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意外な一面?➁


 そうこうしているうちに、駅前の小さなカフェへと到着。

 入口に大きなポスターが貼ってあり、そこにはチーズケーキとドリンクのセットが写されていた。すごく美味しそう!カフェに来ると甘いものも一緒にほしくなっちゃうなぁ。


 店内は落ち着いた雰囲気の照明と、おしゃれなジャズが流れていて、勉強する学生やパソコンに向き合っているお仕事中の方やらで、席は七割くらい埋まっていた。


「美音、俺、美音のも買っておくから、先に席取っておいてよ」

「わかった!それじゃあミルクティーをお願い」

「おっけー」


 藤宮くんはどうするのかな、と横目でちらりと窺っていると、「藤宮、お前は自分で頼めよな」と椿が藤宮くんをレジへと引っ張っていった。


 椿は本当にどんな人とでも話せるなあ、などと感心しながら、どこかちょうどいい席はないかな、と辺りを見回す。


 窓際の三人が座れそうなソファ席を見付け、そこに腰を下ろした。   

 二人が来るまでそわそわと落ち着かない気持ちで待つ。カフェに来ることもほとんどなかったので、ちょっと緊張しているのかもしれない。いつもはファミレスとかだし。


 あ、雨。


 ふと視線を窓の外に向けると、お店の窓ガラスに水滴がぽつぽつと増えていくのが見えた。

 五月が終わったらあっという間に梅雨入りかなぁ。

 窓の外の様子を漠然と眺めながら、どうして藤宮くんは勉強を教えるなんて言ってくれたのかな、と考えていた。


 思っていたより藤宮くんて、人と一緒にいるのが嫌いじゃないのかな?でも教室だとあまり誰かと話している姿は見ないな。転入してきたばかりだし、まだ仲のいい友達がいないのかもしれない。私達といるのが少しでも楽しくなるといいけど。


 そんなことを考えていると、二人がトレイを持ってこちらにやって来た。


「美音、お待たせ!」

「ありがとう、椿」


 そう言いながら私がソファ席の奥へと席を詰めると、隣に座ったのは椿ではなく、なんと藤宮くんだった。


「!?」


 驚きのあまり、まじまじと彼を見てしまった。


 な、なんでわざわざ私の隣に!?学校でも隣の席だけど、いやそれとこれとは違うよね?教室の席より近いんだけど…。


 戸惑っている気持ちを落ち着かせようと他に視線を移す。彼のトレイに目を向けると、そこにはコーヒーとチーズケーキが乗っていた。


 あ、チーズケーキ頼んだんだ。

 

 とそれどころではなく、やっぱりとても落ち着かない。


 私がそわそわしていると、椿がむくれたような声を出して藤宮くんに文句を言った。


「つーか、藤宮、なんでそっち座んだよ」

「隣の方が教えやすいだろ」

「美音には俺が教えるんだから、お前は向かいでいいの」


 そう文句を言いながらも、椿は渋々私の前の席へと腰を下ろした。


 彼のトレイには、オレンジジュースにトマトのパスタ、それにチョコドーナツまで乗っていた。

 少しでも気をまぎらわせようと、椿へと話しを振る。


「ちょっと椿、あんまり食べると夜ご飯入らなくなるよ」

「平気!平気!超成長期だから!これくらい余裕で食える!」


 そう話しながら、こちらにミルクティーを渡してくれた。


「はい、美音のミルクティー」

「ありがとう!いくらだった?」

「いいよ、それくらい、奢り!」

「え、ありがとう!今度は私が奢るね!」

「おう!」


 そう言うが早いか「いただきます!」と手を合わせて早速パスタを食べ始める椿。


 私達の様子をコーヒーを飲みながら眺めていた藤宮くんは、チーズケーキにフォークを差し入れ一口分をすくった。そのフォークが流れるように私の目の前に差し出される。


「はい」

「え?」


 私が食べやすいようにか、小さく一口分にすくわれたチーズケーキが、私の口元に差し出されていた。


 え?え?くれるってこと?


 彼の突然の行動に戸惑いが隠せるわけもなく、心臓が一度大きく跳ねる。


 藤宮くんってこういうことする人なの?女の子とのシェアにもあまり抵抗がない人?


「いらないのか?食べたそうにポスター見てたと思ったけど」


 あ、入口で私がポスターを見ていたから?


「え、えっと……」


 せっかく一口くれようとしているのに、お断りしたら嫌な気持ちになっちゃうかな?で、でも、フォークに口つけちゃうけどいいのかな、だってその、間接…。

 悶々と考えている私を見て、藤宮くんは意地悪そうに笑った。


「ま、冗談だけど」


 そう言って私に差し出してくれていたケーキを自らの口へと運び、ぱくっと食べてしまう。


「え!?」

「なに?本当に貰えると思った?」


 楽しそうに笑う藤宮くんを見て、ようやく気が付いた。


 私、からかわれた…?


