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王妃に求めるただひとつの 05

 しかし、アルマさんはどうやって猫を探すのだろうか。

「さあ! 行きましょう!」

 行くあてがあるのか、どんどん歩いて行く。

「探り屋アルマさん、何処へ向かっているんですか?」

 スタスタ歩くアルマさんの横に並ぶ。朝結ってあげた髪に髪飾りがよく似合っている。アルマさんは基本的に器用だが髪を結うのは苦手らしく僕が結ってあげた。今度僕も髪飾りを作ってプレゼントしよう。アルマさんなら木製でも真鍮でもよく似合いそうだ。

「実は私、ロックくんとはお友達なんです。彼はとても賢い子なので、誘拐されたとは考えにくくて……飼い主さんもとても可愛がっていたから、思い出の場所にいるかもしれません」

 ロックは元々野良猫だったそうだ。

 シモンズ食堂には昼ごはんを、亡き飼い主の元には夕飯を強請りに行っていたのを亡き飼い主が引き取った。

「とても良い方で……引き取る時に、シモンズ食堂へご挨拶に来てくださったんです。私がロックくんにご飯を上げているのを見かけていたらしくて、自分が引き取ってもいいか? とわざわざ許可を取りに来てくださって。私が快諾すると、いつでも会いに来てくださいっておっしゃってくださって」

 飼い主さんともお友達になって、時々遊びに行かせていただいていたんですよ。ぽつりぽつりと語る笑顔の中にも悲しみを浮かばせているアルマさん。飼い主は老衰だったらしい。

「ロックくんと飼い主さんの秘密の場所を知っているので、そこに行ってみようかと……」

 アルマさんと訪れたのは飼い主の屋敷だった。

「前に聞いたことがあるんです。屋敷の塀に穴が空いていて、そこからロックくんが出てきてくれるって。近づくと逃げるものだから懐くまでその穴で色んなやり取りをしたそうですよ。食事を置いて様子を見たり、ミルクにおもちゃ……仲良くなりたくて色々な手を使ったそうです。私もそうだったなぁ。ロックくんって警戒心が強いんですよ」

 屋敷の門をくぐり抜け、亡き主人に代わり屋敷の管理をしているメイドに声をかけてロックを探しに来たと申し出ると庭に入る許可を得る。メイドは「ぜひお願いします!」と懇願した。ロック探しを依頼したメイドは、主人の忘れ形見であるロックを引き取って田舎へ帰ろうと思っているそうだ。この屋敷の亡き主人は身寄りが居なかった。遺産はお世話になったメイド、執事夫妻の三名にそれぞれ分配され、屋敷は一番古く仕えてくれた住み込みの執事夫妻に託したようだ。執事がロックの面倒を見れればいいのだが……実は猫が苦手らしい。ご主人がロックを飼う時も、嬉しそうな顔に何も言えず黙っていたらしい。

