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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第9話 共闘関係


      ◇


 次の日の放課後。白雪に指定された待ち合わせ場所はいつもの校門前ではなく屋上だった。本来であれば生徒の立ち入りは禁止されている屋上。勿論施錠がされていたが、白雪の前では鍵など意味を為さない。むしろ日頃から施錠されている分、人が入ってくる心配が無くて好都合だった。


(いい場所見つけたな、白雪)


 感心しつつ屋上に足を運ぶと、そこには白雪ともうひとりの姿があった。

 ――泉だ。

 昨日の件については、できるかぎり詳細に白雪に報告していた。


(……にしても、昨日の今日でいきなり呼び出したのか?)


 急な展開に自分の頭が追い付かない。それに、泉を呼び出したところで何を言えばいいのか俺にはわからなかった。

 勿論、菫野に手を上げることは止めさせたい。しかし、菫野は泉が完全に悪いとは思っていないようだった。そのことも、白雪には報告した筈だったが……


 白雪に視線を向けると、その眼差しは凍り付くような冷たさを放っていた。そしてまっすぐに泉を見据えている。その白雪の射殺すような視線をものともせず、飄々としている泉。対照的なふたりの様子に、息が詰まりそうになる。


「校内一の美人と名高い白雪さんから呼び出しを受けるなんて光栄だなぁと思ってたのに? 告白される……って感じじゃあないね?」


「泉君。呼び出された理由はわかる?」


「んー? 白雪さんが紫の友達で、そこにいる万生橋が関係してるっていうなら……心当たりが無くもない、かなぁ?」


(それって……ほとんどわかってんじゃねーか?)


 人をおちょくるようなその態度に、いかにも不愉快そうに目を細める白雪。


「……なら、話は早いわね。今後――」


「――やめないよ?」


 白雪の言葉を遮り、切り裂くように発せられた鋭い返答。

 一瞬にして張り詰めた空気に、思わずごくりと喉が鳴る。


「一応言っておくけど、僕は紫に手を上げることはやめない」


「あなたどうしてっ……! よくもいけしゃあしゃあとそんなことが口にできるわねっ!」


 先程までなんとか抑え込まれていた白雪の怒りが爆発する。周囲の空気が震えているのが、その矛先を向けられていない俺にもわかる程に。一方で、当の泉はフェンスに寄り掛かって余裕の表情だ。まるでこうなることはわかっていたかのような……


(泉の奴、何を考えてるんだ……?)


 俺とは頭の回転数が違うのか何なのか、とにかく泉のことが全くわからない。何を考えて菫野にあんなことをするのか。白雪への余裕な態度も、どこかおかしい。

 泉のそんな不可解な行動に、『病み』――つまり、ミタマが生まれる予兆は『絶望』と表裏一体だ、と言うおっさんの言葉がよぎる。


(どうして泉は笑ってる? 一体何が、あいつにとって予定調和なんだ……?)


 白雪に助けを求めるように視線を送ると血が滲むんじゃないかというくらいに固く拳を握りしめていた。今にも殴り掛かりそうだ。そんな俺達をよそに、泉は深くため息を吐く。


「――あのさぁ。君達こそ、部外者のくせにどうして首を突っ込んでくるわけ?」


「あなた……部外者って――」


「何? 友達だから? それとも只の正義感?」


 泉の語気が強くなる。


「紫が、『やめさせてくれ』って、いつ言った?」


「……ッ……」


 泉のやつ痛いところをついてくる――が、仮にも女の子に手を上げておいてここまで罪悪感がないってのも、あまりに外道が過ぎるんじゃないか?

 気がつけば、白雪同様、俺の拳にも力が入っていた。


「はぁ……何だよ、ふたりして殺気立っちゃってさ。まぁいいや。僕からも聞きたいことがあったから、ちょうどいい」


 泉はフェンスから身を起こすと俺達の方に向き直った。さっきまでの態度から一変し、こちらを値踏みするような鋭い眼差しを向けてくる。


「君達は……どこまで知ってるんだ?」


「どこまでって……どういうことだよ?」


 言っている意味がいまいちわからない。

 まさか、手を上げる以上のことをしているっていうのか……?


