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6. 順と礼夏 (1)

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「風見さん、やっぱり部活はできそうにない?」

教科書をバッグにつめている礼夏に、クラスの少女が話しかけてきた。少女は文芸部員で、授業で書いた礼夏の詩を気に入り、入部しないかと声をかけてきたのだ。


礼夏がこの中学に転校してきて二週間が過ぎていた。


礼夏は、中学では『風見(かざみ)礼夏(れいか)』と名乗っている。そして、視力に障害を持つ、体の弱い生徒・・という設定になっている。特殊ゴーグルを常用し、学校を度々休む言い訳にはちょうどよかった。


「ええ、ごめんなさいね。せっかく誘ってくれたのに。主治医から許可が出なかったの」


しおらしく、残念な気持ちを匂わせながら礼夏は答えた。


正体を知らない人間からすると、礼夏はおとなしい深窓の令嬢にしか思えなかった。しかし美少女でも男子好みのかわいさがあるわけでもない。

しぐさと言葉遣いは上品だが、分厚いレンズの特殊ゴーグルのせいで目は小さく見え、下ろした前髪が額を完全に隠して、顔の全体像もハッキリとしなかった。


髪型も左右に分けた三つ編みで、昭和前半の女学生風の清楚さも垣間見(かいまみ)えるが、どちらかといえば野暮ったい印象を周囲に与えた。


転校初日の自己紹介では、女子転校生に期待をかけていた男子生徒から失望する声があがり、おかげで女子からはかわいそうに思われて、味方をしてくれる友達がすぐにできた。


「そっかぁ・・。でも、もしお医者様の許可が出て、風見さんにやる気があったらいつでも教えてね。我が文芸部は大歓迎なんだから!」

「ありがとう。嬉しいわ」

礼夏は上品な笑顔で答えると、しずしずと教室から出ていった。

すれ違う何人かのクラスメートが、礼夏に帰りの挨拶の声をかけ、礼夏はきちんと「さよなら、また明日ね」とにこやかにこたえた。


通常、生徒は正門か裏門を通って学校に出入りしているが、礼夏はそのどちらも通らず、職員・来客用の駐車場に向かった。体が弱いという設定は、車での送り迎えを許可させるためでもあった。


礼夏が黒のセダンに近づき、助手席の窓をコンコンと叩いた。後部席のロックが外され、礼夏は自分でドアを開けて車に乗り込んだ。迎えにきたのはもちろん風見順だった。





「後ろからついてきているよ」

運転席の風見順がバックミラーを覗いて後部席の礼夏に話しかけた。

「仕方ないわ。護衛ですもの。でもまあ、邪魔よね」

三つ編みをポニーテールに結びなおし、ゴーグルを外して制服から私服のワンピースに着替えた礼夏は、バッグから白の薄い和紙を取り出した。

鼻歌を歌いながら和紙を器用にちぎって小さな人形(ひとがた)を作り、「うふふ、かわいい」と笑って掌にちょこんと乗せた。

「そーだ、顔も描いちゃおっかなー♪」

カチッとボールペンの芯を出して、思いの(ほか)うまくできた人形に礼夏はご満悦だ。

「礼夏?」

風見順が運転しつつ注意を入れた。

人形に余計なことをすると効力が薄まってしまう。

「わ、わかってるわよ。ちょっとした冗談じゃないっ。順も秋葉もホント真面目なんだから!」

口を尖らせて反論する礼夏だが、その冗談を本当にやってしまうのが礼夏だ。逐一(ちくいち)注意しないと何をしでかすかわからない。油断ならないのだ。


礼夏は車の窓を少しだけ開け、言葉に霊力を込め、人形の二枚の白い和紙にふっと息を吹きかけ飛ばした。二枚の人形は隣を走る同色の同じような型の車のボディにペタリと張り付き、窓の隙間から車内へ侵入していった。


護衛の車が慌てて車線を変更し、隣を走る他人の車の後ろにピタリとつくのを風見順は確認した。


「うまくいったみたいだ。隣の車を僕達の車だと思ってる」

「チョロいわ。あんなんで護衛が勤まるなんて信じらんない。ボーナスはカットだわね」

「それは気の毒だな」

風見順は笑いながらハンドルを左にきると、脇道に入り、先代の水無瀬一族の当主・知世(ちせ)の墓に向かった。


知世(ちせ)の墓は栄華を誇る水無瀬一族の当主らしからぬ、小さなスペースに石を置いただけの墓だった。自らの命を絶ち、一族の当主の責務を全うしなかったとして、墓碑銘すらなく無縁仏のような扱われかただった。


礼夏と風見順は墓には近寄らず、離れた場所から知世の墓と称される『もの』を霊視していた。

「・・やっぱりお姉さまはいないわ。お姉さまの骨も小さなかけらだけしか入ってない。あとは犬の骨。とても狂暴。呪術に使ったのかしら?関わると厄介だわ」

「では白井のほうに行こうか」

「そうね」

二人は知世のボディーガードだった白井の墓へと向かった。去り際、礼夏は何度か墓を振り返った。小さいとはいえ、知世の骨が確かにあるのだ。


小さな骨のかけらに心を寄せる礼夏が哀れだった。


どれだけ気丈にしていても、礼夏はまだ14歳なのだ。


順は礼夏の肩をそっと抱き寄せた。

礼夏はうつむいたまま、順にもたれかかった。




順は心が焼きつくされるのを感じた。


憎しみが、マグマのように心から噴き出している。


水無瀬一族が憎い━━━━━━


知世を死に追いやった水無瀬一族が。

礼夏を復讐に走らせた水無瀬一族が。


何よりも、


水無瀬玄州を実の父に持った自分自身が憎い。




順の憎しみの炎は、天上を覆い焦がすかのごとく、より激しく燃えあがっていった。










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