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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

敗北勇者と囚われ賢者が再会した話

作者: 遊月奈喩多

 皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!


 あらすじにもあります通り、とある催しで私の作品を見つけてくださった方がいたのでハッピーエンドの短編を書かせていただく運びとなりました。やはりハッピーエンド、ハッピーエンドは心を潤してくれますね。


 それでは、本編スタートです!!

 かつて、世界を我が物にせんと侵攻する魔王マリスを討ち倒し、人々の平和を取り戻さんとした勇者一行がいた。


 類いまれなる正義感を持ち、その心を神々にさえ認められた勇者・ムート。そして空前絶後の才能を持って生まれ、扱えぬ魔法や技術はなく、万能の賢者と謳われた若き才媛・ルクセリア。共に育ち、絆を深めあったふたりは齢17になる春に旅立った。

 それ以降ふたりは、各地を荒らす魔物たちを討伐し、悪政を敷く為政者たちや治安の悪化に乗じて世を乱す狼藉者たちを懲らしめ、魔物や流行り病の恐怖から狂乱する人々を静め、世界を旅した。


 それは決して、平坦と言える旅路ではなかった。


 災禍に見舞われる国では旅人に構う余裕などないと冷遇され、尽きることのない恐怖に苦しむ人々からは素性の知れない異邦人だと訝られ続け、時には泊まった宿屋で金品を盗まれることもあった。なけなしの金銭を支払って粗悪品を売り付けられることも多々あった。

 ふたりの善意に付け込む悪意に傷つけられたことなど何度あっただろう、目の前で尽きる命を救えぬ無力感に何度苛まれただろう、魔物の脅威が去ったことで強まった人間同士の利権や欲望から起きた争いを何度目の当たりにして、何度絶望しただろう。

 それでもふたりは諦めなかった、平和を取り戻すのだと──平和な世界を築くのだと、自分たちのそんな願いは間違っていないのだと必死に言い聞かせ、鼓舞(こぶ)し、その孤独で危脆(きぜい)な意志が(かえ)ってふたりの絆を強めていき……。


 そうしてとうとうふたりは魔王の居城に辿り着いた……が。


「んおおっ、おぉっ、ひぐぅっっ────!」

「ムート!!」


 魔王マリスの力は、圧倒的だった。

 烈火のごとく燃え盛る六(つい)の翼、禍々しい光に包まれた古代彫刻を思わせる巨躯(きょく)、絶えず呪いを放つ緋色の魔眼、剣のような鋭さと鞭のようなしなやかさでふたりを追い詰める赤い髪。

 それは、もはや戦いと呼べるものではなく。

 防戦一方という言葉すら過大評価と言わざるを得ない蹂躙の後、残ったのは地に伏すムートと、魔王の掌中に囚われたルクセリアのみ。


「ルクセリア! 待て、彼女を離せマリス! 殺すなら俺を殺せ!! お前を倒すのはこの俺だ、ムートだ! 彼女はそれに付き合っただけで、」

 ルクセリアを捕らえた魔王に叫ぶムート。もはや懇願とも呼べるその姿は魔王には滑稽に見えたようで、「何を言う、ヒトの仔よ」と応じる。


「君もヒトにしておくには惜しい勇士であったが、この(むすめ)は別格だ。この才をみすみす潰してしまうわけにもいかぬ。故に……」

 その言葉が終わるや否や、ムートの身体が巨大な光に包まれる。そして突風に吹かれたように玉座の間から身体を放り出されてしまう。戸惑いながらもルクセリアに向けて手を伸ばすムートの脳内に、嘲笑うような低音(バリトン・ボイス)が響く。

『案ずるな、勇者よ。この娘には我らの繁栄のため尽力してもらうつもりだ。いずれは我らの子が世界を治めるやも知れぬ。その折は、我が妃の古馴染みとして君も取り立ててやろうぞ?』


