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泡沫の夢


 新学期が始まって、数日が経ったある日の昼休み。

 友人の当番の代わりで、私は校庭にある花壇に水をやっていた。

 春は彩り豊かな花々が多く、見ているだけで心までも華やかな気分になる。自然と鼻歌まで口ずさんでしまう。水を浴びた花々は気持ち良さそうに陽の光を反射させた。

 暖かくて穏やかな陽気、お昼寝したら気持ち良さそう!


 ふと花壇のさらに奥、お昼ご飯やおしゃべりに生徒達が使っているテラス席に、とある男子生徒の姿を見つけた。


「あ…」


 先日転校してきたばかりの藤宮くんだ。机に突っ伏して寝ているように見えるけれど、この陽気だし、お昼寝でもしているのだろうか。


 彼とは新学期の一件以来、隣の席ではあるけれどほとんど話せていない。


 藤宮くん、少し苦手かも…。何を考えているのか分からないし、話し掛けても冷たく返されるだけだしなぁ。私のことが嫌いなのかもしれない…。


 私が一通り花壇の水やりを終えても、彼が全く動かないので少し不思議に思った。お昼寝するのに適しているとは到底思えない硬いテラス席で、こうも身動きしないものだろうか。身体が痛くなりそう。


 寝てるだけだよね?体調悪くてぐったりしてるとか、そういうんじゃないよね?


 少し迷ったけれど、前者だと思うけれども、念のためと私は自分に言い聞かせ、彼の顔が見える近さまで近付いてそっと顔を覗き込んでみた。


 寝てる、のかな?しゃべらなければかっこいいんだよなぁ、おお、睫毛長い。


 そんなことを思いながら見ていると、閉じていた彼の瞳がぱっと開いた。突然腕をぐいっと引き寄せられ、唇が触れそうな至近距離でばっちりと目が合った。


「何?」


 彼は全く視線を動かすことなく、平然としている。


 近い…!


 急な接近に心臓が慌ただしく音を立てる。私は慌てて藤宮くんから距離をとった。


「ご、ごめんなさい!あの、勘違いでした!お昼寝かなとも思ったんだけど、全く動かないから体調悪かったりしたら困るし、それでちょっと様子見を!」


 ああ、やっぱり気にするんじゃなかったかも。


 早口でそう説明すると彼は起き上がって、自分の膝を指差した。彼の動作をそのまま目で追い、藤宮くんの膝の上を見ると、猫が気持ち良さそうに丸まっていた。


「みーちゃん?」


 三毛猫のみーちゃんは、この学校に住み着いている猫である。自然に囲まれたこの学校には、野良猫が多く住み着いていた。皆各々勝手に名前を付けて呼んでいる。私はみーちゃん呼び派だ。


「こいつが俺の膝から一向にどこうとしないから、仕方なく貸してやってた」

「そ、そうだったんだ…」


 そっか、やっぱり具合が悪いわけじゃなかった。ああ、おせっかいだったよね。


 そう反省しながら藤宮くんの方をちらりと見やると、彼が少し笑ったように見えた。


「お前、相変わらずそそっかしいな」

「相変わらず…?この前のこと?あれは本当にごめんなさい!あとお前じゃなくて、佐藤美音です!」


 せっかくの話す機会なので、もう一度謝ってみた。ていうか、さっき藤宮くん笑ったよね?藤宮くん笑うんだ。もう怒ってない?私のこと嫌いなわけじゃない?

 私は少し嬉しくなる。


「で、お前はこんなところで何してるんだ?」


 またお前呼び…。


「花壇に水をあげてたところだよ」

「今日は彼氏と一緒じゃないのか?」

「彼氏?」


 藤宮くんが何を言っているのか分からなくて、素っ頓狂な声を出してしまった。当然のことながら初恋すらまだの私に、彼氏などいるはずもないし、いたこともない。

 私が首を傾げていると、藤宮くんは面倒くさそうに言った。


「いつも一緒にいるだろ、過保護な幼なじみ」

「あ!ちがっ!椿はただの幼なじみだよ!彼氏なんかじゃ…」


 私が慌てふためいているのを、少しからかったような目で見てくる藤宮くん。


「付き合ってないんだ?」

「付き合ってないよ!」

「ふーん、あっそ」


 そう言いながら猫を抱き上げると、膝からゆっくりと降ろした。


「それじゃ」

「え、え?」


 興味がなくなったのか、いやきっともとからそんなものなかったと思うけれど、私との会話が面倒になったのか、彼は伸びをするとさっさと行ってしまった。


 なんとも掴みどころがないというか、自由気ままというか、まるで猫みたいに気まぐれな人だ。

 彼のいなくなった席にはみーちゃんが引き続き気持ち良さそうにお昼寝をしていた。

 私はその隣に腰を降ろすと、優しくみーちゃんの背中を撫でた。ふわっとした毛の手触りと、お日様の匂いのような、暖かな落ち着きのある匂いがした。人に慣れきっているみーちゃんは、私のことなど気にもとめず眠っている。


 藤宮くん、さっき笑ってたよね?もしかして、思ったより普通に話せる?もっときつい人なのかと思ってた。


 気まずい気持ちが少し軽くなったような気がした。

 なんでかな、ちょっと嬉しい。それにしても相変わらずそそっかしいって、ぶつかった時のことかな。教室での私の姿でも見てそう思ったのだろうか。私ってそんなに落ち着きないかなぁ。 

 そんなことをぼーっと考えているうちに、春の暖かな陽気に誘われた私も次第にうとうとしてきてしまった。瞼が重くなってくる。


 日差しが暖かくて気持ちがいいなぁ。少し寝ちゃおうかなぁ。


 そううつらうつらしていると、ふと、脳内にとある映像がちらついた。


 それはまさにこのカフェテラスのこの席。寒い中、誰かとおしゃべりをしながら温かい飲み物を飲んでいた。

 あれ?これいつのことだっけ?一緒にいた人って誰だっけ?椿?菅原先輩とか?男子生徒だった気がしたけれど、うまく思い出せなかった。

 これは夢?いや、冬にここで誰かとおしゃべりをした記憶がうっすらある、ような。

 なんで急にその時のこと…でもあんまり思い出せないな。まあいっか。きっとそのうち思い出せるよね……。

 

気が付くと私もみーちゃんと一緒に、夢の世界へと旅立っていた。五限始まりの予鈴が鳴るまで、私は気持ちよくお昼寝をしたのであった。




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