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出会い➁


 とある生徒との不運な事故の後。

 少し駆け足で来たおかげか、なんとか遅刻せずに学校へ到着することができた。

間に合ってよかったぁ。

 ほっと胸を撫でおろしつつも、せっかくの新学期だというのに、なんとなく気は晴れない。理由は分かっているのだけどね!

 昇降口を入ってすぐ、クラス名簿の張り出された掲示板で自分の新クラスを確認し、今年お世話になる二年Ⅾ組の教室へと向かう。

 にぎやかに談笑する新クラスへと足を踏み入れると、みな新クラスに浮足立っているようなそわそわとした空気を感じた。

 ここが今年お世話になる新しいクラス!知ってる子も結構いそう!

 なんて思っていると、ちょうど顔なじみの女の子が駆け寄ってきた。


「美音ちゃん!」

「桜ちゃん!」


 私達は手を取り合って喜び合う。


「今年は同じクラスだ!」


 右前髪を大きなシロクマのヘアピンでとめる彼女は、結城 桜(ゆうき さくら)ちゃん。一年生の頃に図書委員会の当番で仲良くなった子だ。去年はクラスが別で合同授業などもなかったから、一緒のクラスになれてとても嬉しい。

 私達はひとしきり喜びあった後、自分たちの座席を確認して、各々の席へと向かう。

 私の席は窓際の一番後ろの席だった。

 窓からは暖かな日差しと、心地よい風が入ってくる。カーテンがふんわりとはためく。


 最高の席では!


 クラス替えによる多少の不安も消え、明るい気持ちになっていたのも束の間、ふと今朝の登校中の出来事が思い出された。私は再びなんとも言えないもやもやとした気持ちになる。


 本当、なんなのあの人、そりゃあぶつかった私が悪いとは思うけど。それにしたってあの態度はひどくないかな。助けてくれたのかと思ったのに…。これが少女漫画だったらなぁ~、なんて、また少女漫画脳なことを思ってしまうのは、さすがに恋に恋しすぎなのかな。

 …うーん、でもあの人、どこかで見たことがあるような気がするんだよね。気のせいかな。割とかっこよかったし、以前に会っていれば覚えていそうなものだけれど。同じ学校だし廊下で擦れ違ったことがあるのかもしれない。


 そんなことを悶々と考えながらひたすらに一人で唸っていると、前の席の椅子を引く音がして、私は顔を上げた。


 ひょいっと顔を覗き込むように、一人の男子生徒が私に声を掛けてきた。


「美音っ!おはよ!今年も同じクラスだ!よろしくな!」

「椿!おはよー」


 元気な声の主は、幼なじみの三浦 椿(みうら つばき)だった。

 家が隣同士で、小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた幼なじみである。彼はいつも元気で明るくて、男女共に友達が多いクラスのムードメーカー的存在だ。


「今年も同じクラスってすごくね?小学校から数えると十一年連続?なんかすごい数字になってきたなー」

「ほんとだね!幼稚園から数えるともっと?」

「幼なじみパワーすごっ」

「あはは、だねぇ」


 なんて他愛もないことで笑い合える、家族のような友人。今年も椿と同じクラスで私も嬉しい!

 一通りそんな話で盛り上がっていると、彼はそうそう、と言って話題を変える。


「そういやさっき、百面相してなかった?」

「え、百面相!?」


 変な顔をしていたのだろうか、と自分の頬を両手でもみほぐす。


「眉間に皺寄せながら唸ってたから、なにかあったのかな、って」


 私の表情を真似してか、眉間にぐっと皺を寄せる椿。

 ああそうでしたそうでした、今朝のことですよ。


「椿、ちょっと聞いてくれる!?」

「お?おう」


 一人で悶々としていても仕方がない。


 私は机から身を乗り出すと、今朝の出来事を事細かに話して聞かせた。

 小さい頃からなにかあると、椿はいつも私の相談に乗ってくれていた。家族よりも色んな話をしてきたかもしれない。大きくなるにつれて、段々と過保護気味に感じるような気はするけれど、彼も私と同じように、私を家族と同じくらい大切に思ってくれているんだろうなぁと思う。多分。そうだったら嬉しい。


