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取り巻く想い出

休日、学生時代からの友人の加奈子や司と、とある商店街の純喫茶に行った。

その店が、たまたま学生時代に誠二と二人で行ったことのある喫茶店だったから、思わず動揺してしまった。

 通された席は、たまたまあの時誠二と座った、まったく同じテーブルだった。

 休日ということもあって、店の中は混んでいた。

 先に注文した紅茶がまず運ばれてきて、加奈子が嬉しそうに目を輝かせる。

「うわ~!本当においしそう!!麻里、司、飲んでみなよ!!」

 その時、司のところに出されたカップが、あの時、誠二のところにだされたカップと、まったく同じ柄だった。ウェッジウッドのハンティングシーン。それを見て、麻里は思わず息を飲んだ。

「へえ、良い香りだなぁ……」

 そんなふうに感心しながら、司がカップの取っ手を手に取った。

 その指の形、指の長さ、指の色が、誠二とは全然違うのに、一瞬、そこに、誠二がいるように空見してしまう。

空見して思わず顔をあげ、そこにいるのが司だとわかり、自分でもよくわからない、不思議な空虚さが心の中にぶわりと広がった。

学生時代に一緒に来た時の光景が、まばたきをするたびにコマ送りのようによみがえる。

今よりももう少しだけ、幼さの残る誠二の笑顔。

あの頃、よく着ていたお気に入りの服。テーブルの上に肘をたて、軽く唇の下を人差し指の第二関節で触れるようにして、話を聞いていたお決まりのポーズ。

そんなことをまばたきを重ねるたびに思いだし、麻里は一瞬、自分が過去にタイムスリップしたような気がした。

 そうじゃないと気づいてから、心の中に、とても苦い空気が広がる。

 紅茶を一口飲んで「おいしいな」と笑った司が、ふと目の前に座る麻里を見て首をかしげた。

「桜岡?どうした?」

麻里は思わず視線を伏せた。

 司の隣に座っていた加奈子も、何かがおかしいと気づいたのだろう。心配そうに眉をよせ、麻里の顔を見つめ、首を少し傾ける。

「麻里?なにかあったの?」

「……、」

 麻里が視線を横にそらせつつ、話そうかどうしようかためらった時だった。

「お待たせいたしました」

と、店員が、三人の注文した軽食を運んできてくれた。この店おすすめの昔ながらのアイスクリーム、四角いバターの乗せられたおいしそうなホットケーキ、それに、さくらんぼとクリームの乗った、キャラメル・カスタードプリンである。

 加奈子がぱっと表情を変えて、

「やったー!来た来た!私のホットケーキ!」

と顔を輝かせて店員さんをかえりみた。

 司も嬉しそうな顔で店員さんを見上げて、

「おお…!おいしそうだな、このアイス」

と目をきらきらさせている。

 麻里も、なんとか彼らと同じテンションになるべく嬉しそうな顔をし、話を合わせた。実際に、プリンが食べたかったのは事実なのだ。

 あの時、誠二と一緒にここに来た時、麻里はアイスクリームを頼み、誠二がプリンの方を頼んだ。昔ながらの銀色の器に盛られたプリンは、零れ落ちそうになっている、少し苦そうなキャラメルソースの上に、しぼったクリームが乗っていて、その上に赤いサクランボが乗せてある。

 カスタードの色に焦げ目が少しだけついていて、甘くておいしそうだった。

 いいなぁと、横目に見ながら思っていたのだ。

 私もプリンにすればよかった。

 でもその時は、まだ誠二ともそこまで仲が親密だったわけではなくて、とてもではないが「一口ほしい」なんて言えなくて、結局、プリンを食べずに終わった。

 それでメニュー表を渡された時、とっさに「プリンで」と言ってしまったのだ。

 言ってしまって、いざ現物が運ばれてきて、麻里はとても、………後悔をした。

 食べられないと、思ってしまった。

 あの時、誠二がとてもおいしそうに食べていたプリンだ。

 それを。

 今、こんなにも誠二とは物理的にも、心理的にも遠く離れた状態で、とてもではないが口に入れることはできない。

 途方に暮れて、とっさに二人の方を見る。

 異変を感じ取ってくれたらしい加奈子が、パッと麻里の前におかれそうになっていたプリンを見て

「あ、おいしそう!私、プリンも食べたいな~。ねえ、麻里、プリンとホットケーキ、交換しない?」

と笑いながら聞いてきた。

 司が笑いながらツッコミをいれ、

「まじで!?交換するの!?桜岡的にはありなの、それ」

と、麻里に確認を入れてくる。

 麻里がひとまず「実をいうと、私もホットケーキが気になっていた」と頷けば、そこで店員の人がニコッと笑い、

「ではこちらに置きますね。取り皿、お持ちいたしますか?」

とシェア用の取り皿を三つ持ってきてくれた。

それで三人で分けて、皆で食べることにした。

 けれども麻里は、結局プリンは食べられず、ホットケーキとアイスをもらい、紅茶を飲んでお店を出る。

 最寄りの駅まで向かうバスの中で、後部座席の隣のシートに座っていた司が、ちらりと麻里を見て、聞いた。

「桜岡、今日、どうしたんだ?」

「え」

 麻里は驚いて司を見た。

 司の向こうに座っていた加奈子も、司の影から身体をのぞかせるようにして、こちらに顔をのぞかせてくる。

「途中で入った喫茶店でさ、ちょっとおかしかったでしょ。どうしたの?大丈夫だった?」

「……いや、その、」

「お前が話したくないなら別にいいんだけどさ。何かあったなら話、聞くぜ?」

「うん、うん!私、このあと少し、時間があるし。司は?」

「俺も、明日の朝までフリー」

 司が笑いながら、ぐっと親指を上へと立てる。加奈子がそんな司を見て笑い、

「なら、ここから一番近い私の家に来る?出前とって、皆で何か食べようよ。私、今、めっちゃくちゃインドカレーの気分!」

「いいな~、インドカレー。でも出前なんてやってるか?」

「やってる、やってる!麻里もいい?この後大丈夫?………ええと、ここから四駅目の駅で降りまーす!」

 加奈子が明るい声で麻里と司にそう言って、自分の携帯を取り出した。インドカレーのお店の検索をしてくれているらしい。 

 やがて四つ目の停留所に着いてバスを降りる。

加奈子が、さっそく携帯をとりだして、インドカレー屋さんに電話をかけ始めた。

 どうやら、日本語がやや心もとないお店らしい。

 よくわからない単語のやり取りを重ねながら、ようやく発注のところまでこぎつける。

「ええと、〇〇カレーの×辛が一つと、……司は?」

「あ、俺、△△カレー、×辛で」

「△△の、×辛を一つ。違います、△△です、△、△!そうそう」

 それから急に加奈子が麻里の方を見て、「麻里は?」と口パクで聞いてきた。

 麻里はびっくりしてしまった。普段、あまりインドカレーを頼まないので、いまいち、何の種類があるのかがよくわからない。それでとっさに、誠二が前に食べていたものを思い出し、反射的に

「ダルカレーの5辛」

と返事をしたら、司が笑いながら加奈子に、

「加奈子。桜岡は、ダルカレーの3辛にしよう。……桜岡、それ、誠二の好きな辛さだろ。多分、桜岡には辛すぎると思うぜ」

と言われてしまう。

 その「誠二」という言葉に、またまた麻里の胸の奥がグッとが痛くなった。

 麻里の周りには、常に誠二との思い出がある。


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