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8. 順と礼夏 (3) 眷属

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「ひどい状態だわ。すぐに呪縛を解かないと・・」


礼夏は血にまみれた白井を驚いた瞳でみつめた。


「中途半端な術をうけて捨て置かれたのね」


白井には小さな虫が無数についており、白井を喰い散らかしている。

「恐らく能力の低い連中に力試しをさせたんだろう。うまくいかず、術の解除も出来なかった」


━━━あ・・ああ・・、れい・・か・・さま・・


礼夏を間近に感じたのか、白井は潰れかけた両目から涙をこぼした。


「白井、いますぐ解放してあげるわ」


━━━いいえ、いいえ・・、この、ままで・・


「白井?」


━━━知世(ちせ)様を・・お守りできずに・・・あのような形で・・お命を絶たせてしまった我が罪は重うございます・・


「自分を罰しているつもりなの?白井、今でもお姉さまを思ってくれる気持ちがあるなら、自分で自分を罰するなんてしないで!そんなことに甘んじていてはダメよ!そんなことをしてもお姉さまは喜ばない。お姉さまを救おうとしてくれた、お前の行いが罪だというなら、その罪はわたしが背負うべきものよ!」


━━━れ、れい・・か・・さま・・・



「順、人形(ひとがた)を」


順は無言でジャケットのポケットから白い和紙に包んだ木の人形を取り出し、礼夏の手のひらに乗せた。


礼夏は人形を握りしめると、結界のギリギリの際まで進み、白井の真ん前に立った。


礼夏は『言』を唱えながら人形を握りしめた右手を白井の頭の上にかざし、素早く振り下ろした。


『入れ替え』である。


木の人形には、白井の名と生年月日が記されている。

礼夏は呪術をもって、人形を白井として入れ替えを行った。


血まみれの白井が、きれいな状態になり礼夏の前に跪いた。そして、結界の外には『仮』の白井がぼんやりと立ち、人形とは知らずに、虫達は懸命に喰い散らかしている。



━━━礼夏様、ありがとうございます。


「いいのよ。今まで気がつかなくてごめんなさいね。わたしはお前が死んだことすら知らなくて」


━━━いいえ。私は知世様をお救い出来なかった。救うどころか苦しめてしまった。


「・・あなたはよくやったわ。あなたが世話係で、いつもそばに居てくれて、お姉さまは心強かったはずよ」


白井に責めはない。白井自身、不当に殺されたのだから。


苦しげな白井の表情が、礼夏の思い遣る言葉に縋ろうとする気弱さを見せた。ほんの一瞬だったが、白井の人間くささを順は見た。

 