「…ってことがあったのね、ちょっと失礼というかひどいというか、確かにぶつかった私が悪かったんだけどさ。それでちょっともやもやしてて」


 そう私が一通り話し終えると、椿は腕組みしながら眉根を寄せた。


「誰だよそいつ。この学校にそんなやついんのか」


 苛立ったように教室中を睨む椿。当然、その彼はいるはずもなく。


「どこかで見たことがあった気がしたんだけど…何年生だろう?」


 私が今朝の彼の容姿を思い出しつつ、首を傾げていると、


「今度会ったら俺が文句言ってやるからな」

と椿は意気込んでいた。


「ありがとう椿、話聞いてもらえてちょっとすっきりしたかも!」


 もう大丈夫!そういう気持ちも込めて、私は笑顔で返した。

 その感謝の言葉に椿は何故か一瞬どぎまぎして、それでもすぐに「おう!」と言ってにかっと笑った。


「……つーか、誰とも知らないやつに腰触らせるなよ…危なっかしいなぁ…」

「え?何か言った?」

「いや!なんでもない!」


 椿は慌てたように顔の前で手を大きく振っていたけれど、なにかぼそりと言っていたように聞こえたのは気のせいだったのかな。


 とにもかくにも椿に話を聞いてもらったことで、もやもやはすっかり消えてしまっていた。

 今朝のことは私が悪いのだし、もし万が一いつか会うことがあったら、ちゃんと謝ろう!


 気持ちを切り替えそう思ったところで、朝のホームルーム開始のチャイムが鳴った。



「ホームルーム始めるぞー」


 出席簿を持った体格のいい男の先生が教室に入ってくる。

 あ、望月先生だ!

 去年も担任だった先生であり、趣味は筋トレのがっしりとした国語教諭である。

 先生も新クラスに軽く自己紹介をする。

 数学の怖い高田先生じゃなくてよかったぁ。

 ほっと安堵していると、その後ろを一人の男子生徒が一緒に入ってきた。教室が少しざわめく。女子がひそひそと色めき立つ。「かっこよくない?」「タイプかも」などと聞こえた。

 私は教室に入ってきた男子生徒を見つめ、ただただぽかんと口を開けていた。

 その男子生徒は整った顔立ちではあるが、どこかだるそうというか良く言えばクール、悪く言えば不愛想そうな、そう、どこかで見たことがあるような青年で。どこか、どこかで、いや、どこかでもなく今朝の!!


「あーーー!!」


 私は思わず大声を上げ、立ち上がっていた。


 先生と一緒に入ってきた男子生徒、それはつい先程まで話題の中心だった彼。今朝曲がり角でぶつかって、不遜な態度でさっさと去って行ってしまった彼。

 そう、まさにその人であった。

 うわああ転入生だったんだ!そんなベタな…!!少女漫画じゃん!!


「なんだ、佐藤。知り合いか?」

「え!?」

 気が付くとクラス中が私と教卓の前の彼とを交互に見比べている。

 私は急に恥ずかしくなり、慌てて着席した。


「い、いえ知り合いじゃないです…」


 そう小さな声で呟く。


「そうか?」


 先生は不思議そうに私を見た後、仕切り直すようにコホンと一つ咳払いをした。


「えー、今日からこの学校に通うことになった、藤宮だ。じゃ、自己紹介」

「どーも、藤宮 凌太(ふじみや りょうた)です」


 彼は今朝と変わりのないぶっきらぼうな態度で、とても短い挨拶をした。かなり面倒くさそう。

前の席に座る椿が、私を振り返って小さく尋ねる。


「もしかして、さっき話してた今朝のやつって、あいつ?」


 わたしはこくこくと何度も頷く。


「へーあいつが」


 そうぼそりと呟きながら、椿は藤宮凌太と名乗った男子生徒をまじまじと見ていた。

 まさか転入生とは思わなかった…しかも同じクラス…。

 気まずさを感じていると、先生がふと視線をこちらに向けた。

 ん?


「席は、佐藤の隣を使ってくれ」

「えっ!?」


 隣!?