「言葉どおりの意味だよ。――白雪さんは?」


「あなたが無抵抗の紫に手を上げた、という事実のみよ」


「ふーーーーん?」


 返事を聞いて、泉はつまらなそうにポケットに手を突っ込む。しかし、次の瞬間。俺達が予想だにしなかったものを取り出した。


「――これに見覚えは?」


 それは、一本のサイリウムだった。

 よく見ると、うっすらと紫色の光を発している。


(おい、待てよ……なんで泉がそれを……)


 ――忘れるわけがない。


 そのサイリウムは、俺を白雪と引き合わせた元凶……魔法少女のマスコットにのみ与えられる変身アイテムだ。俺のポケットにも、色は違うが同じものが入っている。


「泉……お前……」


「万生橋の表情から察するに、アタリってことでいいのかな?」


 探るように目を細め、その手は一定のリズムでサイリウムを振っている。


「アタリってことは、お前も、その……マスコットなのか?」


「んー? マスコットぉ? 僕が聞いてるのは、守護者って話だったけど。まぁ、守れてるかは定かじゃないから、そんなもんか。サポートしかできてないしね。そっちはそれすら怪しいみたいだけど?」


「そっち……って。あなた、私達のこと知ってたの?」


 得も言われぬ緊張感がその場を包む。そんな中、泉の口元がにやり、と歪んだ。


「――知ってたよ。数か月前から」


「「――っ!?」」


(数か月!? そんなに前から!? それ、俺と白雪が契約してからほとんどすぐじゃねーか!)


「――待って。何で声を掛けてこなかったのかとか、聞きたいことはあるけど、先に確認させて。泉君は、紫の……アイリスガーデンのパートナーということで間違いないかしら?」


「白雪、待てよ。まだアイリスガーデンのだって決まったわけじゃ……」


「いいえ。泉君は紫のパートナーよ。でなければ、いつも一緒にいるわけがない。パートナーをそっちのけで他の子とデートする暇があるほど魔法少女の活動が甘くないのは、万生橋も知ってるでしょ?」


(た、たしかに……おかげで俺はこの数か月、白雪にこき使われっぱなしだし……)


「――そうよね? 泉君」


 白雪の問いに、泉はやれやれ、といった風に薄笑いを浮かべた。端正な顔から作り出されるその表情はどこか蠱惑的にすら感じる。


「ようやくわかってくれた? 正直、いつになったら気付いてくれるのかなーって楽しみにしてたんだけどなぁ。僕の方から答えを言わないといけないとは思わなかった」


 さも残念といわんばかりに、イヤミったらしく俺に視線を向ける。


「ちゃんと探知できてるのぉ? そっちの『亀さん』は?」


「わ、悪かったな……気付かなくて。っつか、なんで俺が『亀』だって――」


「――見てたから。ここ数か月、君達をそれなりに観察してきた。紫……アイリスガーデンに害を為すようなら、対策しないといけないからね?」


「それなら納得がいくわ。それに、この間病院でアイリスガーデンを逃がしたのはあなただったのね……」


「あー、わかった? マスコットの姿のまま扉を開けるのは、結構大変だったんだぜ?」


「そもそも、どうして病院に?」


「実際に行ったならわかるだろう? あそこには多くの『想い』が留まってる。悲しみ、絶望、後悔、無念……『病み』の根源たる感情が。ミタマを狩るには絶好だ」


「ひょっとして、途中で本館に誘導しようとしたのも……?」


「――いや? それは偶然。でも、白雪さんを手にかけたら紫が悲しむからね。途中で生き残ったミタマをけしかけて注意を逸らしたのは、僕だ」


「お前、そこまで菫野のことを気にかけておいて殴るっていうのはどういう魂胆だよ?」


「殴ってない。ビンタ。殴ると痣になるだろ?」


「……?」


 何かがおかしい。泉は俺達に何かを隠している。じゃなきゃアイリスガーデンに加担しておいて、紫のことを気遣って、そのくせに手を上げる矛盾した行動に説明がつかない。


(泉の奴、いったい何を考えているんだ……?)


 何かがおかしい。泉は俺達に何かを隠している。じゃなきゃアイリスガーデンに加担しておいて、紫のことを気遣って、そのくせに手を上げる矛盾した行動に説明がつかない。


「泉君……あなた、本当は紫のこと大切なんじゃないの? どうして……」


 白雪も同じことを思っていたみたいだ。


「「「…………」」」


 俺達の間に、しばしの沈黙が流れる。それまで黙っていた泉は俺達を探るようにじっくりと眺めると、観念したように口を開いた。


「――君達は、紫の味方……なんだよな?」


「当たり前でしょ。友達なんだから」


「おう……」


 俺の方を見て一瞬表情を曇らせながらも、話を続ける泉。


「――なら、話してもいいか。最近、紫の感情が乏しいことには気づいてるか?」


 その問いかけに、俺と白雪の表情が凍る。


(白雪の言ったとおりだったな……)


「ええ。なんとなく様子がおかしいとは思ってた。でも、その原因はあなたなんじゃない?」


「僕が手を上げてること?」


「そうよ」


「まさか。――まぁ、はたから見ればそう思うのも無理ないか」


(えっ。そうじゃない……のか?)


