王妃に求めるただひとつの 11
就寝前に城の離れでアルマと二人きり。
いつものようにアルマの手に軟膏を塗っている。
ウィルフレッドがプロポーズしたことは覚えているだろうか? 食事中の敵襲以来その話ができていない。
あの後、何事もなかったように食事を再開して、アルマはポーリーンに会いに行った。
「ポーリーンさんに子供メニューについて相談したら……」
ポーリーンから色々アドバイスを貰ったらしく、ウィルフレッドにこういうのはどうだろうと様々な提案をしてくるが、聞いているウィルフレッドは心ここに在らずで生返事ばかり。
「ねえ、ウィルフレッドさんったら! もう! ちゃんと話を聞いてください」
少し大きくなったアルマの声にハッとすると、口を尖らせるアルマにごめんと謝った。
「ねぇ、ウィルフレッドさん。どうしたの?」
いつもはきちんと話を聞いてくれるウィルフレッドがうわの空なんて珍しい。どこか具合でも悪い? と顔色を伺ってくるアルマにウィルフレッドは少し苦笑いをすると、本当にごめんともう一度謝って、
「僕がプロポーズしたこと覚えてるかな? って……」
ウィルフレッドが気まずそうに言うと、アルマはもちろんです! と返事をする。
「私はウィルフレッドさんと結婚するって言いましたよ?」
アルマはニコニコ笑っている。そんなアルマにありがとうございますと笑顔を返すが、
「アルマさん、敵襲が来る前に何か言いたそうだったから……」
あぁ……と今度はアルマが苦笑いをする。
「ウィルフレッドさんのことは好き。でも、シモンズ食堂も好きなんです。この国の王様と結婚したら、私は妃になる訳で……シモンズ食堂でもう働けなくなるのは寂しいなーって」
それだけです、と悲しそうに呟いた。
「でも、大切な人を守るためだったら我慢しなきゃですよね。ウィルフレッドさんのことは絶対守り抜きますから! このアルマにお任せあれ!」
と胸を叩くアルマ。
違う、そうじゃない。僕のことを守って欲しいわけではない。ウィルフレッドはアルマの両手を握ると、アルマのアメジストの瞳を覗いた。
「アルマさん、僕は君に守って欲しいからプロポーズした訳ではないよ。誤解しないで。君のことを愛してるから側にいて欲しいんだ。君にこうして軟膏を塗ったり、朝は君の髪を結ったり……いつも当たり前にしていることを、これからも毎日当たり前にしたい。それに、僕と結婚することで我慢とかして欲しくない。今のそのままのアルマさんが好きで、愛しい君とこれからも一緒に生きていきたいんだ」
ウィルフレッドの真剣な眼差しにアルマの顔が赤くなり、口をパクパクさせている。
「あ、あの、わ、私も! 私もです! 勘違いしないで。ウィルフレッドさんのことが好きだから。大好きだから、ウィルフレッドさんの側にいたいの。ウィルフレッドさん、時々無茶するから放っておけないし……。それに、私を可愛くしてくれるのはウィルフレッドさんだけだもの。ウィルフレッドさんが私を可愛くしてくれるこの時間が大好きで幸せなの。ウィルフレッドさんのこの優しい手の温もりが好き」
ウィルフレッドが握りしめている手をアルマがギュッと握り返す。
「本当に? 本当に僕のことが好きで結婚してくれる?」
赤い顔でコクコク頷くアルマ。
「本当に?」
しつこいウィルフレッドにアルマは
「も〜っ! しつこい!」
と叫ぶと、ウィルフレッドの唇に自分の唇を合わせた。かすめる程度の行為だが、二人の顔が同時に真っ赤になる。かすめただけでもアルマには精一杯の愛情表現だ。これで伝わらなければどうしようもない。
「どう? 信じてくれました?」
至近距離でアルマが睨むようにウィルフレッドを見る。ボーっとした顔のウィルフレッドがボソッと何かを呟いた。アルマがへっ⁉︎ と反応したと同時に今度はウィルフレッドの唇がアルマの唇に重なった。
「ねぇ、ウィルフレッドくん? 僕はアルマちゃんをちゃんと帰してねって言ったよね? 約束は?」
翌日、アルマと二人でシモンズ食堂に帰ってきた。
帰ってきて早々に、
「ただいま! 私、ウィルフレッドさんと結婚することにしたの!」
そう興奮気味に話すアルマに、おかえり。ちょっと待ってねと笑顔で返すと、店主が凄い力でウィルフレッドの肩を掴んで自室に引っ張り込んだ。
「ちゃんと連れて帰ってきました……けど……」
ウィルフレッドの子供みたいな言い訳に頭を抱える店主。
「違うでしょ? 僕は言ったよね? 君には相応しい人がいるって。アルマちゃんは普通の女の子なんだよって」
ハァ……と盛大な溜息を吐くとウィルフレッドを睨んだ。もう一度考え直せと言わんばかりの瞳だが、残念ながらウィルフレッドも自分の気持ちを譲る気は無い。
「考えた上でです。僕に相応しい人……いえ、違います。僕にとってかけがえのない人、愛する人がアルマさんなんです。お願いです、アルマさんを僕にください」
真剣なウィルフレッドの表情に、再度溜息を吐く。
「アルマちゃんを誘導した訳ではないよね?」
「アルマさんも僕と同じ気持ちだと言ってくれました」
そうか……そう言いながら、机の上に置いてある写真を手に取った。写真には幼いアルマとトレヴァー、田舎の両親が写っている。
「小さい頃は、大きくなったら店主のお嫁さんになるって言ってくれたのに……」
「ダメです」
わかってるよ、そんな必死に否定しなくったってと笑う店主。
「まぁ、君が来た時点で覚悟はしてたけどね。アルマちゃんはいい子だ。今までもアルマちゃんにアタックしてきた奴は何人もいたんだけど、アルマちゃんが相手にしなかった。君には何か感じるものがあったのかもね。まぁ、君は男の僕から見てもいい男だから仕方ないな。でも、簡単にはあげられないよ? 恋に試練はつきものだしね」
ニヤリと笑う店主に、嫌な予感が……。
「僕と手合わせをして、僕から一本とれたら、君にアルマちゃんを任せよう」