 その声は、これ以上ないほどにムートに敗北感と無力感を植え付け、心を掻き乱し、魂を沸騰させ。


「ふざける! ふざけるなぁっ!! クソクソクソクソ! くそぉぉぉっ!!!!」

 血を吐くような叫びは、しかしただ空に響くのみ。

 地へ墜ちていく悔し涙に滲む視界の中で、勇者の伝説は終わりを告げた。


   * * * * * * *



 数年の歳月が流れた。

 底無しの毒沼が点在する荒野を歩く男がひとり。


 飢えた獣を思わせるその眼差しは復讐に燃え、手に握られた剣は数多の命を吸ったような重圧を秘めていた。立ち去る背中に命の存在すら許さぬ雰囲気と共に魔物を斬って捨てたのは、かつて勇者と謳われたムート。

 彼の敗北後、世界は一変した。

 魔王とルクセリアの『婚儀』を思念によって全世界に中継されたことで勇者は魔王に敗れたという厳然たる事実が知れ渡ったことで、人々の希望は完全に断たれてしまったのである。


 ほぼ全世界が無法地帯となり、略奪と破壊、悲鳴と断末魔ばかりが人々の街には満ちていた。魔物に(おもね)り妻子を差し出す者、流言蜚語(りゅうげんひご)に惑わされて魔物の子を宿す者、人間であることを隠すために昨日まで共に暮らしていた家族を殺める子ども……そんな光景が、当たり前のものになっていた。

 そんな世界でも魔物を倒し続けたムートを待っていたのは、失望の声と罵倒ばかり。


 今更なんだ。

 世界を見捨てたくせに。

 魔物に恋人を売った屑。

 勇者を名乗るな。

 英雄になり損ねた偽善者。


 様々な言葉が、人々を救うたびにムートに投げつけられた。しかし、もはやムートにはそれらの言葉はただの雑音に過ぎなかった。

 彼の心にあるのは、ただルクセリアのみ。

 敗北した日に見せられた『婚儀』の様子が、寝ても覚めてもムートの頭にはこびりついていた。あの光景を見せられた屈辱、彼女を守れなかった自責、魔王への憎悪だけが、神々の祝福すら喪われた彼を奮い立たせる全てだった。


 皮肉なことに、怒りと憎しみによって振るわれる剣は以前よりも遥かに強く魔物を引き裂いた。その背に背負うものを、いや己すらも守ることのない太刀筋は魔物たちすら恐怖させ、魔王直属の部下たちすらも容易く(ほふ)るほどの力に満ちていた。

 そんな彼が魔王の居城を訪れることなど当然のことで、番兵や衛兵たちも今のムートを止めることなどできない。そうして辿り着いた居室でムートが見たのは、小さな子どもたちに囲まれているルクセリアの姿だった。子どもたちから発せられる魔力は微弱ではあるものの紛れもなく魔王と……そしてルクセリアのものとよく似ていて。


「ルクセリア……?」

 思わず、声が漏れる。

 立っていられず、膝から崩れ落ちた。

 数々の罵倒や傷の痛みにも折れなかった心に、初めて亀裂が入った瞬間だった。


 目に映る姿は、ここ数年人間の世界では目にしなくなっていた、ごく普通の親子のもので。ルクセリアが子どもたちに向ける眼差しも、子どもたちがルクセリアに向ける眼差しや甘えた態度も、どう見てもありふれた親子のもので。

 そんな光景を見るなんて、思ってもみなかった。

 窓から差し込む穏やかな陽光を背負う母子の姿に、涙すら浮かべながらムートは足を進めていく。見れば彼女の腹は丸く膨れている──まだ産み落とすのか、魔王の子を? いずれ人類に仇なすことになる存在を?


「ルクセリア……ルクセリア……!!」

 ムートにできるのは、ただ名を叫ぶのみ。

 衝動のままに、ふらつく足を進める。


「ルクセリア……、ルクセリア、ルクセリア。ルクセリア、ルクセリア! ルクセリア、ルクセリア、ルクセリア、ルクセリア、ルクセリア、ルクセリア!!」

 子どもたちが、不思議なものを見るような眼でこちらを見てくる。その眼差しが幼い日の彼女を思わせるのにも心を刻まれるようで。


「ルクセリア! ルクセリア! 俺だ、ムートだ! 思い出してくれよルクセリア、俺たち何があっても世界を救おうって誓い合ったろ、それで平和になったらどこかに移り住んで……なぁ!」

