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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第4話 魔法少女の願い

      ◇


 いつもと同じように授業を受け、クラスの友人と弁当を食って放課後を迎える。

 これ自体はマスコットになる前もなった後も変わらない俺の大切な日常。だが、ここ数か月で俺の放課後は一変した。魔法少女の活動の為に費やさざるを得なくなったのだ。

 本来の俺であれば喜んでそうしただろうが、白雪にこき使われている今はまったく喜べない。荷物持ちをはじめ、行きたいとこに付いていかされるわ、ミタマ退治に行っても上手く探知できないと罵倒されるし、戦闘になれば『引っ込んでいろ』と完全に足手まとい扱い。正直に言えば悔しかった。この数か月間、ずっと。

 不本意だがこき使われることには慣れた。が、足手まとい扱いされるのにはどうにも慣れることができなかった。俺だってできることなら魔法少女の助けになりたい。だって、それが俺の夢だから。


 戦闘において白雪は、俺の手助けなんて要らないくらい魔法少女として完成していた。もとから要領がいいのもあるんだろうが、『水の魔法少女』らしく水流と氷を自在に操る魔法をちゃんと使いこなしている。

 ただ、いくら白雪が秀才で運動神経が良くて魔法少女としてうまく立ち回れているとしても、変身を解けば普通の女の子だ。そんな白雪の後ろでいつも『亀』の姿でぷかぷかと浮いているだけの自分が何とも情けなくてイヤだった。


(俺だって男だ。いつまでもあいつの後ろに隠れてるなんて……)


「よくない、よなぁ……?」


(っつーか、イヤだ)


 歯痒い思いを抱いたまま、鞄を背負って教室を出る。


「はぁ……」 


(遅れて行ったら、またどやされるからな……)


 俺はダルい身体に鞭を撃ち、重い足取りで校門に向かった。


「待たせたわね」


 校門で待つこと二十分。謝罪なんて口ばかりで、涼しい顔をした白雪が姿を見せる。


「白雪、遅いぞ。当番とか委員会ならせめて一報くれても……」


「それはお化粧を直して……ごほんっ! 特に何もなかったけど?」


(え~? 化粧がなんだって? あいも変わらずしれっと言いやがる)


 だが、ここで反論しても無意味どころか神経を逆撫ですることはここ数か月で学習済みだ。


「はぁ……まあいいや。行こうぜ。今日は都立病院だったな?」


 ため息のみで軽く抗議するに留め、この後の予定を確認する。今日は白雪の提案で、大物を探す為に都立病院に下調べに行くことになっていた。白雪曰く、ここ数か月の間都立病院に妙な噂が広がっているとのことだ。なんでも夜になると霊安室付近に『死神』が出るらしい。


「――にしても、夜の病院に『死神』なんて、割とよく聞く都市伝説っぽいけど、そいつが大物だっていう根拠とかあんのか?」


「噂の『死神』がミタマだっていう根拠はないわ。ただ、都立病院に『死神』が出るという噂は本当よ。しかも、ここ数か月という短期間に目撃情報が複数あるらしいの」


「へー……詳しいんだな」


「――姉が。あの病院には私の姉が入院してるの。それで……」


(白雪にお姉さんがいるなんて、初耳だな)


「お姉さん、どこか悪いのか?」


「ええ……まぁね」


 心なしか白雪の表情が曇る。


(白雪の『守りたい人』って、ひょっとして……? 詮索すんのも野暮か)


 この手の話題はデリケートだし、ちょっと気になるからといって突っ込んで聞くのも失礼な話だ。話題を変えた方がいいだろう。


「じゃあ、今日は病院で聞き込みだな?」


「そのことなんだけど、聞き込みは私がするわ。看護師さんに知り合いが多いから。万生橋には病院の地理を把握してきて欲しいの。姉の見舞いでよく行くとはいえ、霊安室付近なんて行く機会ないもの」


「なるほど。りょーかい」


 確かに夜の病院ともなると、明かりが消えて目印になる案内板も見づらくなるだろう。昼間のうちに下見しておくのは賢いやり方だ。

 幸い俺は方向音痴ではない。マッピングとまではいかないが、実際に足で歩いてみれば概ね把握することができるだろう。

 それに、俺は病院に知り合いなんていないし、初対面の看護師さんに都市伝説っぽい噂についての聞き込みができるコミュ力も持ち合わせていない。こういうのは適材適所だ。


 俺達は電車とバスを乗り継いで都立病院に向かった。その間悲しいかな、白雪との会話はゼロだった。別に白雪と話をしたいわけじゃないんだが、魔法少女関連の話ができない公共の場だとこうも話題に困るとは思わなかった。仮にも同学年の女子と共通の話題がゼロな自分が不甲斐ない。