「白井、あなたはわたしの眷属(けんぞく)としてわたしに仕える気はある?・・もし浄化を望むなら・・・」


━━━お仕えいたします。どのようなことでもお命じになってください。


白井は顔をあげ礼夏をみつめた。


礼夏は右手の人差し指と中指を白井の額にあて、


「この者、我が眷属とする」


そう宣言すると白井はスッと姿が消えた。


「礼夏、あとは僕が」

「いいえ、ついでだわ。集まってきてる連中も上げてしまう」


礼夏は数珠を持ち唱えた。

結界の周囲に集まっていた亡者たちがいっせいに光り上空へ吸い込まれていく。


「さすがだ」

順が感嘆の笑みをこぼす。

「あったりまえよ!」

礼夏は得意になってポーズをとった。

「さあ、帰ろうか。たぶんあの男に連絡がいったと思うけど」

「うへぇ・・。仕方ないわね・・。そーだ!どうせ怒られるならどこかに遊びに行きましょうよ!」

「礼夏」

「・・ちぇっ!順はホント真面目なんだから!」

礼夏はほほを膨らませぷいっと順に背を向けた。順はクスクスと笑いながら礼夏の肩に手を回し、

「時間をとってパフェを食べに連れていってあげるよ。イチョウ並木の喫茶店に」

「本当!?約束よ!?絶対だからね!」

14歳の少女らしい笑顔だ。

イチョウ並木の喫茶店とは、雑誌にも載った、いま話題のパフェの美味しい喫茶店だ。コロッと機嫌の良くなった礼夏が順を見あげて体に腕を回して抱きついた。

「ふふ、楽しみ。秋葉に新しい着物を着せてもらうわ。帯も━━━」

礼夏が言いかけて言葉を止めた。

「礼夏?」

「あれ、何かしら・・?」

礼夏の視線が山の木々に向いていた。


木々の影から次々と現れる犬達。

やせ細り、眼に力は感じられず、毛は汚れてヨロヨロとしている。大きな犬のそばにはまばらに子犬達もいた。子犬達は成犬よりもガリガリに痩せている。

先頭にたっているのは黒い大型犬だ。ドーベルマンに似ている。短い毛が黒く光って、からだは痩せ細っているが、眼にはまだ強さが残っている。


━━━姫よ。このもの達もあげてはくれまいか


「わたしのことを姫って言ったわ!犬のくせにお世辞よお世辞!すごいわ!とっても賢いのね!」

「礼夏・・、落ち着いて。姿は犬だがもとは人間だった者だ」


━━━・・姫よ。そなたならこのもの達を浄化できる。呪詛により我らは獣に堕とされたが、そなたならこのもの達を救える。頼む。


「どこかの武将と家来だ。戦乱で呪詛をかけられ敗れた。呪詛は武将と、仇討ちをさせないように家来達にもかけられたみたいだ。家族も巻き込まれているな」

「なんですって?!なんて酷いことをするの!どいつもこいつも簡単に呪詛をかけやがって!呪詛の大安売りじゃない!どうなってるのよ、この国は!!」

「礼夏・・。だから落ち着いて」


礼夏は先頭の黒犬の前に進みでた。

「いいわ。ここで会ったのも何かの縁よ。全員まとめて面倒みるわ。順、鈴を鳴らして。呪詛をほどいて浄化させる。一度にやってしまうわ」

「わかった」


風見順が鈴を鳴らした。

鈴の波紋にのせて、礼夏は唱える。

鈴の波紋と礼夏の言葉は溶け合い広がり、犬達を取り囲んだ。

一頭一頭が光りを放ち浄化され、人に戻って上へ上へと昇っていった。


黒犬は両眼から涙を流した。

最後の一人がきらきらと輝き天に昇っていく。


「さあ、あなたも逝きなさい。長い間、彼らを守ってきたんだもの。もうゆっくりと休むといいわ。・・お疲れさま」

礼夏は黒犬に話しかけた。


━━━姫よ。礼がしたい。(わし)はそなたに仕えよう。だれかの魂を探しているのであろう?犬の形なればこそ出来ることがある。


思いがけない申し出に、礼夏は微笑んだ。


「ありがとう。でもわたし達の成すことは復讐なのよ。加担すればあなたはもう浄化出来ないかもしれない」


━━━それでも良い。家臣達の成仏が我が最大の願いであった。叶えてくれたそなたの力になりたい。


礼夏は戸惑い、どうすればよいかと順を仰ぎ見た。

「順・・」

「いま気づきましたが・・、あなたは呪詛を跳ね返したのですね。犬の姿には自らなったのでしょう?」

礼夏は意外な顔で順をみつめた。順がすぐに気づかなかったなんて、この黒犬はもしや相当高い霊能力を持っているのではないか。


━━━そうだ。跳ね返したがゆえに家臣に災いが降りかかってしまった。家臣の家族も巻き込んでしまった。・・家臣を置いて己だけ成仏の途に進むことなどできなかった。


「僕達に関わることで、業火の苦しみを味わうことになるかもしれない」

順は黒犬の真意を推し量った。


━━━かまわぬ。裏切る真似などせぬ。信じてほしい。姫には我が名を捧げよう。そして新たな名を儂に与えるとよい。


順は少し考えて礼夏にこたえた。


「礼夏、使える眷属は少しでも多いほうがいい」


礼夏はうなずき、黒犬の前にしゃがみこんだ。

「あなたの名は?」と、聞いた。

黒犬は礼夏に名を告げた。

礼夏は立ち上がり、右手の人差し指と中指を黒犬の額にあて宣言をした。


「この者、我が眷属とし、“────”の名を与える」


黒犬はスッと消え去った。


全てが終わると、礼夏と順の周囲を包んでいた霧は晴れ、沈みかけた夕日のオレンジ色の眩しさが、木々の間から差し込んでいた。









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