14. 罪深き笑み
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伊佐山は御簾の中に現れた礼夏に対して最大限の礼をつくした。姿勢を正し両手をつき、畳に額をこすりつけるほど頭を垂れた。
自分が礼夏の僕であることをアピールした。
先代当主・水無瀬知世を自害という形で失わせてしまい、新たな当主に就任した礼夏に早々に叱責をくらった伊佐山の立場は、すでに無い。
水無瀬一族や信徒達に白い目で見られている伊佐山には、現当主・礼夏から出された『宿題』は立場を回復させる唯一のチャンスだ。
伊佐山は礼夏にひたすら尽くすことで己の地位を再び高くするしかない。
「女を連れてきなさい」
礼夏は扇で口元を隠し、ひれ伏す伊佐山に命じた。
伊佐山の「承知致しました」という無機質な返事のあとに、礼夏は、
「ここではなくて御殿の方にね」
と、言葉を付け加えた。
伊佐山の指がピクリと動いた。
「礼夏様、水無瀬御殿には玄州様が・・」
「玄州様には当日こちらに来ていただくわ。結界の綻びを修復するには御殿に直接埋めなければならないのだもの。そうそう、伊佐山。お前には最後まで付きあってもらうわよ」
「━━━━ご命令のままに」
伊佐山は間をあけて返事をすると平伏した姿勢で後ろに下がり、扉は一度閉じられた。
しかしすぐに、閉じられた扉の向こうから坂田が「礼夏様、新民衆党の加賀屋議員がお目通り願いたいと起こしになっております」と声がした。
礼夏は訝しんだ。
今日の目通りは伊佐山で終わりのはずだ。
野党第一党 新民衆党 加賀屋功は礼夏に心酔している政治家の一人だが、今日約束はない。
扉の向こうから坂田が、「礼夏様、是非ともお会いくださいませ」と念押しをしている。
訝しむ礼夏に風見順が耳打ちをした。
礼夏は順の耳打ちの内容に少しだけ驚いた顔をして、
「通してちょうだい」
と、目通りを許可した。
目通りが終わり、私室に戻った礼夏は、風見順に着替えを手伝ってもらっている。十二単を一枚一枚脱ぎ、濃紺のワンピースを渡されると、礼夏は頭からすっぽりとかぶって着た。白い襟の濃紺のワンピースは礼夏のお気に入りの一枚だ。
「意外だわ。彼女の祖父にあたるなんて」
「正確には祖父の弟になるが、実の孫同様にかわいがられている」
礼夏の同級生、井上明子。礼夏の詩を気に入り、文学部に誘ってくれた少女だ。クラスの保健委員でもあり、体が弱いという偽りの設定で通学中の礼夏を、本気で気遣ってくれる優しい少女だ。
「じーさんってのは孫はかわいがるもんよね」
礼夏はそう言うと風見順の背中に抱きついた。
「私にもおじいちゃんがいたらかわいがってくれたと思う?」
礼夏はこうして人の温もりを求めてくる。
子供らしく甘えてくる礼夏に風見順は笑みをこぼした。
「礼夏には玄州様がいるじゃないか」
風見順が言うと、
「うへぇー・・」
と、礼夏は思いっきり不満の声をもらした。
礼夏はそのまま順に抱きついたままだ。
「礼夏、着物が片づけられないよ。そろそろ離れて」
礼夏は無言だ。
「礼夏?」
「ねぇ、順・・」
「なんだい?」
「伊佐山はもしかして焼けぼっくいに火ってやつかしら?」
「さあ・・、どうかな」
「・・かわいそうかしら?」
風見順の背中に抱きついたまま言うと、順は礼夏の両手をそっと手にして振り向いた。
「そんなこと微塵も思ってないくせに?」
「ひどいわ。わたしを冷血漢みたいに。わたしだって愛する心は持ってるのよ」
礼夏は両手を胸の前で組んで目をパチパチさせて、振り向いた風見順を見上げた。順はクスクスと笑っている。
「でも、そうね・・。焼けぼっくいに火ならステキだと思うわ」
礼夏は順に背を向けて窓辺に向かうと、観音開きの窓を大きく開け放った。
「だって!きっと、もっともっとおもしろいことになるもの」
礼夏はそう言うと窓を背にして、風見順に笑顔を見せた。
礼夏の笑顔は無邪気で残酷だ。
「あ!虹が出てるわ!見てよ、順。すごくきれいよ!まるでわたし達を祝福してくれてるみたい!」
子供だからこそ残酷になれる。
だが、この残酷な少女をつくりあげたのは、水無瀬一族なのだ。
「ああ、本当にきれいだね」
順が礼夏の隣に立って肩を抱いた。
嬉しそうに瞳に虹を映す少女の肩は細く小さい。
順は心のなかでつぶやいた。
神よ、許し給え
我らの成すべき復讐の刃を
全ての罪は我が身一人が背負うものとして
神よ
どうか、許し給え━━━━━