出会い③
気まずい一日をようやく終えた放課後。
「さて、今日も部活頑張りますか!」
今日あった色んな出来事はひとまず忘れて、部活動に頭を切り替える。意気込んで立ち上がると、前の席の椿も慌てて立ち上がった。
「俺も早く行かねーと!今日タイム測るんだった!」
と、まるで勉強道具が入っていなさそうな鞄を肩にかけた。
「陸上部も練習?」
「もうすぐ春の大会だからさー、サッカー部も大会近いだろ?」
「うん、こっちも来週大会」
私はサッカー部に所属しており、マネージャーを担当している。選手達と一緒にマネージャーズも気合を入れていかねばならぬ時期だ。
椿は小学生の頃から陸上部に所属していて、短距離走と走り高跳びが専門だ。大会でもなかなかいい成績を残しているみたい。
「お互い頑張ろうぜ」
「うん!」
「あ、美音、今日も一緒に帰ろ。同じくらいの時間に部活終わるだろうし。昇降口で待ってるから」
この時期は大体どの部活動も六時に終わる。春と言っても暗くなると一人で帰るのはちょっと怖かったりもするので、私は快く頷いた。
「うん、わかった」
その返事を聞いた椿は、嬉しそうに「じゃ、またあとで」と、元気に教室を出て行った。
彼の後ろ姿を見送りながら、私も教科書を鞄に詰め込んで身支度を整える。
ふと隣の席を見ると、藤宮くんはクラスの子達に囲まれ、質問攻めにされているようだった。転校生あるあるだね。
みんなよく話し掛けようと思えるなぁ、と半ば感心してしまう。藤宮くん、性格結構きつそうだけど。
ちらっと見ただけなのに、藤宮くんとちょうど目が合ってしまった。私は慌てて教室を飛び出し、部活動へと向かった。
「気を付け!礼!」
「お疲れさまでした!!」
午後六時十分前。本日の部活動終了。
「お疲れ様です!」
そう言いながら、サッカー部員たちにタオルとスポーツドリンクが入ったボトルを手渡す。
一息ついた部員たちはへとへとな身体を引きずりながら、ロッカールームへと向かっていく。
大会前ということもあり、やはりみな気合が入っていた。毎日毎日ハードな練習でかなりきつそうだ。マネージャーの私達にもなにかもっとできることはないのかな。
そんなことを考えながら、ボールや備品の片付けを始める。
ふと校庭の西側を見ると、まだちらほら練習をしている陸上部の姿があった。当然そこには幼なじみの椿の姿もあって、ほんの少し見ていただけなのに、彼は私に気が付き、手を振ってくれた。私もそれに答えるように小さく手を振り返す。
すると、とんとん、と後ろから肩を叩かれた。
振り向くとそこには、
「佐藤さん、お疲れ様」
にこりと微笑むサッカー部部長、菅原 佑輔先輩がいた。
「菅原先輩!お疲れ様です!」
私は慌てて挨拶を返す。首にかけたタオルで汗を拭いながらも、先輩は疲れを見せない笑顔で微笑む。
「佐藤さんも疲れたでしょう?片付け、なにか手伝おうか?」
相変わらずの爽やかすぎる笑顔、眩しい…。
「だ、大丈夫です!片付けもマネージャーの仕事のうちですから!」
「そう?無理しすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます」
先輩はいつも私達マネージャーにまで気を遣ってくれる。先輩だって疲れているはずなのに。
高校に入ったばかりの去年の春。私は部活動を決めあぐねていた。
椿が陸上部に誘ってくれていたけれど、私はとりあえず色んな部活動を見てみたくて、毎日色んな部活の体験入部に顔を出していた。
その一つがサッカー部だった。
正直サッカーのことは全く分からなくて、テレビで少し見るくらいの知識だったのだけれど、体験入部に行った時、菅原先輩が丁寧にサッカーのことを教えてくれた。今まで知らなかったサッカーの面白い部分とか、詳しいルールとか、すごく楽しく教えてくれていたのを、今でもよく覚えている。
とてもサッカーが好きな人なんだなぁ、と先輩を見て思った。
この人が楽しくサッカーをできるように、支えてあげたいな、サポートできたらな。
