王妃に求めるただひとつの 10
いいコンビ=相応しい人になるのか?
ウィルフレッドは自分の目の前で美味しい、美味しいと食事をするアルマをじっと見ていた。ウィルフレッドが信頼するシェフのザカリーが珍しくキッチンから出てきてアルマの食べっぷりを見ている。
「いやー、坊っちゃんや城の奴ら以外に食事を作るのは久方ぶりだから張り切って作っちまったよ。お嬢ちゃん、沢山食べていきな!」
口をモグモグさせながら頷くアルマ。早く話したいのか、咀嚼するスピードが早い。ドングリを食べるリスみたいだ。
「アルマさん、ザカリーはまだ居ますからゆっくり食べて。喉に詰まらせますよ」
うんうんとモグモグしながら頷きゴクンと飲み込むと、
「シェフ、どのお料理も凄く美味しいんですが、このラーメン? が一番美味しい! 初めて食べました!」
流石はアルマ、ザカリーの得意料理を一番に褒めた。
「それは東国の食べ物の一種ですよ。作り方は弟子のポーリーン以外には門外不出です」
カーッカッカー! と笑うザカリーにえーっ! と不満を漏らすと、私も弟子になりたいと言い出す。
「アルマさん、ダメですよ。アルマさんはシモンズ食堂の看板娘。店主に必ず連れて帰ると約束しました」
城に行く前に店主から
「必ず! 必ず! アルマちゃんを連れて帰ってきてね!」
と念を押されている。あの時の店主は実に怖かった。
「これは死んでも食べたすぎて生き返ってくるほど美味いラーメンって言われるほどの味だからな。また食べにおいで。全力で作ってやるから。もちろん他のメニューもな」
「やったぁ! 絶対来ます!」
すっかりザカリーの作るごはんの虜になったアルマはザカリーにそう約束すると、また連れてきてくださいねとにこやかにウィルフレッドに頼んだ。
グレンダといい、チェルシーといい……ザカリーとまで打ち解けるなんて。人誑しぶりが半端ない。
東国のマナーでは箸を使いズルズルと麺を啜るがこの国にそんな文化はないので、フォークを使い麺を折り畳むようにしながらラーメンを口に入れるアルマ。はふはふと熱を逃がす表情が可愛すぎる!
「みんなの家の子供達もザカリーさんの作る食事を食べているんですか?」
アルマはチェルシーとみんなの家に行き、子供達に勉強を教えた後、かくれんぼをして遊んだらしい。
「みんなの家の食事は主に弟子のポーリーンが作ってるよ。おいらは子供が喜ぶ可愛い食事を作るのが苦手でね」
ザカリーがヤレヤレと首を振る。
「ポーリーンさんともお会いしたいです! 食堂のメニューに子ども向けメニューを出したいので。ぜひ勉強させてください!」
ザカリーにそう頼み込むアルマ。ザカリーは笑いながらポーリーンに伝えておくとアルマに言うと、
「じゃあな、坊っちゃん! 嬢ちゃんばっかりチラチラ見てないで飯も食えよ!」
ニヤニヤしながら手を振りながら去って行く。
「ウィルフレッドさん、どうしたの? ごめんなさい、もしかしてラーメン食べたかった?」
ラーメンを独り占めしてごめんなさいと焦ってラーメンを分けてくれるアルマ。
「アルマさん、城での生活はどう? 楽しい?」
アルマが分けてくれたラーメンの器を受け取りながらそう聞くと、はい! と元気な返事。
「皆さん優しいし、子供達も可愛いし……お料理も美味しくて楽しいですよ」
ニコニコ笑顔のアルマに、心が暖かくなる。
「それでね、わたくしアルマが、なんでウィルフレッドさんは素敵な人なのかを推理しました」
人差し指をピンと立ててふふんと言う。
「それはズバリ、このお城の皆さんに愛されてるからです」
アルマの言葉に、壁際で給仕のために立っていたグレンダがクスクス笑い出した。
「どうですか? グレンダさん! アルマの名推理!」
グレンダに推理の評価を求めると、
「流石の名推理です。その通り! この城の者達は坊っちゃんのことをお慕いしていますから」
拍手をするグレンダに、ほら! ピタリと推理が当たりましたと胸を張りつつドヤ顔するアルマ。
いいコンビ=相応しい人になるかは考えるのをやめた。
アルマを城に連れてきてわかったことがある。
強くて可愛い探り屋見習い兼看板娘のアルマにもう惚れているということだ。
女性としても……人としても惚れ込んでいる。明るいアルマはすっかり城にも馴染んでしまった。しかも僕のことを守るって……確かにアルマになら背中を任せられるけど、ウィルフレッドがアルマを守りたい。守るために側にいたい。
毎朝、ウィルフレッドがアルマを可愛くして、夜は手に軟膏を塗って労っておやすみを言いたい。
一日でもそうできないのが惜しくてアルマを城に連れて来たんだ、これからもそう。
アルマとならより一層この国を良くしていけるし、守っていける。
ウィルフレッドは決意するとアルマを見据えた。
「アルマさん、お話があります」
真剣な雰囲気のウィルフレッドに、アルマも食べるのを止めて何でしょう? と首を傾げた。
「この城に住みませんか?」
へっ? とアルマの口から声が漏れる。
「僕の妻になってこの城に一緒に住んでくれませんか?」
場の雰囲気が静まり返る中、グレンダがグッと拳を握るのが見えた。
アルマさんは赤い顔をしたまま固まっていたが……ゆっくりと口を開き、
「ドッキリ?」
「違います、僕は真剣です! 妻になってください」
真剣な表情のウィルフレッドから目を離すと、
「ウィルフレッドさんのことは好きでも……」
ガシャン!
アルマが話し終わらないうちに、ウィルフレッドの背後の窓ガラスが割れる音がした。
食事をしている部屋は三階、一世一代のプロポーズ中に敵襲とは……侵入者は死にに来たのか。
素早く席を立ったウィルフレッドの怒りの一撃が窓から侵入してきた男を捉える前に、グサっと食事用のナイフが男の左肩に突き刺さった。と同時にナイフを投げたであろうアルマがウィルフレッドの前に立ち、男が手にしていた銃を蹴り飛ばす。
侵入者が肩を押さえながら座り込んだと同時に、サイラスが部屋に入って来た。
「ウィル! ……ってやっぱり、もう遅かったか。今回も俺の出る幕なし」
サイラスが侵入者に近付き、肩のナイフはそのままにして担ぐ。
「アルマちゃん、ウィルを守ってくれてありがとう」
と言って、侵入者を連れて出て行った。グレンダもサイラスと共に出て行く。
「ウィルフレッドさん……」
ウィルフレッドの前に背を向けて立っているアルマが呟いた。
「すみません、なんか……」
ウィルフレッドが溜息を吐くと。
「妻になります」
ウィルフレッドにしっかりと聞こえたアルマの声。
「私しかウィルフレッドさんの妻になれないことが今わかりました。私、結婚します!」
まさか敵襲のおかげでアルマさんを妻にできるなんて……嬉しいが複雑過ぎる。こんなつもりではなかった……とウィルフレッドは頭を掻いて天を仰いだ。