王妃に求めるただひとつの 06
夜の港都をひた走る。
クソっ! こんなことになるなんて……。
倉庫街近くにあるバーで海賊組織の取引現場を押さえたはいいが、悪足掻きをした奴らの一人が店内で発砲。店内が騒ついた隙を狙い二人居たうちの一人に逃げられてしまった。
バーの方はサイラスに任せて、僕は逃げた人物を追っている。
男は銃を持っているので町中で発砲されたら危険。もしかしたら海賊組織の仲間が何処かに潜んでいるかもしれないということを念頭に置き、男の背中を追う。
バーには僕とサイラス、黒い服を着た海賊組織の男が二人と、取引相手の他国の商人が居た。
他に数組の客と……カウンターに金髪で全身黒い服の女が座っていた。
海賊組織のメンバーは取引のとき黒い服を身に纏っている……各国の騎士隊・警備隊で出回っている情報だ。
もしかしたらあの女も奴等の仲間だったかもしれない。男二人に取引をさせて邪魔が入らないか監視していたとしたら……僕等の注意不足だ。
焦りは不注意や油断という落とし穴に化ける、というダレルの口癖が耳に痛い。
追っている男が狭い路地に入る。
もしかしたらこの先に海賊組織の仲間が居て僕を捕まえる罠かもしれない……一瞬路地に入ることを躊躇ったが、一瞬で覚悟を決めて路地に入る。腰に差し込んでいた銃を出し、いつ発砲されてもいいように構えながら路地を進む。
暫く一本道だったが進む先は行き止まり。
右に曲がる路地に入ろうとしたところで、上から黒い服の男が背後に飛び降りて来た。もちろん建物の上に気配を感じていたので咄嗟に対応。降りて来た瞬間を狙い男の鳩尾に右フック。男が崩れ落ちた瞬間に、右曲がり角から逃走した男が銃で狙ってきたのを間合いを詰め回し蹴りで銃を弾き、その反動を使い反対の足で再度回し蹴り。蹴りが首に入り仕留める。
だが……その男の後ろにいた小柄な男にまでは気づかず……刺される! 小柄な男が僕の脇腹をナイフで刺そうとした時に建物の上から発砲音がして、男が手にしていたナイフが弾かれた。その隙をみて男の顎にアッパーを打ち込む。
「あと、二人来るわ!」
二階建ての屋根の上から聞こえる声、一本道の路地と右折側から足音が聞こえる。
「貴方は一本道の方! 私は右折の方を!」
先に倒れた男達が邪魔でなので、自分から一本道の路地を戻り相手が来る前に待ち受ける。
まさか僕から向かって来るとは思わなかったのか、相手が銃を僕に向けるよりも僕が撃つ方が早かった。相手の肩に狙って一発。命中したそこを押さえながら座り込む相手に近づき着ていたパーカーで止血してやる。
城の発明家であるベイリーが作った通信機でサイラスに連絡を取り、事の詳細を告げると直ぐに向かうとのこと。
もう一人の男は⁉︎ と先程の曲がり角に向かうと、金髪黒服の女が立っていた。その下には海賊組織の男が倒れている……。助けてもらったが信用できないので銃を構えながら話しかける。
「手を上げてこちらを向け!」
女がクスリと笑う声が聞こえこちらを向く。やはりバーに居た女……。先程とは違いゆるいウェーブの金髪を後ろに軽く結び、手を胸の前に組んでいる。
「助けてあげたのに随分と酷い扱いね。お礼の一つも言えないなんて……躾のなっていない子」
両手を上げながらゆっくりと僕に近づく。
「この国はレディに対する礼儀がなっていないのね」
僕の目の前に立って怪しげに微笑む、切長の目に赤いリップの美女。
「そうですね……大変申し訳ありません。助けていただきありがとうございました」
銃を再び腰に差し込んで、女の前に片膝をついて跪く。片手を取り手の甲にキスを落とす仕草をした。
「もしよろしければ何かお礼を」
そう言いながら立ち上がると、
「そうね……チョコレートブラウニー。生クリーム乗せなんて好きよ」
女が僕の下顎に人差し指を入れて顎を軽く上げさせた。挑発的に誘う不敵な笑み。
「チョコレートブラウニーなんかよりも、もっと甘い時間を差し上げましょうか?」
僕は女の人差し指の方の手首を掴むと自分の頬へ移動させ指先に口付けた。一瞬女の顔が驚愕の顔に変わり、へっ? と引き攣る。
やっぱり……僕は女の首の下あたりを掴むと、勢いよく顔面を剥がす。すると、現れたのは吸い付きたくなるほっぺとタレ目。先程までの美女とはかけ離れた可愛い癒し顔が目を白黒させている。
「アールーマーさーん」
僕がジト目でそう名前を呼ぶと、青ざめた顔のアルマさんが
「止めて! 近い近い」
と顔を背けている。
「何がチョコレートブラウニーですか! まったく……危険なことをして……」
アルマさんの乱れた飴色の髪を整えてから距離をとる。アルマさんは美形の近距離怖い……と訳のわからないことを呟きながら頭を抱えていた。
「何でわかったんですか⁉︎ 完璧な変装だったのに!」
胸元が開き、普段は着ない膝より上のスリットが深いタイトスカート。セクシーな服装に幼い顔立ちがアンバランスだ。
「髪を結っているこのリボンですよ。朝、僕が髪を結う時につけてあげたでしょ? 猫探しのお礼でいただいたクッキーに付いていたリボン。可愛いからつけてって……」
金髪のカツラについていたリボンをヒラヒラさせると猫のようにリボンを掴み取る。
「うーっ……しくじりました……絶対にバレないと思っていたのに……」
リボンをクルクル回しながら口を尖らせるアルマさんに溜息。
「で、何でこんなところに居るんですか?」
再びアルマさんをジト目で見ると、相変わらず口を尖らせながら、
「一昨日シモンズ食堂で電話しているのを聞いちゃったんです。猫探しをお手伝いしてくれたお礼がしたくって……」
「だからって、こんな危険な場所に!」
もしかしたら命を落としていたかもしれない……そう思うとゾッとする。
「でも、私が助けないとウィルフレッドさん刺されていましたよ? 助けになったでしょ?」
そう言われグッと言葉に詰まる。確かにそれはそうだけど……
「店主にはきちんと相談しました。そしたらウィルフレッドさんがピンチになったら助けてあげなさいって。それまでは手を出したらダメだよって……」
ウィルフレッドさんが無事で良かった。そう微笑むアルマさんに、毒気が抜けて腰が抜けた。
「ウィルフレッドさん、大丈夫? やっぱりどこか怪我した?」
急に座り込んだ僕を心配してアルマさんも膝を抱えながら座り込み、僕を覗き込んでくる。港都最強と言われている僕が食堂の看板娘に助けられて腰も抜かすなんて……。
「……大丈夫じゃないです」
情けないやら心配してくれて嬉しいやら……色んな感情が渦巻いた顔を見られたくなくて、被っていた帽子のつばを下に引っ張り顔を隠した。