「もう!冗談かぁ!びっくりしたよ」


 そう怒ったふりをしながらも、内心何が起きたのか分からず、慌ててミルクティーを喉に流し込む。


 なんだったの今の?藤宮くん、人をからかったりするんだ?びっくりしたー。


 びっくりしすぎて、動機が治まるまでにしばらく時間がかかった。



 椿が食べ終わったところで、ようやく勉強を開始した。課題が出ていた英語をさくっとやっつけて、本題の数学へと向き合う。


 よし!やるぞー!


 気合を入れようと、カーディガンの袖を捲る。

 数学は二年生になって、ますます難しくなったような気がする。一年生の頃から苦手意識のある私には、少々手に余るものがあった。やはりというべきか、問題集を始めて早々に行き詰ってしまう。

 さっきのことで藤宮くんに話しかけるのはちょっと勇気がいったので、二人に聞こえるよう声を掛ける。


「あの、ちょっとここが分からないんだけど」


 数学の問題集の問5を指差す。


「どれ?」

と椿が向かいから身を乗り出してくる。


 藤宮くんも少しだけこちらを向いて、私が分からないと指差した箇所へと視線を落とす。


 なんだか指先が変に緊張してきた…。


「この途中式なんだけど、どうしてこうなるのかな、って」


 勉強に集中するため、勉強のことだけを考えようとなんとか意識を数字へ向ける。


「あー!そこね」と椿はさも簡単だと言うように話し始める。

「これはこの公式を使うんだよ、んで、公式の通りに解いていくと、この途中式を通過する!簡単だろ?」

「?!」


 彼は自信満々に説明してくれたが、当の私には全く理解できていなかった。


「この公式だよね?使ってもこの途中式が出てこないんだけど…」


 もう一度解いてみようと、ノートにペンを走らせる。


 しかしやはり教科書に載っているような途中式には遭遇せず、あまつさえ解答すら違っている。私の理解力が足りないのかな、と少し落ち込む。

 うんうん唸りながらゆっくり解き直していると、藤宮くんがため息をつきながら私に肩を寄せてきた。


「!」


 あまりの近さにびっくりして、ひっと小さく声を出してしまったかもしれない。

 当の本人には聞こえていなかったようで、私の動揺などお構いなしという感じで彼は説明を始める。


「まあ、公式通りに解けばできるけど、とりあえず俺が解くから見てて」


 そう言って丁寧に説明を加えながら、計算式を作り上げていく。


「ここまでは分かるだろ?」

「う、うん」


 私がつまずいていた箇所にくると、ゆっくりと丁寧に解いてくれる。

 分かりやすいな…藤宮くん字綺麗だなぁ。勉強できる人は字も綺麗って言うよね。藤宮くんは成績いいのかな。

 そんなことを思いながら説明を聞いていると、ペンでこつっとおでこを叩かれた。


「あたっ」

「ちゃんと理解したか?違うこと考えてただろ」

「え!そ、そんなことないよ!ちゃんと理解しました!」

「ふーん、ならいいけど」

と言いながらも、ちょっと不満そうな顔をしている。


 本当は少し集中力が切れていたけれど、それはそもそも藤宮くんのせいです。 


「さ、早速解いてみるね!」


 私は教わった箇所を自分で解くことに専念する。


 その後も、ちょこちょこ分からないところを教わりつつ、試験範囲の苦手単元を無事理解することができた。


「できたー!」


 ここまで数学が解けるのは初めてかもしれない!感動すらおぼえる。数学って解けるようになると楽しいかも!

 大きく伸びをし、凝り固まった肩を回す。


「美音、そろそろ暗くなってきたから帰ろうぜ」

 椿が外と腕時計を見て言った。


「あ、本当だ!真っ暗だ」


 私も窓の外に視線を移すと、もうすっかり夜の帳が下りていた。なんだかんだ集中していたせいで、時計を見損ねていた。


「二人とも、今日はありがとう!おかげで今回の数学はいい点取れそうだよ!」

「いつでも教えるって!」

「お前は全く役に立ってなかったけどな」

「そんなことないだろ!」


 話しながら店の外へ出ると、しっとりと雨の匂いがした。大分前に上がっていたのか、地面はもう乾き始めている。夏を予感させるじめっとした空気を感じた。


「じゃ、俺と美音はこっちだから、またな藤宮」

「今日は本当にありがとう!また明日ね、藤宮くん」

 彼は「ああ」とだけ言って、私達とは反対の方へ歩いて行った。


 私と椿はそれを見送って歩き出す。


 勉強会楽しかったなあ。まさか藤宮くんが教えてくれるなんて思わなかったけど。数学って解けると楽しいんだ。藤宮くんのおかげで数学が好きになれそう!最初は感じの悪い人かと思っていたけど、全然そんなことないのかも。からかったりする、意外な一面も見てしまった。

 我ながら単純だとは思う。知らない一面を知れること、少し心を開いてくれたのかな、なんてきっと彼は私のことを友達だなんて思ってくれてはいないと思うけれど、やっぱり少し嬉しかった。出会い方はあまりよくなかったけれど、いつか友達になれるかもしれないよね。


 私は明るい気持ちになりながら、帰路に着いたのだった。




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