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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第5話 放課後も魔法少女とカフェ

第二章 病院の『死神』


「はぁー……」 


 放課後、掃除当番を終えた俺はいつものように重い足取りで校門に向かう。今日も今日とて魔法少女活動(というのは名ばかりで、足手まといの俺がただ白雪に罵倒され、パシらされるだけのイベント)だ。


(いやいや、だめだ。ため息ばかりついてると幸せが逃げていくって誰かが言ってた)


「昨日だって少しは大物探しに進展があったんだ。今朝も宿題教えて貰えたし。きっとこの後だって……」


 自分自身に言い聞かせるように独り言を呟き、両頬をパシンッと軽く叩く。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、校門の桜に芽吹く新緑のいい香りが身体中を駆け抜けた。


(うん。やっぱポジティブにいかねーとな!)


 そう思うといつもより少しだけ足取りが軽くなる。

 それに、今日は足取りが軽くなる理由がもうひとつあった。大物と思しき情報が遂に手に入ったからだ。

 先日会った『死神』が魔法少女なのか人型のミタマなのかは未だ不明だが、あれだけの戦力を有する奴があそこを縄張りにしている理由……きっとあの病院には大物がいるに違いない。

 大物を退治できればノルマが一気に溜まって早くこの生活からも解放される。俺は惨めな思いをしなくて済むし、白雪だって『願い』を叶えられる。お姉さんに、きっとまた会えるはずだ。


「大物、本当にいればいいんだけどなぁ……」


(おっ? あれは……)


 まだ見ぬ大物への期待に胸を膨らませつつ校門前で待っていると、同じく校門の反対側にクラスメイトの菫野紫すみれのむらさきがやってきた。その姿を目にするとつい先程ため息をついていた鬱々とした気分が夜風に攫われるようにさっと吹き飛んでいくのがわかる。


(いいこと、さっそくあった……)


 透き通るような艶のある夜色の髪を胸元まで伸ばし、毛先はゆるく巻いている。猫背気味でも結構『ある』ことがわかるくらい、胸はふっくらとして大きい。前をしめたブレザーのボタンがどこか苦しそうにすら見えるくらいだ。

 そんな菫野はスマホを片手に、長い睫毛をしぱしぱとさせてどこか眠たげにしている。菫野は大人しいというか寡黙というか、ぼーっとしていることが多かった。でも、そんなアンニュイな感じがどことなく庇護欲をくすぐるらしく、派手で明るい女子が苦手な男子達から人気のある女子だ。俺もご多分に漏れず、そんな菫野に惹かれる男子のひとりだった。


(やっぱ可愛いよな。菫野……)


 ちらちらと見つめていたら、目が合ってしまった。


「……?」


 不思議そうにこちらを見る菫野。これが白雪だったら『何見てるのよ』と言われて脛にキックでも見舞われそうなもんだ。


(話しかけて、みる……?)


 朝の発声練習で培った度胸は、俺に勇気を与えてくれた。


「よ、よぉ……菫野も、誰か待ってるのか?」


 思い切って声を掛ける。白雪におしおきされて一週間『水』を与えてもらえなかったときくらい心臓がバクバク言っているし、動悸、息切れ、眩暈、エトセトラもヤバイ。


「…………」


 菫野はしばしこちらを見つめていたが、何かを思い出したように口を開いた。


「……万生橋君、も? 私はね、式部しきぶを待ってる」


(さっきの間は何だったんだ? もしかして、俺の名前忘れてた? 一応クラスメイトなんだけどな……)


 思わず涙を堪える。


(泣くな俺。思い出してもらえたんだ、今は素直に喜ぼう。それにしても、菫野が待ってる式部って……『あの』?)


 まさかとは思うが、念のため確認してみる。


「式部って、隣のクラスの泉のことか?」


「そう」


 動悸が激しくなる。嫌な予感は的中した。


(そうだよな、式部なんて珍しい名前そうそういるもんじゃない。わかっちゃいたけど……)


 正直、信じたくない。


(なんで菫野が泉のこと待ってんだ? しかも名前呼びだし。どういう関係? まさかふたりは付き合ってるなんて……)


 息切れもしてきた。


(いやいやいや。大人しそうな菫野が、よりにもよって『あの』泉と?)