 声の限り叫んで、ようやくルクセリアがこちらを見た。その目はどこか不思議そうに、しかし何か思考を巡らせているような光を帯びて。


「ルクセリア言ってたじゃないか、そのときにはふたりで宿屋でも営んでみたいって! 俺たちが嫌な思いをした分、自分たちは旅人に優しい宿を作ってみたいって! そんなこと言ってたじゃないかよ、なぁ! ルクセリア!!」

 そこまで叫んだところで、喉が裂けた。これまでの旅で受けたダメージが一気に出たのだろうか。血が溢れ、呼吸すらままならず、声が(かす)れていく。それでも、ムートは更に叫んだ。


「ルクセリア!! 俺は君に会うためだけにここに来た! ルクセリアを連れ戻すためだけにここに来た! こっちを見てくれ、俺を見てくれ! ルクセリア……ルクセリアぁぁぁぁぁ、ごほぉっ、おぇ、げはっ!!」

 とうとう喉から溢れる血で溺れそうになり、声など出せなくなり、ついに片手を地面について。呼吸が苦しくなって視界がぼやけて、意識すら手放しそうになったとき。


「ムート……?」

 小さく声が聞こえたような気がして。


 キェェェアァァァァァァァァァ!!!!!!

 次の瞬間。

 爆発を思わせる熱風と、耳をつんざくような複数の断末魔がムートの意識を覚醒させた。


 明瞭さを取り戻した視界は、白い炎を覆われていた。その中に蠢いているのは、つい先程まで自分を見つめていた小さな子どもたちで。

「忘れても、忘れてなかった」

 その光景に戸惑うムートの耳に、静かな声が届く。


「私の中に注がれるマリスの魔力を少しずつ子どもとして分散させて、それが成長しないように私の力で抑え込むのなんて、もう意識すらできてなかった。それくらい、今の生活に心が傾いてた」

 燃え尽きていく子どもたちに一瞥すらくれず、声の主はまっすぐムートのもとへ近付いてくる。その声音は、かつての強い意志を感じさせるものとよく似ていて。


「だけど、忘れきってしまう前にあなたが来てくれた。昔からずっと変わらない……あなたはずっと私の勇者だよ、ムート!」

 顔を上げた先にいた彼女は、魔王に敗北したあの日までの、誰よりも気高い人類の希望と謳われた“賢者”そのもので。手から発せられる光が下腹部の膨らみを完全に消し去った後、ルクセリアはムートの手を握った。


「今度こそ、世界に平和を取り戻そう? 私たちの旅を、意味あるものにする為に!」

「…………あぁ!!」


 ムートは彼女に頷き、魔王の居室へと押しかける。

 ルクセリアの計略通り、子どもたちへと分散させられる形で魔力の衰えていた魔王マリスは復讐鬼と化したムートの敵ではなく、残滓すらもルクセリアの炎で焼き払われた。

 そうして、再び手を取り合った勇者たち一行によって、魔王マリスは討ち果たされたのである。



 魔物の脅威が去った世界では、人々が(こぞ)って勇者ムートと賢者ルクセリアを称える宴を催した。他国よりも先に宴へと招くためにいくつかの国が懸命に勇者たちの捜索をしたが、終ぞ見つかることはなかった。

 彼らの足跡を知るものは、誰もいない。


 そう。

 誰にも、ようやく平穏な日々を手にすることにできたふたりの生活に立ち入ることはないのであった。

 前書きに引き続き、遊月です。本作もお付き合いいただきありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪


 魔王と勇者に登場するファンタジーというものをあまり書いたことがなく(ギャグものや長編くらい?)、たまにはこうした王道のファンタジーも書いてみたいぞと思い立ったのが数ヵ月前のこと、何かがいろいろあってこのタイミングでの公開となりましたが、やはりハッピーエンドで締められると気持ちが晴れやかになりますね。

 昔からハッピーエンドも好きだったのですが、年々その傾向が強くなっているように感じます。趣味が穏やかになっているのかも知れませんね。


 長くなりましたが、以上で本作の後書きとさせていただきます。


 また次の作品でもお会いしましょう!

 ではではっ!!

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