王妃に求めるただひとつの 07
「で、ウィルはいつ帰って来るの?」
倉庫街の捕物から一週間が経った。
海賊組織壊滅とまではいかないが、大きな成果は出した。もう僕がシモンズ食堂に居る意味は無く、毎日日替わりで誰かが迎えに来るが帰宅拒否をしている。
今日は真打ちであるサイラスの登場だ。僕の感情を一番揺るがすことができる。手強い。
店主からは一度「帰るのかい?」と聞かれたが僕が首を横に振ったらそれっきり何も言わずにいてくれる。
アルマさんに至っては僕が居るのが当たり前だと思っているらしく、朝の髪結いに始まり、買出しはもちろん、夜の手荒れの軟膏を塗るまで僕にくっついている。時々お兄さんのトレヴァーさんも来て賑やかなシモンズ食堂が僕は好きだ。タビーもロックとは仲良くしている……と思う。
別にいいじゃないか、シモンズ食堂に居たって。毎日持ってくる書類には目を通しているし、指示も出している。城に居ないといけない意味がわからない。
今朝だってアルマさんが……
「今日は一番可愛くしてください」
そう言っていつもの髪飾りを持ってきたから、とびきり可愛く結ってあげるためにブラシを手に持った。
「今日はサイラスさんが来るって……」
昨日の連れ戻し当番のダレルが、なかなか帰ると言わない僕に、
「明日はサイラスの旦那が来るからな!」
とブチ切れながら帰ったのを思い出す。倉庫街の捕物の時にアルマさんとサイラスは顔見知りになった。手鏡にほっぺを赤くしてワクワク顔のアルマさんが映っている。
「サイラスが来るのが待ち遠しいみたいですね」
僕が笑いながらそう言うと、手鏡の中の顔がニコニコしている。何でそんなに楽しみなのだろうか。一番可愛くする理由は何なのか。赤いほっぺとニコニコ顔を見れば一目瞭然だが、知らぬフリをしよう。
そうだよ、僕が居なくなったら誰がアルマさんの髪を結うんだよ。
「わ! 凄い! 可愛い! ウィルフレッドさん天才!」
どういたしましてと笑いながら仕上げの髪飾りを付けた。
サイラスが来店してから、アルマさんはずっとサイラスと話している。
サイラスが持参した城のパティシエ特製のマカロンに感激してからすっかりサイラスと仲良しだ。
「ウィルがお世話になっているから、今度お土産持って来るね」
あの日サイラスはアルマさんとそう約束したらしい。
なんだ、サイラスがお土産を持って来るからあんなに待ちわびていたのか。アルマさんが洗った皿を拭きながら、二人の会話を盗み聞きする。
「アルマちゃん、その洋服可愛いね。この前会った時は変装用の服だったんだよね? 今日の方が君らしいな」
空色の膝下ワンピースはアルマさんのお気に入りの一着。そのワンピースを着ているアルマさんを可愛いって褒めたのは僕が先だからな。
「髪型も良く似合ってるよ」
当たり前だ一番可愛くしたんだと心の中で頷く。
「料理もできるし、可愛いし。アルマちゃんはいいお嫁さんになるね」
バリン! 僕の手の中で皿が割れた。
「えっ⁉︎ お皿の劣化⁉︎ フレドリックさん、大丈夫⁉︎ 待って今片付ける袋を取ってくるから!」
割れた皿を呆然として眺めてしまう。
「ウィル……」
サイラスが頭を抱えている。劣化ではない……僕が割ってしまったんだ。しかも真っ二つに……。
「アルマさんの髪は僕が毎日結ってるんだ」
聞かれてもいないことを話し出した僕にサイラスが苦笑している。
「あぁ、よく似合ってるよ。ウィルは本当に器用だな」
「アルマさんのワンピースも僕が先に褒めた。別にそんなに褒めなくったって……アルマさんがいいお嫁さんになることは僕が一番よく知っている。僕がいつも褒めてる」
サイラスの顔を見ずにブツブツ呟くと、店主がブッ! と吹き出した。まるで笑いを堪えていたみたいに。
「ハハッ! フレドリックくん面白いな……なんでアルマちゃんがサイラスくんのことを好きか知りたい?」
知りたいような知りたくないような……ってやっぱりサイラスのことが好きなのか。
わかる、サイラスはいい奴だ。アルマさんは見る目がある。サイラスにならアルマさんを任せても……いや、サイラスは不器用だから髪が結えない。やっぱりダメだ。
「知りたいです。なんで店主はわかるんですか?」
少しムッとしながら答えると、まあまあそんなに機嫌を悪くしないでと宥めながら、
「顎髭だよ。アルマちゃんの田舎のお父さんに顎髭があるの。凄く優しい人でね、アルマちゃんはお父さんが大好きなんだ。サイラスくんは雰囲気がよく似てるよ。しかしウィルフレッドくんは面白いなー……もうちょっとシモンズ食堂に居なよ。退屈しないから」
店主の良いおもちゃにされていることが分かったが、顎髭ね……。
サイラスが何かを考えるように顎を触っている。ごめんな、サイラス。アルマさんはお父さんと顎髭が好きなんだよ。不思議と気分が晴れ、フッと笑ったとき。
「なぁ、シモンズ食堂の定休日に城に帰って来いよ」
サイラスの再三の誘いにも首を横に振る。髪を結う仕事と、軟膏を塗る仕事。これは僕にしかできないんだ。
「ウィルだけじゃなくてさ、アルマちゃんも連れて帰って来いよ! アルマちゃんに、城の料理食べさせたら喜ぶだろうなぁ」
ブホッ! サイラスの提案に、再び吹き出す店主。そして、目を輝かせる僕。アルマさんを連れて帰る……なんて良いアイデア!
「そうだ! そうしよう! 流石はサイラス!」
きっと喜ぶだろうな。グレンダも会いたがっていたし。そうだ! 料理は……デザートは……とアルマさんを連れて帰ることで頭が一杯の僕は、サイラスが店主にすみません……とジェスチャーしていることに気づいていなかった。
そして、割れた皿を片付けるための危険物の袋を手に戻って来たアルマさんは、異様な雰囲気に首を傾げるのだった。