 確かに隣の席が空いているとは思っていたけれども!転入生、隣の席、これまた私が喜びそうな少女漫画の展開ではあるけれども!

 私が驚いている間に、藤宮くんはまっすぐにこちらへ歩いてくると、私の右隣の席に座った。

 先生が分からないことは教えてやれよーとか、周りの女の子がひそひそ話しているのが薄っすら聞こえた気がしたけれど、そんなことより私はどんな顔をしてよいのかわからず、冷や汗が止まらなかった。


「体育館で始業式あるから、ぼちぼち移動してくれー」

とホームルームは終わっていた。


 藤宮くんはこちらに見向きもしなかった。鞄の中身を適当に机の中に突っ込み、さっさと席を立ち廊下に出ようとする。

 私は今朝のことをしっかり謝っておこうと、思い切って声を掛けてみることにした。

 これから一年間同じクラス、隣の席なわけだし!ずっと気まずい思いを引きずるのもよくないよね!もしかしたら仲良くなれるかもしれないし!今朝今度会ったら謝ろう、って決めたんだし!よし、よし、頑張れ私。

 そう自分に言い聞かせ、意を決して口を開く。


「ふ、藤宮くん!今朝はぶつかってしまってごめんなさい!寝坊して急いでいて。えっと、佐藤美音です、これからよろしくね」


 そう頭を下げると、藤宮くんはやっとこちらを見た。その力強い瞳はほんの少し合わせただけでも気圧されるようで。その瞳が私を捕らえる。

 彼は一言、「今朝?」と言った。彼の声は低すぎるわけではないけれど、言葉が尖っているせいで、なんとなく威圧感を感じてしまう。

 私はなんとかひるまず、返答する。


「今朝の、登校中の曲がり角でのことなんだけど、急いでいて気が付かずにぶつかってしまって。本当にごめんね」

 そうもう一度謝ると、彼はようやく合点がいったとでもいうように「ああ、」と言い、私の顔を見たあと、全身をさっと見た気がした。


「今朝の。高校生だったのか…てっきり…、…まぁいいや」


 そう言って藤宮くんは鼻で笑った気がした。


「なっ!?」


 それってどういう意味!?確かに身長は大きい方ではないけれど、そこまで小さくもないし、胸だってまだまだ成長中なんですけど!?

 今朝のことも相まって再び私の中にもやもやが生まれそうになった瞬間、前の席の椿が立ち上がった。


「おい、そんな言い方ねえだろ!女の子にぶつかっておいて!」


 椿は藤宮くんを睨みつける。

 しかし当の藤宮くんに態度を改める様子は全くない。


「誰お前?こいつの彼氏?」

「かっ!…違うけど…」

「お前には関係ないだろ」

「ある!関係ある!俺はこいつの幼なじみだ!」

「へぇ…幼なじみって、そんな子守りみたいな真似しなきゃなんねえんだ?大変だな」

「てめえっ…」


 今にも手を出しそうな椿を宥めようと、私は慌てて彼の制服を引っ張った。


「ちょ、ちょっと落ち着こうよ、ね、椿?」


 椿は驚いて私を見る。


「なんで止めんだよ、美音だってむかつくだろ?」

「ぶつかった私が悪かったんだし、そんなに怒らないで」


 そう言うと彼は渋々頷いて、「美音がいいなら…」と、相変わらず不貞腐れたような顔をしてはいるが、ひとまず大人しくなってくれた。

 いいとは言えないかもだけど。

 椿が怒ってくれたおかげか、私は少し冷静になれていた。

 藤宮くんの態度はどうかと思うけど、元はと言えば私のせいだからね、素直に謝ってはみたのだけどね……。

 私は藤宮くんへと向き直ると、


「えと、とにかく、今朝は本当にごめんね。これからよろしくね」

と精一杯の笑顔で言った。多少引きつってはいたかもしれない。


 しかし当の藤宮くんはその言葉には答えず、私の顔をしばらくじっと見て、さっさと廊下に出て行ってしまった。

 な、なんだったの今の間。うう、やっぱり怒っているのかも?うまくやっていける気が全くしないよ~。


 新学期早々、精神がすり減りまくりの私なのであった。





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