 泉式部いずみしきぶは校内でも女たらしで有名だ。しかもとっかえひっかえだっていうからタチが悪い。確かに、常に偏差値七十オーバー、頭脳明晰な秀才で、医者の息子で金持ちで。おまけに運動神経も抜群に良いらしいから、モテるのはわかる。わかるが……


「――紫」


 ――噂をすれば。泉がポケットに手を突っ込みながら、ダラダラとやってきた。


(呼び捨て……それに、仮にも菫野と待ち合わせしてんだからもっと急ぐ素振りとかあってもいいんじゃないか?)


 きちんと手入れしているであろうふわっとした銀髪にすらりと長い手足。程よく開いたシャツの胸元からは男のものとは思えない陶器のような白い肌が覗いている。


(モデルかよっ……はぁ。ハイスペックなうえに美形とか……)


 ため息しか出ない。対抗できるものが俺には何一つない。いや、魔法少女のマスコットをしている点では勝っているか? 魔法少女である白雪の下僕みたいな仕事ができる不思議な存在という点では……


(勝っている……のか?)


 ――勝負になってない。

 俺に出来ることは、妬ましい視線を送るくらいだ。


「式部、来た……」


「言いつけどおり僕より先に待ってるなんて、いい子だね、紫は」


 泉はにこにこしながら菫野の頭を撫でる。


(ああ、やっぱりこいつらは……)


 もはや眩暈までする。


(嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ、菫野……)


 頭痛もしてきた。菫野は動じることなく、目を細めて大人しく撫でられていた。


(泉のやつ、俺の存在には絶対に気付いているはずなのに。見せつけやがって……)


「――ん? 万生橋じゃないか」


(今更かよっ! いけ好かねー!)


「万生橋と、何話してたの?」


「えっと、誰を待ってるの? って……」


「ふーーーーん?」


 睫毛の長い切れ長な目を細め、俺を見流す。


「泉、今帰りか? 俺もさっきここに来たばっかで――」


「万生橋には聞いてない。行くよ、紫」


 俺の言葉を最後まで聞かずに、泉は足早に去っていった。


「待って……」


 その後ろをちょこちょこと追いかける菫野。


(可愛い……)


 動きがトロくさいところがまた、良い。

 去っていくふたりの背にいつまでも恨みがましい視線を送っていると、不意に声をかけられる。


「どうしたの? 人でも殺しそうな目をして」


「白雪。遅いぞ」


 おかげでイヤなものを見ちまったじゃねーか。いや、菫野と話せたのは嬉しかったけど。


「なにをそんなに苛ついてるのよ? まぁ、万生橋みたいな馬鹿の考えることがわからないのはいつものことね。さっさと行きましょ?」


(一言多いんだよなぁ……)


 俺は苛立ちを隠すことなく白雪の後に続く。いくら虚勢を張っているのがお姉さんの為だったとはいえ、この歯に衣着せぬ物言いには改善の余地ありと一言申したい。


「で? 今日はどうすんだ?」


「いいからついてきて」


「へいへい……」


 スマホを見ながらさっさと歩いていく白雪に黙ってついていく。駅前の商店街とは反対側、最近開発が進んで小綺麗になったエリアの一角、細い路地の裏にあるいかにも穴場っぽい喫茶店の前で白雪は足を止めた。


「今日の作戦会議は、ここで」


「ここ?」


 不思議に思って視線を向けるとサッと後ろ手にスマホを隠す白雪。


(ははぁ……さてはスイーツ目当てだな?)


 白雪は自分では決して言わないが、結構スイーツ好きだ。これまでも作戦会議と言い張って名物スイーツを食べに行くのによく付き合わされた。


(素直に甘いもの好きって言えばいいのに。見た目からしてもスイーツ似合ってるし。やっぱいかにも女の子!って感じの行動はイヤなのか?)