「もしかしたら、ご主人との思い出が沢山あるこの屋敷から離れたくないのかもしれません」

 アルマさんが庭を歩きながらそう呟く。

 庭はとても綺麗に管理されていて、季節の花々が咲き乱れている。

「あそこの塀です」

 アルマさんがちょっとここで待っていてくださいと僕を残して塀に近づく。

「ロックくーん」

 そうロックを呼ぶが返事はない。

「ロックくんの好きなクッキー持ってきたよー! 一緒に食べよう?」

 アルマさんは荷物が入った鞄からクッキーを取り出すとヒラヒラと手を振った。

「うーん、フレドリックさんがいるから警戒しているのかなぁ」

 何処からか見ているかも……そう言いながら辺りをキョロキョロしているが……

「それは違うと思いますよ? 大好きなご主人が亡くなったばかりです。仲良しのアルマさんが来てくれたら嬉しいはず……」

 僕がそうだった。両親を亡くしたばかりの僕にサイラスが会いにきてくれた時、凄く心強かった。

「そうですかね……では、ここではないのかな。あと何ヶ所かありますので行ってみましょう」

 アルマさんと僕は思いつく限りの思い出の場所を回った。

 よくお散歩をした湖畔のボート、お茶を楽しんだ原っぱ、見晴らしのいい秘密基地……何処にも居ない。

 しょんぼりするアルマさんを慰めながら屋敷に戻る。先程対応してくれたメイドは居らず、執事が対応してくれた。

「すみません、お力になれず……」

 アルマさんが頭を下げる前に、僕が口を挟む。

「ご主人の寝室は今どうなっていますか?」

 執事は少し驚いた表情をした後、亡くなった時のままだと教えてくれた。

「灯台下暗し……かもしれませんよ?」

 アルマさんが、ハッと、しょんぼり顔から表情を変える。

 ロックは出て行ったものだと思いこんでいて、実は屋敷の中にずっといた可能性もある。屋敷に入らせてもらい寝室へ急ぐ。

「ロックくん!」

 アルマさんが呼ぶが返事がない。

 僕は寝室のベッドへ近づき布団を捲ると……グレーの尾曲がり猫が横たわっていた。

「ロックくん……ご主人の側に居たかったのね……」

 主人の匂いが一番濃くついているベッドで寝ているロックは、もう何日も食事をしていないはず。体力が落ちているのか……僅かに目を開けてニャーとか細い声で鳴いた。アルマさんが荷物の中からある限りのロックの好物を出し、執事が慌てて持ってきた水を見てようやく動き出す。

 少しずつだが口をつけるロックに胸を撫で下ろしていると、屋敷の他の二人も集まってきてロックが見つかったことに歓声を上げた。

 少し食事をしたロックをアルマさんが膝に抱き、優しく撫でる。

 ロックの気持ちを汲んで皆で話し合った結果、依頼主のメイドはロックを引き取るのをやめた。ご主人様との思い出があるこの港都に残った方が幸せだろうと。代わりに猫が苦手な執事がこのまま飼うことにしたのだが……

「あの! 私にロックくんを引き取らせてください!」

 そうアルマさんが申し出た。シモンズ食堂からこの屋敷は近いしロックも寂しくないのでは? と。執事も猫が苦手とはいえロックはご主人の忘れ形見。別れるのは辛い。アルマにならと使用人達が頷いてくれる。後はロックの意思だ。

「ロックくん、シモンズ食堂に来ない? 今度は私と一緒に暮らそう?」

 アルマさんの呼び掛けに、少し尻尾を揺らしたが直ぐにご主人のベッドに戻ってしまう。どうやら屋敷がいいのか……シュンとするアルマさんを元気づけるように肩に手を置くと。


 ニャー。

 ベッドのシーツを口に咥え、グングンと引っ張りながら降りようとしている。

「もしかして……シーツを持ってアルマさんのところへ行きたいのでは?」

 ご主人様の匂いがついたシーツ。きっと安心するのだろう。

「ロックが安心するのであれば、どうぞお持ちください」

 執事がメイドにシーツを外すように指示を出す。

「いつでも帰っておいで。ここは君の家だからね」

 執事さんがロックにそう言うと、ニャーと返事をする。ロックの寝床にと渡された籠とシーツは僕。ロックはアルマさんが抱っこをして屋敷を後にした。

「フレドリックさん、ロックくんがベッドに居るってよく分かりましたね」

 ロックを大事に抱きながら僕を見上げる。

 僕もそうだったからとは言えず、なんとなくですよと笑うと、そうですか……と寂しそうに笑い、ロックを抱えてない方の小さな手が僕の指をギュッと握った。アルマさんも実の両親を早くに亡くしている……握られた手をそっと離すとギュッと手を握りなおす。カサついた手から優しい温もりが伝わってきて愛おしくなりますます強く握ると、ヒャ! と小さく声を上げたアルマさんが、

「もう! 馬鹿力! 力入れ過ぎ! 骨が折れます!」

 少し赤くなった頬を膨らませて怒るアルマさんにすみませんと苦笑い。

 ロックが煩いと言うようにニャーと鳴いた。


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