そう思って、サッカー部のマネージャーとして入部することに決めたのだった。私が入部を決めた時の先輩の嬉しそうな顔を見て、私も嬉しくなったっけ。
それから先輩は私の憧れになった。先輩みたいに周りの人を自然と笑顔にできる優しさとか、気遣いとか、私もそんな素敵な人になりたいと思った。
「そういえば先輩、私になにかご用でしたか?」
「ああ、いや、特に用があったわけじゃないんだけれどね」
「?」
「佐藤さん、頑張りすぎてないかな、って。マネージャーの仕事、人一倍頑張っているから」
「え、いえいえ!まだまだ至らないところばかりで!」
先輩、私のことを心配してわざわざ声を掛けてくれたのかな。相変わらず優しすぎる先輩だなぁ、としみじみ感動していると、菅原先輩はなぜかとても嬉しそうに笑う。
「佐藤さんは十分すぎるくらい頑張ってくれているよ、いつもすごく力になってる。本当にありがとう」
面と向かってそんなことを言われて、ちょっと泣きそうになってしまった。褒められたくてやっているわけではないけれど、見てくれている人はいるんだなぁと胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ありがとうございます!」
今後も先輩達が楽しくサッカーをできるよう、頑張らねば!とより一層気合が入ったのだった。
「それじゃ、明日もよろしく、マネージャー」
「はい!」
すっかり日も落ち、空には星々が輝き始めている。
「お待たせー!」
私が帰り支度を終えて昇降口に行くと、椿はもう待っていた。
「おーお疲れ」
時計を見るとすでに六時半を回っていた。
「ごめんね!大分待たせちゃったね、帰ろっか」
「おう」
帰路につきながらお互いの部活動のことなどを話しながら歩く。しかしどうにも椿が上の空のような気がしてならない。私の話に対して、ああ、とか、うんとか、なんだか返事適当じゃない?疲れてるのかな?
「椿、どうかした?」
「えっ」
「なにか考え事してる?さっきから上の空って感じ」
「あー、ごめん」
「なにかあるなら言って、今更遠慮する仲でもないでしょ?」
彼が何を迷っているのかは分からないけれど、そう私は力強く促してみた。
「えっと、美音に聞きたいんだけど、」
椿はおずおずとそう切り出す。
「うん?」
彼は一瞬の逡巡ののち、意を決したようにこう尋ねた。
「あのさ、さっき校庭で話してた人って、サッカー部の人だよな」
さっき?椿に手を振った時かな。
「うん、菅原先輩かな?サッカー部の部長さんだよ」
「仲良いの?」
「え、普通だと思うよ。部長とマネージャーだから、よく部活のことで話しはするけど。菅原先輩がどうかした?」
そう尋ね返すと彼は慌てて目を逸らした。
「な、なんでもない!……そっか、よかった…」
「?」
椿が何に興味を持っていたのかいまいち分からなかったけれど、なんとなく落ち着きがないように感じた。
「今日だって、いつだって、俺が美音の傍にいるんだ、気にすることないよな」
「ん?」
「え!いや、それじゃあまた明日!」
気が付けばすでにうちの前まで帰って来ていて、椿はそそくさと隣の家へと入って行った。
「あ、うん、また」
なんだか様子が変じゃなかったかな?明日また聞けばいっか、とさして気にせず私も家に入ることにする。
ふと空を見上げると、雲一つなくたくさんの星が瞬いていた。
新学期早々色んなことがあったなぁなんてことを思って、真っ先に思い浮かんだのは、転入生の藤宮くんの顔だった。
黙っていればかっこいいのだけど、ちょっと苦手なタイプかも。女の子達も結構話し掛けていたみたいだけど、すごい塩対応だったし。ぶつかったこと、まだ怒ってるのかなぁ。ちょっと気まずいな、これからずっと隣の席なんだよね…。
「はぁ…」
浅くため息をついて、空を見上げる。もうすぐまんまるの月は、春の夜闇を明るく照らしていた。
考えても仕方がない!とにかく穏やかに、何事もなく楽しく過ごせますように!
そうお月様に強くお願いした。