王妃に求めるただひとつの 09
ウィルフレッドが城に戻り、入れ違いでサイラスが離れに来た。
「どう? 城での生活を満喫してるかな?」
城のパティシエが作ってくれたお菓子を頬張っていたアルマを見て、リスみたいだと笑うと散歩に行かないか? と誘ってくれた。
城に来たはいいが離れにいるだけで城には行っていない。ウィルフレッドがアルマを城に入るのを嫌がるからだ。その話をすると、あー……と頬をポリポリとかき、じゃあ城の外を案内するよと離れから連れ出してくれる。
城に連れてこられたのが昼過ぎだったが、今は三時頃。
城にある花々が咲き誇る庭に着いたとき、数名の子供達が手を繋いで歩いていた。
「あっ! サイラスお兄ちゃん! こんにちは!」
サイラスを見つけて皆が寄って来る。サイラスがおかえりと声をかけると、ただいま! と子供達が元気よく返事をした。子供は小学生くらいだろうか。
「お姉さんも、こんにちは! お姉さん、初めましてだね! サイラスお兄ちゃんのお友達?」
そうだよ……と返そうとしたところで、サイラスが割って入った。
「このお姉さんはアルマさん。ウィルのお友達だよ」
えっ⁉︎ ウィルお兄ちゃんの⁉︎ そう言えば同じお目目だね! そう言って目尻を指先で下に下げる。つまりタレ目と言いたいのか。その様子が可愛くて可笑しくて、笑いながら、
「私はアルマ、よろしくね!」
アルマも子供達の真似をすると、みんな笑ってくれる。
「なあ! サイラス兄ちゃん! 今日勉強見てくれる? 宿題たーっくさん出たんだよ」
一番背の高い男の子が手を合わせてお願いしている。サイラスはあーっ……と申し訳なさそうな顔をすると、
「今日は夜勤だから無理なんだよ……」
と断った。
「ウィルお兄ちゃんは?」
ウィルはなぁ……と苦笑い。多分ダレルが見張りながら仕事をしているだろう。
「あの……私で良ければ……」
アルマの申し出に子供達の羨望の目が集まる。私も! 僕も! と言う子供達を宥めながら、サイラスがいいの? と聞いてくるので、もちろんです! と返事をする。
「じゃあ、後で僕達の家に来て! 絶対だよ!」
アルマと指切りげんまんをすると手を振りながら競走だ! と言い庭の奥に走って行った。
「助かるよ、ありがとう。多分チェルシーちゃんも一緒に行ってくれるから、後で一緒にチェルシーちゃんの所へ行こうか」
またチェルシーさんと会えるなんて……嬉しい! と思いつつも気になった事を質問する。
「サイラスさん、あの子達は?」
サイラスは、あぁ……と笑うと、
「あの子達は孤児なんだよ。両親をなくした時に親代わりになってくれる身内がいない子達は城の中の『みんなの家』に住むんだ。そして俺達、というか城に働く者達がみんなで面倒を見る。実は俺も孤児で、歳の離れた兄貴とその家に住んでいたんだ。身内は居たんだけど、兄弟別々に住むのを兄貴が嫌がってね。まだ小さかった俺とみんなの家に来たんだよ。兄貴もよく面倒見てくれたけど、城の人達や王様、王妃様に良くしてもらった。城の家に住んでたからウィルとも会えたし」
お兄さんは港都の警備局官になって、今は町に住んでいるそうだ。
「ウィルは城で特別な教育を受けていたんだ。王子ってだけで命を狙われることがあるから、普通の子供みたいに町の学校に行けなかった。友達がいないウィルは城の中なら安心だからとみんなの家に遊びに来てね。よく俺と城を抜け出して町に行っては悪ガキ達……つまりはダレルやメレディスとよく喧嘩をしてたんだよな。でも結局、ダレルやメレディスも城を守る仕事に就いて、今じゃウィルを護ってる。まぁ、ウィルの腕が立つから俺達は必要ないんだけどね」
「そんなことはありません!」
アルマは腕組みをしながら力強く口を開いた後、腕を解き呆れたような、困ったような……そんな複雑な声でウィルフレッドについて苦言を漏らす。
「確かに凄く強いけど、ウィルフレッドさんは自分の力を過信し過ぎ! 先日の倉庫街の件も、私が居なければ刺されてたんですよ? 私との手合わせだって、私に負けることもあるんだから。時々隙があるんですよ」
ウィルフレッドさんはどちらかというと近距離戦が得意だから……とウィルフレッドの分析を始めるアルマに苦笑いする。猛獣並みに強いウィルフレッドに勝つことがあるなんて、アルマも相当なやり手らしい。
「でも、任せてください! シモンズ食堂でお預かりしている間は、傷一つつけさせません! 私が全力で守りますから」
うんうん! と得意げなアルマにありがとうと頭を撫でると、どういたしまして! とはにかんだ。
「田舎のお父さんに撫でられてるみたい」
もう少しお願いしますと言われ撫でようとした瞬間、城の方から鋭い殺気が……ヒッ! と声を上げると、アルマがどうかしました? と見上げてくる。
「あ、アルマちゃん……その髪留め可愛いね」
「そうなんです! これはウィルフレッドさんからのプレゼントで……」
上手く話を逸らし事なきを得たが……。
「で? どうしてアルマさんの頭を撫でてたんだよ?」
アルマをチェルシーの所へ案内し、みんなの家へ一緒に行くところを見送った後、先程殺気を送ってきた張本人に会いに来た。
「いや、可愛かった……」
言い終わらないうちにギロリと睨まれたので、違う、違う! と訂正するとまた睨まれる。
「サイラスはもうちょっと大人っぽいタイプが好きだと思ってた」
「いや、だから違うって!」
ウィルフレッドは書類に目を向けると、
「サイラスは親友だ。アルマさんとサイラスがお互いのことを好きって言うなら、僕は何も言わないけど……サイラスは髪が結えないから練習しないと」
何を言っているのかわからないが、何も言わないって言っている割には顔が煩すぎる。文句だらけの表情に思わず吹き出す。
「田舎のお父さんに似てるって言われたよ。シモンズ食堂に居るうちはウィルのことを全力で守るって言ってくれたから、お礼に撫でたんだ」
「違う、僕がアルマさんを……みんなを守るんだ」
黙々とハンコを押すウィルフレッド。
「ウィル、手合わせでアルマちゃんに負けることがあるんだって? 隙ができるって言ってた。なーんで隙ができるんだよー?」
ニヤニヤしながら聞くサイラス。
「近距離戦になると、アルマさんの胸が当たることがあるんだよ……」
王様やらしーと揶揄うサイラスに、仕方ないだろ! と顔を赤くして弁明する。
「アルマちゃんとウィルはいいコンビだな。ウィルの戦い方も分析していて、ツーマンセルを組んだ時の支援方法を提案されたよ」
その時、ウィルフレッドの頭の中に雷が落ちたような衝撃が走った。
「アルマさんと僕がいいコンビ? それって『相応しい人』ってことにもなるのか?」