王妃に求めるただひとつの 03
「ねぇ、そろそろさ、一度戻って来たら?」
カウンター席に座るのはさっきから女性客に色目を使いキャーキャー言わせているメレディス。
ダレルが来てから一週間が経った。
ノーゲストタイムではなくティータイムに来たところがコイツらしい。女を口説きに来たついでに僕を説得しに来たんだろう。
「みんな困ってるよ? 一日だけでも……ね?」
そう言ってパチンとウインクする。気持ち悪い。僕には逆効果だ。
「キャー! メレディスさん、私にもウインクしてー!」
「メレディスさんに会えるなんてラッキー!」
コイツはたまにシモンズ食堂に来ては、女性客と遊んでいるらしい。まぁ、アルマさんに言わせればメレディスさんが来る日は売り上げが伸びるんですということなので、シモンズ食堂にとっては売り上げに貢献してくれる金づるだ。
「えっ⁉ もしかして︎フレドリックくん、家出して来たの?」
「うちに来てもいいよ?」
「だめよ、うちに来て!」
メレディスが余計なことを言ったせいで女性客が騒ぎ出した。
「ふふっ、フレドリックさん大人気ですね」
隣でお皿を拭きながらアルマさんがクスクス笑っている。それにムカついてアルマさんはおやつ無しですね! と囁くとごめんなさい! と顔を青くして謝ってきた。
フレドリックくん! フレドリックくん! うちにも来て! と女性客が騒がしい……。
「みなさーん! ごめんなさい! フレドリックさんは暫くシモンズ食堂預かりなんです。会いたい時にはご来店くださーい!」
アルマさんがペコリと頭を下げながらそうアナウンスすると、
「アルマちゃんだけズルい!」
「まあ、でもアルマちゃん相手なら……変な気も起こらないか」
「可愛いけど、色気は無いしね」
みんな好き勝手にそれぞれブツブツ文句を言っている。変な気とはなんだよと思いながらアルマさんをチラッと見ると、髪で顔が隠れて表情が見えない。
「はい、はーい! みんなそこまで! 僕が手相を見てあげるから見てほしい子はこっちへおいで」
えっ⁉︎ やった! メレディスさんの占い当たるもんね……騒いでいた女性客がわらわらといつの間にかソファー席に移動したメレディスを囲みだした。
表向きメレディスの職業は占い師ということになっている。もちろん普段は城に居るから、巷では神出鬼没の占い師で良く当たるとの噂が広まっていた。
「今日も売り上げ倍増ですね! 良かった」
ニコニコ笑いながらそう話すアルマさんに、笑顔を返す。それからはメレディスが来ているという噂を聞きつけた若い女性が次々に来店。大忙しで営業を終えた。
「メレディスさん、今日もありがとうございました」
いつもより倍の売り上げで、シモンズ食堂としてはホクホクだ。
「いいの、いいの。うちの王様がお世話になってるからね」
何がうちの王様だ……人を子供みたいに……。
「フレドリックさんが来てくれてからも右肩上がりなんですけど、メレディスさんが来てくださると爆発的です。流石はイケメン人気占い師」
アルマさんがメレディスばかり褒めるから面白くない。メレディスはそんなことないよと謙遜して
「アルマちゃんの手相も占ってあげようか?」
そう言ってアルマさんの手を取ろうとすると、バッ! と慌ててアルマさんが手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい。私は大丈夫です……あの……ちょっとバックヤードに行ってきますね。ごゆっくり……」
誤魔化すような作り笑いでバックヤードへ逃げるように駆け込むアルマさん。
「お前が軽いから触られたくないんだよ」
ざまーみろと言うようにメレディスを見下す。
「違うよ、手を見られたくないんだと思う」
そうメレディスがそう呟いた。
「何でだよ?」
意外な答えにメレディスは女心がわからないダメな王様だな〜と背伸びをすると、
「アルマちゃん、調理もするし武器も扱うから、手の皮膚が固くなってる。おまけに調理の時の火傷の後とか……水仕事していて手も荒れるし……若い女の子のすべすべな手じゃないんだよ。それを見られたくないんじゃないかな」
真顔で話すメレディス。
「そんなこと……」
「お前にとってはそんなことでも、女性はそういうこと気にするの。アルマちゃん、オシャレして恋人がいてもいい年齢でしょ。結婚適齢期だし。可愛いけど色気無いって言われたの結構ショックだったかもね……あぁ、そう言えば……家政婦長のグレンダさんが手荒れにいい軟膏を作ってたな。プレゼントすると喜ぶかもなぁ……」
メレディスの話を聞きながら、僕は黙って銀食器を磨いていた。
「お待たせしましたー! うわっ! 凄い! スプーンもフォークもピッカピカで綺麗……」
僕が磨いたスプーンを持って感動しているアルマさんの手を見る。確かに……火傷の跡や、カサつき、切り傷など、年頃の女性にしては手が荒れている。だからって……。
