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短編

牛の首

作者: 咸深
掲載日:2022/07/20

 【牛の首】なる怪談がある。それを聞くと震えが止まらず、三日と経たず死んでしまうという無類の怪談だ。偶々つけていたラヂオでこの怪談の紹介をしていたのを聞いた。現代的にネットロアと言うべきか、真相と言われるような話をいくつも取り上げ、これじゃ真相は藪の中だと呆れたものだ。

 こういくつも自称・真相というやつが現れるなら、最早【牛の首】という怪談は形骸化した噂が孕んだ呪詛が独り歩きしていると言ってもいい。

 さて、その名前だけが伝わる怪談、否怪異と言うべきか。兎に角、伝手を辿ってその怪異に触れ、考察することができた。

 この怪異の全容を聞くと死ぬというが、いや私はまだ百年先でも死ぬ気は無いが、万が一に備えてここに書き残そう。最後まで読んで、果たして何を思うか、どうするかは貴君にすべて任せようと思う。


 怪談というものは死や怪奇に類する民話伝承の事だが、一つ見方を変えればその実同じような話というものはいくつも存在する。

 例えば怪談と言えば定番ともいえる【皿屋敷】、【井戸で亡霊が皿を数える】話であるが、井戸や皿が関わる怪談はこの怪談が成立したころには既に散見されていたという。

 【山で人ならざるモノと遭遇する】という話一つとっても天狗に悪鬼にぬりかべ、見えぬナニカに神・神の使いと幅広く在る。

 則ち話のメインとなる骨子があり、会話やシチュエイションという血肉が着いて、語られることで脈動を得る様は、骨子から派生し・増殖し・統合され・あるいは排除されながら次々と姿を変える様は、まるで生き物である。

 【牛の首】なる怪異も例に漏れず、【聞いた者は死ぬ】というとても簡素かつ頑丈な骨子があり、そこから語り部の手により、あるいは話を知った者たちからあらゆる内容が想像され、流布され、考察され、途絶え、増殖し、分割され、統合され、失伝し、消えて、消えて、消えて、そしてまた新たに創造されることを繰り返して生き延びている。この怪異と接触すれば死ぬが、怪異の存在は知っていても死なない。【牛の首】という存在は知っていても、その正体を知らなければ生きていられる。この性質を利用してこの怪異は存在を知らしめ、しかし怪異の本領と言うべきその正体は誰も知らぬという不気味な怪異の出来上がりである。


 さて【聞いた者は死ぬ】という骨子を持つ怪異【牛の首】、これを創造した者、産みの親はこの怪異を広めたが、広めたことを悔いて供養のために仏門に入り世を去ったという。創造し・広め・この怪異によって死んだ者の供養のために仏門に入るという時点で既に三日以上生きているではないか。

 これは怪異の性質に反しており、なぜ最初に死ななかったのかという疑問が浮き上がる。

 これは推察であるが、この怪異を最初に生み出した者が怪異により死ななかったのは怪異自身の存在を広めるためであろう。作者一人が三日で死ねばただの変死体がひとつ転がるだけで終わってしまう。

 観測者が観測することで初めて箱の中の猫の生き死にが決まるように、語られることのない怪談は則ち存在しないも同義である。この怪異はまず我々聞き手を自身の観測者に仕立て上げるために作者を殺さなかったと考えるのが自然だろうか。

 我々という観測者を得た怪異は、恐怖が恐怖を呼び、語られ恐れられることでやがて更なる変質を夢見ていたのかもしれない。

 しかし【聞いた者は死ぬ】という性質は広く広まることでより強固となり、その正体を知る者を淘汰するが如く殺し尽くした末、生き残れてしまうラインーーー【内容を誰も知らぬ、語るも恐ろしい怪談】という何ともはりぼてのような怪異になり下がってしまった。何とも無念なことだ。


 今や観測者は【牛の首】という箱を観測することはできても、その怪異に観測する以上の術を持たぬ。証人が皆死んだ末、その怪異は忘失という封印をされ、観測者が安全に観測できるようになったともいえる。そう、こうして【牛の首企画】という面白おかしいイベントが立ち上がり、私の考えた最恐の【牛の首】が生み出され、【牛の首】という怪異を娯楽として楽しめるくらいには。





 …知る者は既に去り今や語る者は無し、反面知らず騙る者は多くいる。しかし知る者は去った今、果たしてこの怪異は誰が広めたのだろうか。果たしてこの怪異は本当に封印されたのだろうか。我々がこの怪異を語ることで、やがて【聞いた者は死ぬ】という骨子を変質させ、その封印を解き放ってしまわないだろうか。







 【牛の首】はただ待っている。我々が観測者であることには意味があった。我々は想像してはいけない。我々は口を塞がなければいけない。我々は憶えていてはいけない。


 【牛の首】はただ待っている。己が想像され、流布され、考察され、途絶え、増殖し、分割され、統合され、失伝し、消えて、消えて、消えて、その果てに創造されることを。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)論文的「牛の首」ですね。興味深い。 [気になる点] ∀・)家紋のおやっさん、ここでも神懸った言葉を残しているな。でも、そう、最後の文言はまさに驚異の恐怖たる脅威。 [一言] ∀・)牛…
[一言] 詩的というよりはレポートのように思えました。 そうやって広まり消えてまた広まる様は、伝染病とか感染症とかそんな風に思えます。
[良い点] 牛の首について勉強になったうえに、最後の言葉がゾッとします。我々創造するものにとっては怖い言葉ー……。 ((( ;゜Д゜)))
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