王妃に求めるただひとつの 12
本日1本目。2本目(最終話)は12時投稿予定。
店主と手合わせをして、これまで一度も勝てたことがない。だからといって、こっちだって負けるつもりはない、絶対に勝ってみせる。
「わかりました」
大事な看板娘をお嫁さんにもらうんだ、障害の一つや二つ……。
「手合わせは明日の夜ね。諦めて逃げてくれてもいいんだよ?」
ニヤリと笑う店主に僕も笑い返す。
「いつかは超えないといけない壁を明日超えるだけですから」
「言ってくれるじゃない。まぁ、お互い頑張ろうね」
そして翌日。
シモンズ食堂にはアルマと……なぜか護衛隊長の四人も揃っている。どういうわけかグレンダまで。
「……なんで居るんだよ」
「猛獣と港都一の探り屋が女を賭けて戦うって言うんだから見物に来たわけよ」
メレディスの軽い口調に、他の三人が笑う。メレディスにダレル、サイラスだけならわかる。わかるが……「よお! 頑張れよ、王様!」とレナルドまで。一週間前に確認したスケジュールでは、レナルドは三日後まで周辺国との外交を熟す予定だったはずなのだが……なぜいる?
「お前ら……城はどうしたんだよ?」
護衛隊の要である四人全員がここに居るということは、城の警備が手薄。
「ジェロームを人質にしてきたから大丈夫だって!」
やはりそうか。頭に手を置くと、何事も起きませんようにと青い顔でハラハラしながら仕事をする護衛隊副隊長の一人、ジェロームの姿が目に浮かぶ。
まぁ、ジェロームにはそろそろ独り立ちしてもらわないといけないから、いい機会かもしれない。
「嫁を連れて早く城に帰って来ーい!」
「負けても慰めねーぞ!」
「ウィルー! 頑張れー!」
「坊ちゃん! 坊ちゃんなら大丈夫です!」
グレンダまで声援をくれる。アルマさんにいたっては笑いながら
「どっちも頑張ってー!」
だそうだ。どっちもって……そこは僕の応援をしてくれてもいいんじゃないかな……?
ガクッと肩を落とした僕は、昨夜、店主から出された提案をアルマさんに話した時の反応を思い出した。
「えっ? 店主に勝ったらですか……?」
少し驚いた顔をしたけど、そうか、そうか……と呟いて、
「それは頑張ってくださいね」
と笑顔を見せた。
「じゃあ、そろそろ始めようか?」
その言葉に会場が静かになる。今日の手合わせは打撃のみ。
「よろしくお願いします」
いつものように手合わせ前の挨拶をすると、店主の右ストレートで始まった。
目の前で繰り広げられる打撃戦に、
「すげぇ……」
ダレルが目を丸くさせる。両者一歩も引かない攻防戦はもう十五分は続いている。
「ウィルフレッドくん、ここにきた時より腕を上げたね」
「アルマさんとの手合わせのおかげです!」
ウィルフレッドの蹴りをかわすと、店主が距離を置く。その間合いを詰めるべくウィルフレッドが素早く動き右フックを仕掛けるがまたかわされた。その時、店主の前をヒュンと何が横切り、店主に隙ができた。
「ウィルフレッドさん!」
アルマの掛け声と共に、ウィルフレッドの左アッパーが店主の顎にヒットする寸前でピタリと止まる。
「やった! 一本!」
立ち上がって喜ぶアルマを見て、店主が参ったな〜と笑った。
「流石はアルマちゃん、ナイスアシスト」
ナイスアシスト? って……やっと店主から一本とれた安堵で足に力が入らなくなった僕は床に座り込んだ。ハァ、ハァと息を整えていると店主が近寄ってきて手を差し出してくる。
「君の、いや、君達の勝ちだよ」
店主の手を取ると引き上げて立たせてくれた。
「あっ……でも僕一人では……」
アルマのアシストがあってこそとれた一本に納得がいかない。
「それでいいんだよ、君は人に頼ることをもっと覚えないと。君一人でも充分強いけど、頼れる人が居たらもっと強くなる」
アルマが駆け寄ってきて、ウィルフレッドの腕を取る。
「つまり、私とウィルフレッドさんで最強ということです!」
ふふんと胸を逸らすアルマの頭を店主が頭を撫でる。
「アルマちゃんのナイフ投げの精度は本当に高いな。警戒はしていたんだけど、絶妙なタイミングで飛ばしてきたもんなー」
店主に褒められてニコニコ顔のアルマ。
「私もいつ投げようかとずっとタイミングを伺っていました」
店主ったら隙がないんだもの。うんうんと首を縦に振る。
店主はアルマがナイフを投げることがわかっていて、そしてアルマも最初から投げる気満々だった。店主と一騎討ちだと思っていたのは僕だけ、ということか。ハァ……と溜息を吐くと、再び床に座り込む。
「ウィルフレッドくん、君は素直すぎるよ。いつ何処から攻撃がくるかわからないんだから、常に四方に気を配らないと。あと、スタミナ! 一人の相手と長い時間戦うとスタミナを消耗するから、きちんと考えないと。まぁ、危険なことに首を突っ込まないのが一番だけどね。君、一国の王の割には体張りすぎ」
「ウィルフレッドさん、店主だけに集中し過ぎです。もっと周りに気を配らないと、前回みたいなことになりますよ?」
ねー! っと二人して声を合わせる。そして、ウィルフレッドの呆然とした顔にハハッと笑う。
「二人で勝ち取った一本ですよ」
「まあ正直、アルマちゃんの助太刀がなくても互角だったよ。君にならアルマちゃんを任せられる。うちの看板娘をよろしくね」
店主からの固い握手。
「やったな! ウィルフレッド!」
「ウィル、おめでとう!」
「ようやく城に帰ってくるのか……」
「こんなに可愛いお嫁さんをもらえるなんて羨ましいよ」
「坊ちゃん、グレンダは信じておりました」
アルマと護衛隊の面々に囲まれたウィルフレッドは、またハァ〜っと溜息を吐く。
アルマを見ると、やった、やったと眩しい笑顔。
「アルマさんと僕で最強?」
こんなに可愛い笑顔の子をお嫁さんにできるのか。しかも最強のパートナーだ。
「そうですよ、二人合わせて最強です」
ドヤ顔のアルマがウィルフレッドの手を握る。
「アルマさんと二人で最強なら、向かう所敵なしだな」
ウィルフレッドがアルマの手を握り返す。
「おいおい、俺たちのことも忘れるなよ!」
「アルマが居たら護衛隊いらないんじゃね?」
ガヤガヤと煩い護衛隊の奴らに、
「さぁ! 二人のためにお祝いだ!」
店主の掛け声で宴会が始まる。
「私も手伝います!」
僕の側から離れようとするアルマさんの耳元に、
「これからもよろしく、僕の王妃」
そう囁くと、
「お任せあれです!」
頼もしい返事と、大好きな笑顔が返ってきた。