プロローグ
暗闇に包まれた世界に光が当てられ、舞台が浮かび上がる。
●●が舞台の中心に向かってくるにつれ,会場の熱気が高まってくるのが伝わってきた。このオークションが始まり早1時間。これまでの競売品とはうって変わり、大きな歓声はない。
ただ機械的に繰り返されている拍手の音が響いているだけだ。しかし、人々の熱をもった瞳が、自然と漏れ出た嘆息が、静かに●●の存在感をしらしめている。
世界中から集まった、好事家である彼ら彼女らの興奮は最高潮の中にあった。
興奮を抑えられないのは「私」も同様だった。脈が早まり、人知れず強く握りしめていた拳に汗がにじんでくる。酩酊状態に陥ったかのようにフワフワと落ち着かない。ここでなければ、年甲斐もなく鼻歌でも歌いながら、スキップしたい気分だった。自身がひどく浮足だっているのに気づき、思わず苦笑してしまう。
そのような気持ちになるのは、「私」にとっては珍しいことであった。しかし、それも仕方のないことであった。長年の夢が、悲願がすぐ目の前にあるのだから。
「私」は新鮮な感覚に酔いしれながらも、一方で落ち着けと脳内で警鐘をならす。目的を果たすためには、冷静にクレバーなくてはならない。
ついに舞台の中心へと本日の主役がたどり着く。拍手が鳴りやみ静寂が訪れる。
人々は息をのみ、それを見つめる。
多くの人間の――富を求めるもの、名声を求めるもの、力を求めるもの、権力を求めるもの、様々な願いと欲望が渦巻く視線の先にあるのは,黄金に輝くさやに収められた一振りの剣だった。
オークション会場への入場時に配布された出品リストには、全くと言っていいほど情報は記されていない。製作者ー不明 製作年月日ー不明 名ーなし。一見すると、美しく、豪華な作りではあるものの、どこにでもあるような、ありふれた武器の一つでしかない。
しかして、その正体は――――。
「続きましてエントリーナンバー30 無名の剣。しかし皆様もちろんご承知のことでしょう。この世でたった一振り、数百年前、悪しき魔族どもをことごとく切り伏せ、ついには魔王を滅ぼしこの世界に平和をもたらした比類なき聖剣。そして、持つもののどんな願いをも叶えるといわれる勇者の剣—――ブレイブソードです!!!」
司会の口上も。湧き上がる歓声も。「私」の耳には入ってこなかった。
ただただ、その存在に目を奪われ、それ以外のすべての存在が消え去っていく。
高くなる体温とは裏腹に、思考は思いのほか冷たく、クリアであった。
ああ、「私」はあれを必ず競り落として……手に入れてみせる。
どんなことをしても。どんな犠牲をはらうことになったとしても。
必ず、手に入れる。