「私達は、アイリスガーデンの狂気的な行動や最近の紫の様子がおかしいのは変身前である紫のストレスが原因なんじゃないかと思った。その原因が、あなたからの暴力だと思って。でも……違うのね?」


「ご名答。さすがは白雪さん。アイリスガーデンになった紫がちょっとイッちゃってるのは、そこの鈍い万生橋の目から見てもわかるだろ?」


「ああ……」


「紫はさぁ、感情がどんどん希薄になってるんだよ。正確には、あっちに持っていかれてる」


 あまりに突拍子のない話に、俺も白雪も状況が飲み込めない。


「あっち……?」


「アイリスガーデンのこと」


「持っていかれてるって……なんだよ?」


「変身するたびに、あっちは感情が増していく。テンションとか殺戮衝動とか、そういう形になって。逆に普段僕らが目にしてるこっちの紫からは、そういうのが減っていくんだ」


「おい、それって……」


「なんでそうなるのかはわからない。けど、こっちの紫がこれ以上感情を失うのは困る。このままだと、何をしてもされても何も感じない、廃人みたいになってしまう可能性だってあるんだから」


「廃、人……!?」


「まさか……それで、紫を叩いてたっていうの?」


「――そう。そのまさかだよ。痛いとか怖いとか、なんでもいいから感情を思い出して貰う必要があった。このままじゃ、紫は本当に人としての感情を失うことになるかもしれない」


「泉君……けど、それだとあなたは紫に憎まれるんじゃ……?」


 得も言われぬ沈黙が俺達を包む。その静けさを破ったのは、どこか投げやりな泉のため息だった。


「だって、仕方ないだろ? 憎いとかイヤだとか、そういうのも立派な感情だ。それで僕が嫌われたとしても、紫が人形みたいになっていくのを黙って見ているよりはよっぽどマシ」


「泉……ひょっとしてお前、菫野のこと……」


 眉間に皺をよせ、顔を逸らしてそっぽをむく泉。耳に掛かった銀髪を指で弄りながら、どこか照れ臭そうにしている。いつも余裕ぶってていけ好かないこいつのこんな表情を見れる日が来るとは。


「……ひょっとしなくてもそうだよ。うるさいなぁ。これだから朴念仁ズは……」


(ズ――って、誰だ? 俺と菫野か?)


「だから邪魔しないでくれよ? パートナーを守るのは、守護者の役目なんだから」


 泉の本心に驚いていると、不意に白雪が頭をぺこりと下げた。


「――ごめんなさい、泉君。私達はあなたのことを誤解してた。邪魔なんてしないわ。むしろ協力させて」


「協力ってお前……まさか菫野を叩けって言うのか?」


「「…………」」


 ダブルで返ってくる、侮蔑の眼差し。


「――なわけないでしょ? 私達は何か別の方法を探すわ。同じ魔法少女にしかできないこともあるかもしれないし。それに……」


 白雪は不意に、意味ありげな視線を泉に送る。


「泉君なら、自分が守護者マスコットじゃなくても紫を守ろうとしたでしょ? なら、応援しないとね?」


「あーあー、白雪さんまでそういうこと言う? その余裕ぶった上から目線、なーんかムカつくなぁ?いつか絶対、後悔させてやる」


「応援するって言ってんだから、別にいいだろ?」


「応援って。はぁ……万生橋も棚上げ星人だしさぁ? このメンツでほんとに大丈夫か心配になってきたんだけど?」


 そういってジト目で俺達を見る。


「三人寄れば三途の川って言うだろ? もっと頼れよ?」


「文殊の知恵だろ、それ。僕を勝手に殺すなよ」


「はぁ……あんたをその三人に含めないでちょうだい……」


 再びダブルで侮蔑の眼差しを向けられた。


(国語は苦手なんだよ……!)


 兎にも角にも、俺達三人は協力し、菫野の感情を『なんとかする』ことになった。『なんとか』の中身については、感情がこれ以上減るのを防ぐとか、そのためにまず変身させないとか、感情を取り戻すのが一番いいとか色んな方法がある。

 俺にとっては難しくて何が何やらさっぱりなところもあるが、学内でも秀才と名高い白雪と泉が協力して作戦立案をしてくれるのだ。頭を使うのはふたりに任せ、俺は俺で出来ることをやればいい。『亀』の俺に何ができるかはわからないが、友達の為にできることがあるのなら、何でもするつもりだ。


 俺達三人はその流れで連絡先を交換し、一旦は各々で解決策を模索していく方向で話が纏まったところで、その日はお開きとなったのだった。

 そのとき既に忍び寄っていた『絶望』の香りになんて、微塵も気が付かないままに。

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