僕はアルマさんに向き合うと、お話があるんですが……と口を開いた。
「今晩から明日一日……城に帰ります。仕事を片付けて……あと、取りに帰りたい物もあるので……」
わかりましたと微笑むアルマさんの後ろでニヤついているメレディスをぶん殴りたいが……まあ、今日は許す。
「お前……どうやってアイツを連れて帰ってきたんだよ?」
城の執務室、大量に積まれた書類を黙々と捌く僕を見ながらダレルが驚いているのがわかる。
「あぁ……まあね? 明後日の朝にはシモンズ食堂に返す約束だから……用があるなら今のうちだよ?」
僕を見てクスクス笑うメレディスも無視しながら、早くシモンズ食堂に戻りたい一心で書類を捌いた。
徹夜で書類を捌いた翌朝……。
「グレンダはいるか?」
「はい、なんでしょう? あら? ぼっちゃん、お久しぶりでございます」
グレンダは長年城に仕えてくれているこの城の生き字引きだ。
「元気そうだな……変わりはないか?」
変わらない品のある歩き方は家政婦長の矜持か……背筋が伸びて姿勢がいい。
「えぇ、ぼっちゃんも相変わらずヤンチャしていると聞きましたよ? 今は食堂に居候しているとか……このグレンダ、今度ご挨拶に伺わなければ……」
両親が亡くなってから、親代わりのようなグレンダには頭が上がらない。
「実は相談があるんだが……」
手荒れに効く軟膏の件を話すと、わかりましたと快諾してくれた。
「調合をして、レシピも差し上げましょう」
どんな手に効く軟膏が欲しいのか聞かれたので、詳しく話すとニコニコしながら調合し始めた。僕も手伝いながらどんな風に手入れをすればいいか、塗るタイミングなどを教わる。
「これでいいでしょう」
軟膏が入った瓶を僕が受け取ると、グレンダはちょっとお待ちをと言い机の引き出しから髪飾りを取り出した。
白いパールと花がモチーフの可愛らしい髪飾り。趣味で作っているんです、若い女性からの評判がいいんですよとグレンダが胸を張る。
「こちらも一緒に差し上げたら喜ばれますよ」
僕は一言も女性だと言っていないのに……何でわかった⁉︎ と言う顔をしていたのだろう。グレンダはふふっと笑う。
「ぼっちゃんのお話を聞いていればわかります」
手荒れが少しでも改善されますように……そう言いながら城を送り出してくれた。
「フレドリックさん⁉︎ 今日一日帰ってこないって言っていたのに……」
翌日の夜、シモンズ食堂へ帰ってきた僕を見て驚いている。お風呂にも入った後らしく、パジャマだ。丁度いい。
「アルマさん、ちょっと座ってください」
住居のダイニングチェアにアルマさんを座らせて手を出してとお願いすると、急に何なんですか? と手を後ろに隠す。お願いしますと言うと渋々出してくれた。
「城の家政婦長から手荒れに良く効く軟膏を貰ってきました。塗り方を教わってきたので僕に塗らせてください」
そう言うと、またバッ! と手を引っ込める。
「何で……? フレドリックさんも私の手、荒れていておかしいって思う?」
恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。気遣いが足りなかったのかもしれない。僕はメレディスみたいに上手くできないけど……
「思いませんよ。でも、アルマさんが気にしているのがわかった……いや違います。メレディスが気にしているって言ったんです。僕はアルマさんの手のことはちっとも気にしていませんでした」
アルマさんがチラッと僕の顔を見る。手は後ろ。
「勝手にすみません。でももし、アルマさんが使ってみたいって思うなら……僕に塗らせてもらえませんか?僕は今のままでもいいと思いますけど……」
軟膏を机の上に置く。そしてグレンダからもらった髪飾りを取り出した。それを見て、
「わぁ! 可愛い……」
曇っていた表情が明るくなる。
「家政婦長……僕の親代わりみたいな人なんですけど……軟膏と一緒にあげれば喜ぶからと……着けてもいいですか?」
アルマさんがブンブンと首を縦に振るので、両サイドの髪をすくい後ろにつけてあげると、近くにあった手鏡二枚を合わせ鏡にして見せてあげた。
「……素敵……ありがとうございます……」
アルマさんはいつも髪を下ろしている。いつもの髪型もいいけれど、両サイドをの髪を纏めるとスッキリしていいな。
自分で手鏡を持って色んな角度からみているアルマさんを微笑ましい気持ちで見ていると、アルマさんが急に大人しくなり手鏡を置いた。
「あの……軟膏も塗って欲しい……です」
聞こえるか聞こえないか……わからないくらいの小声をしっかり拾った僕は、喜んでと差し出された手を取った。
その頃、城では。
「あの猛獣……明日帰るって言ってただろ……」
置いていた書類は全て片付いているが……追加の書類を手にしたダレルが肩を震わせているのを……まぁまぁとメレディスが宥めていた。




