10
俺が剣技に長けているという認識は無いが、弱点を狙うなら口の中だとあちら世界で身につけた情報から判断、大口あけて突っ込んでくるワンコの口を水平に薙ぐ。この距離、このタイミングならまだ届かない筈。脅かして引かせたい。薙いだ。薙いだ筈だったが、キン!という音を立てて剣が弾かれた。おいおい、何で届くよ。それに獣の歯が立てていい音か?今の。
流石に野良犬も危険を感じたのかお互いに仕切り直しとなった。俺達の周りをゆっくりと円を描く様に油断なく回り始めた。それを眺めながら、あぁ本当にこういう行動を取るんだと何とも間抜けなことを俺は考えていた。恐らくはバフの効果で恐慌状態を回避しすぎてるんじゃないかな、多分。
何にせよ所詮は野良犬。ネズミの大群の方が実際に対峙するとなれば余程恐ろしい。だってこいつの口は一つしかないんだからな。一匹切り飛ばした隙に三か所噛まれるなんてことにはならない。
「殺す?」
「出来れば帰ってもらいたいが」
「処す?」
「処さん」
「成敗?」
「どこの上様だ」
どうも相棒は準精霊でありながら殺る気満々だ。いや精霊なのにという考えはおかしいか。生き物は殺し合うのがデフォルトだしな。あるべき事、あるべき姿をあるがままに、ということなのだろう。善意に解釈すればだが。
「犬一頭が蓄えてるマナは僅か」
「そうか、そうだろうな」
唸りながらこっちを睨んでいるがお前のことだぞ、ワンコ。
「おやつにも足りない」
「発言が捕食者!美しい精霊のイメージを返せ!」
この準精霊様は色んな意味で肉食系だった。ホント食われる前に逃げてくれないかな、このワンコ。俺は二歩踏み込むと修練所で習ったとおりの袈裟懸けから始まる連撃を繰り出す。初撃はあっさり回避されたが何振り目かが鼻っ柱を捕らえた。よし。野良犬ならこれで……これ……あれ?キャインと鳴いて逃げ出す流れじゃないの?あれ?何か違うぞ。
「命懸け。逃げない」
「解説ありがとう!」
「刎ねる。バーチカルギロチン」
「だから真っ二つ止めて。追い払って。その技名気に入ったの?」
ワンコは遂に積極的な攻撃に転じた。割り込んできた上位の意識が的確なタイミングと剣筋を自動計算して剣を繰り出す度にガキンガキンと金属音が響く。バフの効いた今の状態なら俺もそうそう遅れを取るとは思えないが、それでもそこそこのサイズの動物を屠るのにはまだ抵抗がある。もし子供の頃ハムスターでも飼ってたらネズミもヤバかったかもしれない。
「威圧して追い返すとかないか?」
「ない」
「使えん!」
流石にこれ以上引っ張ると俺も怪我しそうだ。どうする。本気で切り付けるか、火か、水か。一先ず間合いを取る為にワンコの顔を目掛けて大振りな一閃を繰り出す。前脚が一歩下がったところで、
「火!」
「ん」
ワンコの前脚が今まであった地面から炎が上がる。どういう理屈だったか忘れたが、獣の脚から伝わった地面の熱をどげちゃらと以前ヘスチが説明してくれたような気がする。炎が顎の下で燃え上がれば普通は堪ったもんじゃないだろう。毛が焼ける臭いが漂う。髭とか焼けたんだろうな。猫ならネズミを捕らなくなるとか云うが、野良犬だしな、どうなんだろう。
お?尻尾がかなり下がった。畳み掛けるなら今しかないか。俺は剣を鞘に納めロックを掛けると鞘ごと抜いてワンコを叩く戦法に切り替えた。まぁ大概空振りなんだが抜身じゃないと思えば遠慮なく振れる。そうか、死なせたくないなら最初からこうすればよかったのか。いや、当たり所が悪けりゃ鞘でも死ぬけどな。
そんな振り回してるだけの鞘が偶々ワンコの横っ面にヒットした。ヒットというか辛うじて当たったという感じでダメージが入るような当たりじゃなかったんだが、ワンコは吠えもせず倒れて痙攣してしまった。ん?何が起きた?まぁいいか。今の内に足を縛ってしまおう。麻縄みたいな紐だから正気に戻ればその内自分で噛み切るくらいのことは出来るだろう。
この野良も帰ったら報告だけは入れておくか。何で討伐しなかったとか追及されるとイヤだなぁ。などと思いを巡らせ、視界の片隅にワンコを収めたまま周囲を確認すると、はぁ、薬草採取の為にここまで来たのに散々踏み荒らしてしまったではないか。主に俺が犯人だが。
「おや?やっちまってたか」
一息ついてから見回せば、右の袖が裂けて僅かに血が滲んでいる。記憶にはないが何処かにひっかけただろうか。草やら土やらで裾が汚れてよく見えない膝から下も何やら怪しいな。はぁ、時間は取られたし幸先悪い。そりゃサッサと始末するのが理に適ってるよなぁ。判っちゃいるんだが。
「ヘスチ、浄化頼む」
「焼く?」
「焼かん。浄化」
「犬、焼く?」
「焼かん。放置」
「ん、放置」
「俺は治せ」
自分で踏み荒らしたから文句を云う相手もいないが、こうなると採集の為には更に奥に進むことになる。奥に進めば当然何かが出てくる可能性は高まるわけだが、こっちの世界はコレが当たり前だからなぁ。結論としてはもっと短時間で敵を無力化するスキルが必要というわけだ。或いはどんな相手でも逡巡せずに屠れる心か。