「着いた。どうしたの? 渋い顔して。やっぱあんた今日は普段の二割増し変よ?」


「な、なんでもねぇよ……」


 しどろもどろになる俺をよそに、慣れた様子で病院内を歩く白雪。受付で見舞いの手続きをして、打ち合わせどおり一旦別行動をすることにした。


「じゃあ、俺は霊安室の方を見てくる。白雪はナースステーションで聞き込みか?」


「ええ。聞き込みした後、姉の病室に行くわ」


「先にお姉さんのとこ行かなくていいのかよ?」


「ええ、後で大丈夫。下見が終わったら、姉の病室がある本館五階の休憩所で待ってて」


「おう」


 俺は白雪と別れ、霊安室に向かう。受付やロビーがある本館とは離れの別館、地下二階。まだ夕方だっていうのに、なんだか薄暗くてひんやりとしている。


(冷えてるのは部屋の中のはずだろ?なんで廊下までこんな寒く感じるかな……)


 昼に来ておいて正解だった。こんなの、もし夜にぶっつけ本番で来ていたら、肝試し状態で『死神』を探すどころではない。


(えっと、霊安室の隣が解剖室で、廊下の先は……本館への連絡通路と、駐車場?)


 慣れない病院、慣れない間取りに苦戦しつつも、地下二階の構造を把握していく。

 こうして実際に歩いてみるとわかるが、病院は、戦闘するにはあまりに不向きだった。いくら魔法少女の能力に弱いミタマが相手とはいえ、そこかしこに色んな医療道具がある上に廊下も広くない。こんなところで杖を振り回して魔法でも放った日には棚にある薬剤やら手術道具やらが飛んでくる大惨事だ。更にここは地下。窓から脱出して広いところにおびき出すことも不可能だった。


(『死神』か。もし本当にいるなら随分厄介なところに現れてくれるじゃねーか……)


 とにかく、下見が完了した俺は言われたとおり本館五階の休憩所に向かう。


(休憩所は――つきあたりか)


 足を運んでいると、ふとある病室に目が留まった。


(白雪……悠香(ゆうか)……ここって――)


 思わず足が止まる。

 よく見ると、部屋の扉が少し開いていて、中の声が漏れ聞こえていた。


(白雪、お姉さんとどんな話するんだろ……? まさか実の姉に対してもあんなつんけんした態度なわけないよな? よくお見舞いに来てるみたいだし、やっぱ仲いいのかな?)


 あまりよくないとは思いつつも、つい気になって聞き耳をたててしまう。中からは微かに白雪の声が聞こえてきた。


      ◇


『お姉ちゃん、お花、いつもみたいにここに飾るね? 今日はスノードロップだよ』


『――――』


『今日の夜、また来るから。今度は私がスノードロップになるの。不思議でしょ? 魔法少女っていうんだって。変な呪文を唱えるとね、すっごく強くなれるんだよ。魔法だって使えちゃうの。この力があれば、お姉ちゃんを守ってあげられる……』


『――――』


『この花は、お姉ちゃんの好きそうないい香りがするから。この香りに気が付いたら、私が傍にいると思って……香り、届いてるかな?』


『――――』


『ねぇ、応援してくれる……?』


『――――』


『…………から』


『――――』


『絶対に、私がお姉ちゃんを守るから。『死神』なんかに負けないから。お姉ちゃんが安心して眠れるように、私がんばるから。安心して寝て……』


『――――』


『ううん……ほんとは、起きて――』


『――――』


『また、会いたいよぉ……おねえちゃん……』


      ◇


 お姉ちゃんに、また会いたい。

 それが、私の願いだ。

 たとえ誰を敵に回しても、どんなことをしても叶えたい願い。


 姉がこうなってから、私はそれだけを胸に抱いて生きてきた。

 生命維持装置を付け続ける為に両親が共働きになって、幼い私はひとりの時間が多くなって。それでも両親に迷惑をかけないように勉強も頑張って、家事もして。それでもまだ足りなくて、今は魔法少女をしている。私が魔法少女としてノルマを達成できれば、また家族みんなで笑顔になれる日が来るはずだから。


