃で断ち斬る。初段が目に見えない音波のため、見切ることは不可能。必中スキルである。
……と、思われている。
音波が叩きつけるように降り注ぐ吹雪や降り積もった雪を弾けさせながら迫ったとき、俺はそれを半身になってかろうじて躱した。
「ぬあっ!」
掠めた鼻先分のライフゲージが減る。
振られる刃の向きでどこに飛んでくるかがわかったんだ。さすがに人間の反射神経では音速には反応できない。だから振り切られる前から回避行動を始めたんだ。それに消し飛ぶ雪のおかげで音波の刃の形状が見えていたのもある。
続けて飛来した炎の刃は、危なげなくかいくぐる。雪面に着弾した炎の刃は雪を溶かしつけ、しかし氷棺の上層にあたって爆散した。
とんでもない威力だ。雪が降っていなかったら、あれが直撃してたと思うと戦慄する。
「うははっ、怖え~」
「余裕ぶって、何がおかしいの?」
おっと。
慌てて口元を手で覆い、笑みを消す。
「気に障ったのなら謝るよ。それよりすごいな~、おまえ。いまの激レアスキルだろ」
少女が長い髪を暴風になびかせ、太刀を正眼に構えたまま苛立った顔をする。
「嫌味にしか聞こえないんだけど。なんで必中スキルが見切られるのよ? どういう理屈? それともチート?」
「秘密だ」
誰かに何かを教えるなど、現実世界だけで十分だ。逃避先に選んだゲーム世界でまでやらされてたまるか。
「そ。別に期待してないけど――ね!」
言い終えると同時に、少女が雪面を蹴った。高速で少女が俺に迫る。
今度は中距離ではない。太刀の間合いにまで入ってきた。接近戦を挑むつもりらしい。
そして微かに幼さを残した唇を動かす。不敵な笑みを浮かべながら。
――黒百合乱舞。
「マジか……!」
今度は最上位のランクSスキルときたもんだ。それも噂で聞く超高速の七連撃。
最終ステージと噂される氷棺までようやく辿りついた俺ですら、まだ一度も拝んだことのないスキルだ。まさか使い手がいたとは。いや、実在するスキルだったとは。
轟と風を巻きつけた刃が側頭部の高さで薙ぎ払われた。俺はそれをかいくぐり、視線で彼女の全身を凝視する。ここから残り六回の連撃、一瞬でも動きを見失えば終わりだ。
「はあああ!」
「っと!」
右方から左方へと振り切られた刃はしかし停止することなく、今度は袈裟懸けに、俺の肩口を狙って動き出す。切っ先を掠らせながら後退で躱した直後、胸部正中を狙って突きが繰り出された。
これは避けきれない!
「く……!」
仕方なく両手の短剣を交差して彼女の突きを上方へと持ち上げながら流すも、今度はすぐさま脳天へと叩き落とされる。
「甘い!」
おそらく二振りの短剣を活用しても、まともには受け止めきれない。自身と彼女のレベル差が大きすぎる。
そう判断した直後、二振りの短剣で上空から振り下ろされた一撃を受け――流す! 身をよじりながら左方へと。バギンと金属音が鳴り響いた直後、ざざと踵が雪面を掻いて後方へと滑った。
凌いだ、が、体勢が崩された!
そう意識した瞬間にはもう、彼女は俺の懐深くにまで潜り込んでいた。低く、低くだ。
視線が交差する――!
「うはは……」
「やあ!」
肝が冷えた。
彼女の太刀が俺の足首を刎ねるが如く薙ぎ払われる。俺はそれを最小限の高さで跳躍して躱すも――まずい、宙に浮かされた。最後の一撃が回避できない。
視線が交差する。
「~~っ!」
「――ッ!」
振り切られた彼女の太刀が、勢いをつけて逆袈裟に斬り上げられた。
「――くっ!?」
凄まじい金属音が鳴り響き、両腕から激痛にも似た衝撃が全身を駆け巡る。それだけでライフゲージの大半が削られたのがわかる。俺は短剣を交差しさらに足まで使って中空でそれを受けるも、気づけば数十メートルもの距離を吹っ飛ばされていた。
なんつうバカ力だよ!
だが、受けきった。かろうじて受けきった――けども、着地が。まずい。背中から落ちても頭から落ちても、俺の残りのライフゲージでは死ぬ。足だ。足から着地せねば。
なんせ俺のアバターは初期レベルなのだから。
夢中で足を振り上げて後方回転し、かろうじて両足で地面を掻いて着地した俺の眼前には、すでに殺意に満ちた目があった。
「うえぇ……」
「はい詰んだぁ。――じゃあね!」
ランクBスキルの瞬歩だ。ここまで隠してやがった。
こいつはいくつスキルを持ってるんだ。廃人かよ。まったく。
彼女はすでに納刀済み。武器が太刀とくれば次はお決まり。ランクBスキルの。
――居合い斬り。
必殺の一撃が放たれた。
俺は左から右へと薙ぎ払われた彼女の太刀の腹に、逆手に持ち替えた二本の短剣の切っ先を目一杯の力で振り下ろし、その反動を利用して再び空中に逃れる。
次に来るスキルを予測していたからこそ、かろうじて可能だった芸当だ。
少女の目が見開かれる。
「嘘でしょ――!?」
そうして前方回転をしながら彼女の頭頂部を飛び越え、触れ合うギリギリの背中合わせで着地した。互いに振り返りながら得物を振るうも、ここはもう太刀の間合いではない。
俺が逆手に持ち替えた短剣の切っ先は彼女の頸を捉えるが、彼女の刃はその長さ大きさから、俺の肉体を捉えることはなかった。
俺の勝ちだ。……あ~……実力とは到底言い難いけど……。……二度目はなさそ……。
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