 変なところで見栄張りやがって。俺はため息を吐きながら喫茶店の扉を開く。


「うわっ、ガラガラ。さすが穴場ってか……?」


「よかった。口コミからしてもっと人がいるかと思ったけど、平日だものね? これなら気兼ねなく作戦会議できるわ」


(やっぱスイーツ目当てか……)


 俺は一番奥の席に腰をかけるとメニュー表を手渡した。


「ケーキセット。俺は看板メニューのやつ。飲み物はコーヒーな」


だって、フォンダンショコラとかガトーショコラとか言われても違いがよくわからないし……そういうときは、オススメ一択。


「えっと、私はどれにしよう……? ここ、元ショコラティエさんのお店なのよね……」


 おずおずとメニューを受け取って、心なしか目を輝かせる白雪。

 不覚。不覚にも可愛い。


(いつもそういう顔してりゃあ『孤高ツンドラの雪兎』なんて呼ばれないのに……)


 白雪の注文が決まり、オーダーを済ませて俺達は向き直る。向かいで脚をすらりと組む様子がテーブルに隠れて見えないのがなんとも残念だ。


「で? 今日は何の会議だ?」


「単刀直入に言うわ。『死神』のことよ」


(やっぱり……)


「なんとなくそんな気はしてた。アレ、どう考えてもフツーの人間じゃないよな?ミタマが見えるどころか、あんな一撃で……」


「私は目の前に『死神』がいてよく見えなかったけど、相当な実力なのはわかったわ。アレ、やっぱり魔法少女なのかしら?」


「ノルマ回収用の鍵も持ってたしな。そうだとは思う。一応お前を助けてくれたみたいだし。けど、もし『死神』が『大型で人型の高度なミタマ』なら、縄張りを荒らす同族を蹴散らしたって可能性も……」


「そうね。けど、いずれにしても――」


「アブナ過ぎる……だろ? あんな残酷な倒し方を、顔色一つ変えずに……」


 それどころか、笑ってたんだぞ? 仮にも白雪のお姉さんの――『人型』をしたミタマの首を、一瞬で……ほんと、白雪が直視してたらどうにかなってたかもしれないレベルだ。

 けど、それを見越して目隠しするみたいに白雪の前に出てきたのだとしたら……


「あ~も~! 結局敵なのか!? 味方なのか!? どっちなんだ! いずれにしてもヤベー奴だろ!」


「私もそう思う。助けてくれたのはマグレだったのか、その真意はわからない。けど、最近病院に入り浸っている『死神』はアレに間違いないわ」


「入り浸ってるっつーことは……」


「「『死神』はまた現れる……!」」


 同時に顔を見合わせると、白雪はゆっくりと口を開いた。


「あんな危険な存在をお姉ちゃんの近くで野放しにしておくなんてできない。それに昨日の今日だもの。お姉ちゃんが心配で……万生橋、協力してもらえる?」


「ああ。正体を暴いて、病院から離れてもらうようにしよう。どうにかして説得を――」


「――できる相手だといいけど……」


「「…………」」


 その不安と沈黙をかき消すように、白雪は颯爽と立ち上がる。


「とにかく! 今夜また病院に乗り込むわよ!」


「それはわかったけどよ……まだスイーツ来てないぞ?」


 指摘すると、白雪は顔を赤くしてしおしお……と席に着いた。


「楽しみにしてたんだろ? ホンダンショコラ」


「フォンダンショコラ……」


「なんでもいいけどさ」


「良くない……」


「スイーツ好きなら好きって言えばいいのに。素直じゃねーなぁ?」


「う……」


 ますます顔を赤くする白雪。どうしてスイーツが好きでそんなに恥ずかしいのか俺にはわからないが、お姉さんのことでこいつが気張りすぎているのはいくら鈍い俺でもわかる。


(あんま無茶し過ぎなきゃいいけど……)


 こんなとき、なんにもできない『亀』の自分が不甲斐ない。

 せめて、俺にもう少しの力があれば。


(白雪の隣に立って、戦えるのに……)


 俺は悔しさ半分、せめて白雪が好きなスイーツ巡りに行くのくらいイヤな顔をせずに存分に付き合ってやろうと、考えを改めるのだった。

 だって、それくらいにフォンダンショコラを食べる白雪の顔が満足そうで、可愛かったから。

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