王妃に求めるただひとつの 04
「あれ? ウィルフレッドくん帰ってきてたの?」
お風呂から上がってきた店主がニコニコしながら何してるの? と近づいてきた。
「ウィルフレッドさんから髪飾りと手荒れに効く軟膏をいただきました」
結った髪をドヤ顔で自慢する顔が愛犬のタビーとそっくりで可愛い。
「よく似合っているよ、良かったね。アルマちゃんもオシャレをしたい年頃だもんな。ごめんね、気づいてあげられなくて……。ウィルフレッドくん、ありがとう。あと、ちょっと僕の部屋にいいかな?」
店主がアルマさんの頭をひと撫ですると、僕に声をかけた。
店主の部屋に招かれると、ウイスキーどうだい? と勧めらたので、いただきますと答えた。仲間以外から勧められる酒は絶対に呑まないと決めているが、店主の酒は断る理由は無い。出された椅子に座りウイスキーを受け取った。
「おや? 何が入っているかわからないよ? 呑んでも大丈夫かい?」
と揶揄われたが、一気に呷ると、君に悪いことはできないなぁと笑われた。信頼されている人間になら命を託してもいい、それが僕の考えだ。
「今日、ちょっとした情報を耳にしてね。君も追ってるんだろ? あの世界的な海賊を」
流石は店主……真剣な顔で頷くと、小さく息を吐くのが聞こえた。
「明後日の晩に、倉庫街近くのとあるバーで取引がある。僕が行こうかと思っているけど……どうする?」
「いえ、僕が行きます」
瞬時に返事をすると、店主がやっぱり……と肩をすくめる。
「君に黙って行こうと思ったけど、バレた時が怖いからね」
手に持っているグラスを少し揺らしながら店主が苦笑いを浮かべた。
「僕が守るべきものが危険に晒されるのは我慢できません」
探り屋の仕事は情報収集で潜入捜査ではない。危険な仕事は警備局、あるいは僕直属の警備隊員達で引き受ける。中にはヤンチャな探り屋もいて、そいつは毎回現場で説教なのだが。
店主は一言「わかった」と呟くと情報が記載された紙を僕に渡してくれた。
「君も行くの?」
詳細が書かれた紙に目を通しながら、もちろんですと返事をする。
「いつも前線に出ているのかい?」
心配してくれているのか呆れているのか……どっちつかずの表情の店主。
「僕が守らないといけない国なので」
そう返事をすると、君に何かあったらどうするんだと、ウイスキーをグラスに入れてくれる。その声は心配の方が強い。でも。
「僕の元で働いてくれる奴らは優秀です。信頼している。でも、僕にはこの国を守る義務がある。この国に住む人々の平和を見届けてからでないと死ねません。その中には僕の部下達も入っている。僕が守りたいんです」
店主の目をしっかり見て告げると、そうか……と僕の意思を汲んでくれた。
「情報ありがとうございます。お店の電話を使わせてもらいます」
僕が部屋を出ようとすると、まだ話があると制され、
「アルマちゃんのことだけど……」
と話を切り出した。アルマさん?
「あまり仲良くしないでくれないかな」
ん? と首を捻る。言っている意味がわからない。店主は言いにくそうに、あーっ……と頭を掻くと、
「君は見た目がいいし、器もある。モテるだろう?」
それはまあ確かに、モテない方ではないが……。
「アルマちゃんは恋愛に疎い方だが、もし君のことを好きになってしまったら……君はいずれここを去る身だ。国を守る王だろう? きっと結婚だって君に相応しい人としないといけない。くれぐれもそこをよく考えてアルマちゃんとは付き合ってくれ」
僕の結婚? 相応しい人? 暫く考えた後、わかりましたと返事をして部屋を出た。
多分……いや、絶対わかってない。店主は溜息を吐くとウイスキーを飲み干した。
「サイラスはいるか?」
シモンズ食堂の電話を借りて城へ電話をする。一緒に潜入するならサイラスが適任だと考えサイラスに詳細を話すと快諾してくれる。
「では、明日の二十一時に倉庫街近くの青い扉の服飾店の裏で……」
有力な情報が得られるといいが……運が良ければそこで捕らえたい……そう思いながら電話を切った。
「えっ? 探り屋のお仕事ですか?」
翌日のシモンズ食堂開店前。
アルマさんが今日は店に出ないことを知った。
「そうなんです。探り屋のお仕事で……」
探り屋の仕事⁉︎ 危険な仕事じゃないだろうなと仕事内容を聞き出すと。
「猫探しですよ。尾曲がり猫のロックくんを探す仕事です。雄の灰色猫くん。とある富豪が飼っていたのですが、先日飼い主が亡くなってしまって……屋敷から居なくなってしまったらしいんです」
仕事に行く準備なのか、色んな道具を鞄に詰めている。猫探しなら危険は無いかな。だが、尾曲がり(かぎしっぽ)猫って幸福猫と呼ばれてて、縁起担ぎしたい貴族の間で高値で取引きされることも多いと聞いたことがある。
「ロックくんで一儲けしようと企んだ人が誘拐したのかもしれないと依頼がありまして……」
ダメだ、危険!
「アルマさん、僕も行きます!」
突然の申し出に、いけません! と嗜められる。
「店主がシモンズ食堂に一人になってしまうので、いけません。フレドリックさんはフレドリックさんのお仕事をきっちりこなしてください」
着いて行く! いけません! と言い合いをしていると店主がクスクス笑い出した。
「こらこら……喧嘩したらいけないよ? 今日は店を休もうか。僕もちょっと行きたい場所があるからちょうどいい」
後は二人で話し合いなさい。そう言うと臨時休業と紙に書いてドアに貼り行ってしまった。
「フレドリックさんのせいですよ?」
口を尖らせるアルマさん。
「何とでも言ってください。ぜーーったい着いて行きます」
譲らない僕に、本当に仕方のない人ですね……と肩をすくめると、
「私の助手ですからね⁉︎」
ビシリと指差しながら念を押されて同行を許されたのだった。