からいカレー
加奈子の家についた時、ちょうどカレーの宅配も届いた。
下のオートロックの外で受け取り、部屋に上がって、皆で手を洗って食卓で食べた。
3辛でも充分に辛くて、食べているうちに涙目になる。
「からい…!」
と思わず言ったら、加奈子が驚いたように麻里を見てから、楽しそうに笑いだした。
「麻里…!めっちゃ涙目なんだけど!!大丈夫?……って言っても、私も司も、3辛よりは辛いよねぇ」
「辛いなぁ。てか失敗した。3辛でもだめなのか。そういや前に誠二が、桜岡は“マイルドのチキン野菜カレーがいい”とかなんとか言ってたような…」
「ちょ、早く思いだしてよ、そういうの!全然辛いのダメなやつじゃん!!麻里、大丈夫?食べられる?」
「とても、からい」
「あはははは!!」
司が声をたてて笑い、ナンをちぎってカレーをのせて口へと運んだ。
加奈子もナンをちぎってカレーにつけて食べながら
「そういえば、麻里って、こういうのはあんまり食べてる印象ないよね。誠二と、時々食べてたりするの?」
「時々かな。本当に、一年に、一度か二度。水原が、どうしても食べたいという時くらいで」
「やっぱり」
司がカレーを飲み込んで笑う。それから指の先をぬれたナプキンで軽くふいて、コップを手に取って水を飲んだ。
「それで、今日はどうしたんだよ」
「そうそう、そっちが本題だった」
加奈子が次のナンを握りながら麻里を見る。
麻里は手をとめ、何から説明しようかと考えた。だが、うまく言葉がまとまらない。それで、先日、仕事仲間から、誠二の現地の記事を見せてもらったという話をした。
ついで、向こうで知り合った相手と誠二が、どうやら付き合っているらしいこと。お揃いの指輪をつけているらしいことなども、あまり感情を出さないように気をつけながら、なんとかかいつまんで説明をする。
司と加奈子が驚いたように目を丸くして、
「え?うそでしょ、それは。誠二に、向こうで恋人なんてできるわけないよ。司、何か聞いてる?誠二のこと」
「いや、何も知らねぇ。マジなの、それ。どのネットニュース?」
「それが、現地のサイトだったので、見つけ方がよくわからなくて」
「日本には、まだ入ってきていないよねぇ、その話」
「そうだな…」
加奈子と司がすぐに携帯を出して、色々と検索をし始めた。
麻里はどうしていいかわからずに、自分も携帯を出してみたが、検索ボックスに「水原」と入力しただけで指が動かなくなってしまった。
ここでさらに、決定的なことが書かれたニュースが出てきたらどうしようと思ったのだ。
司と加奈子が
「英語、……のサイトにはなさそうだね」
「誠二って、今、どこに行ってるんだっけ。フランス?イタリア?」
「………祐也から、この前、エッフェル塔の写真が送られてきたから、フランスじゃないかな。なんか、エッフェル塔で今、期間限定のライトアップをしているらしいよ」
「へえ、いいな。俺も見たい、その写真。しかし、フランス語ってどう入力するんだ?」
「あ、私、無理!わかんないよ、フランス語。ねえ、麻里、それってどんな記事だったの?」
麻里はかいつまんで、自分の見た記事のことを話した。
といっても、文章は読めなかったから、見た写真の説明をして、誠二が見慣れぬ指輪をつけていたことを話す。
携帯を置いた司が、またナンをちぎりながら
「指輪ねえ」
と宙に視線を向けた。
「単なるファッションリングな気もするけどなぁ」
「その指輪って、誠二がこっちから持って行った指輪じゃないの?本当に見たことのないデザインだった?」
「………、おそらく」
「桜岡が言うってことは、向こうで買ったものなのかな。ペアリングじゃないとは思うけど、それで桜岡は、いったい何が気になってんだ?誠二が、向こうで浮気をしているかもって?あるわけねえよ。誠二に限って言えば」
「ないだろうねぇ、誠二は」
「浮気?浮気ってなに?誠二は浮気をするタイプではないでしょう?」
「うんうん、わかってんじゃん、桜岡。だよな!俺もそう思う」
「誠二はね~、めちゃくちゃ一途だから」
「……つまり、向こうの何とかという相手に心を奪われたということだろう」
「ん?」
「え?ちょっと待って、麻里。何言ってるの?」
「だから、向こうで初めて好きな人ができたのだろう、誠二に」
「え、いや、向こうでっていうか、……誠二の初恋は、こっちの国のやつだって聞いてるけど、俺」
「うん、私も。こっちの国の、幼馴染」
「誠二に、そんな相手が……」
麻里はショックを受けて目を丸くした。
加奈子が不思議そうに司と麻里を見比べる。
「え、ごめん、私、今ちょっとついていけてない。麻里って誠二と、付き合っているんじゃないの?」
「付き合ってないよ。何を言っているの、加奈子」
「いやいやいや、何言ってるんだ、は、桜岡の方じゃねえ?え?付き合ってないの、誠二と」
「付き合ってない。単なる普通の、………幼馴染だ」
誠二との関係をどう表現していいかわからずに、麻里は視線を下へと落とした。
司と加奈子がお互いに顔を見合わせて、首をかしげている。
麻里は困ってしまって、視線を横へと流した。誠二が一緒にいた時は、一緒にいるのがあまりにも普通のことだったから、きちんと意識したことがなかったのだ。
加奈子が目の前で手をひらひらと振ってきて、
「麻里、大丈夫?口から魂飛び出してない?」
と言ってきた。
それに「出ているかもしれない」と苦笑して、麻里は再び、ナンを手に取り、食事を始めた。
インドカレーは、冷めてもとてもからかった。
これで3辛なら、5辛はどうなっているのだろう。
加奈子と司が再び顔を見合わせて
「でも、誠二と麻里って、しょっちゅうデートしてたよね?」
「誠二の車の助手席に座ったことがあるのも今のところ、桜岡だけだしな」
「デートなんてしてない。助手席は、たしかによく座っているけど、加奈子たちは違うの?」
「う~ん、俺、毎回、絶対後部座席かな!」
「私も」
「後部座席以外、座ったことないわよ。というか、誠二にそこまで車を出してもらわないし、私は」
「この前の、皆で行った日帰り旅行の時くらいだよな!最近で、あいつの車に乗ったのって」
「その時も、助手席は麻里が座っていたわよね?」
「あれは、……私だと雑用を言いつけやすいからでしょう?」
「まあ、そういう理由でもいいけどさ」
おいしそうに最後のカレーを食べきった司が、ナプキンで手を拭きながら、楽しそうに笑って麻里を見た。
「俺には、誠二の好きな相手って日本のやつに見えるけど」
「私も私も!」
加奈子が楽しそうに手を上げる。
麻里は少しだけ首をかしげて、二人の話が何を意味するのかを考えた。