 そんな願いに万生橋を付き合わせていること、本当は悪いと思ってる。私達のノルマは『魔法少女とマスコットの願いの総量』で決まるものらしいから。彼が何を願ってマスコットになったかは知らないけど、絶対、私の方が多いに決まってるもの。

 だから姉のこともいつかは万生橋に打ち明けないと、と思ってる。でも、会うたびになんだか素直になれなくて、『頼らせて』って言えなくて。思えば私は昔から、そういう可愛げのない子どもだった。


(だから、『孤高(ツンドラ)の雪兎』なんて呼ばれるのかしら……)


 本当は、私だって友達が欲しい。朝は一緒に登校したり、放課後はお茶したり。できることなら彼氏だって欲しいけど……そんなのにかまけている余裕は無かった。

 姉の状態はずっとこのままだけど、生きているだけで奇跡みたいなものなんだから、甘えてなんていられない。これはチャンス。おそらく二度と訪れない――


(万生橋……ごめんね……)


 私は、何があっても。この願いを叶えてみせる――


      ◇


(――聞いちゃ、いけなかった)


 わき目もふらずに足早に休憩室に向かう。

 今まで聞いたことのない、白雪の声が頭から離れない。


(――いつからだ?)


 頭をフル回転させ、自分の記憶を呼び起こす。


(いつから、白雪は男っぽい格好をするようになったんだっけ? 小学……三年あたりからだったか? いきなり髪をばっさり切ってきて……)


 ある日を境に白雪は『男女』と呼ばれ、からかわれるようになった。以前に比べ、周囲に対する振る舞いもどこか素っ気なくなって、昼休みに誰かと過ごす姿を見かけなくなって。


(いつから、あんな性格になった……?)


 友達が減っていって、それに反比例するみたいに勉強の成績が良くなって、運動もできるようになった。それはまるで自分を高めること以外に興味なんてないみたいで。周りを見下すような冷たいオーラを出し始めて、それでますます友達が減っていって、クラスで孤立するようになった。そのまま小学校を卒業して、俺が高校に入って白雪と再会したとき、あいつは『孤高(ツンドラ)の雪兎』なんてあだ名で呼ばれるようになっていた。


(あいつ、ひょっとしてずっとこのために?)


 病室での会話を思いだす。――いや、会話になっていなかった。だって、お姉さんからの返事は、ただの一度も返ってこなかったんだから。


(お姉さんを守るためにあんなになったっていうのかよ? じゃあ、白雪の『願い』はやっぱり、『お姉さんを目覚めさせること』なのか……?)


 言いようのない怒りが喉の奥から込み上げる。俺自身に対する怒りだ。何も知らなかったとはいえ、クラスの奴と一緒になって白雪をからかってしまった。何も知らないくせに、だ。それに、白雪のマスコットになってからもことあるごとに性格の悪さに文句を言っていた気がする。


(俺は、今までなんてことを……)


「――万生橋?」


「――っ!」


不意に隣から声を掛けられる。


「しっ、白雪……いつの間に……」


「なんて顔してるのよ? 待ち合わせしたんだから、そんなに驚くことないでしょう?」


(なんて顔してるんだ、って……それはこっちの台詞だよ……)


 白雪の瞳は、兎のそれみたいに赤みを帯びていた。

 白雪は元々化粧が薄い方だし俺は女子のそういうのには疎い。でも、それでもわかるくらいに目尻と頬の化粧が落ちている。


「…………」 


 返す言葉が、見つからない。


「霊安室付近で、何かあったの?」


(そ、そうだ。別館の下見……)


「あ、ああ。一通り見て来たが、わかったのは戦闘には不向きってことくらいだな。あそこは狭いし、逃げ道がない」


「そう……どうしようかしら……」


 白雪は口元に手を当てて思考する。『死神』相手にどう立ち回るか考えているんだろう。明らかに”異質”と思われる相手に、たったひとりで立ち向かう方法を。


「なぁ、白雪。『死神』は本当にいるのか?もし根拠のない(デマ)なら、無理して戦わなくても……」


「『死神』はいるわ。間違いない」


(えっ……)


「ナースステーションで仲のいい看護師さんに監視カメラを見せて貰ったの。黒い影が廊下を一瞬横切ったのが見えた。看護師さんには見えてなかったみたいだけど、ミタマの姿もね」


「じゃあ……」


「今夜『死神』を狩りに行くわ。それでとっととノルマを達成させましょ? あんたと一刻も早く別れるためにね」


 違う。そんなこと言って、本当は早くお姉さんを目覚めさせたいんだろう?


「相手の戦力もわからないのに行くのかよ? 病院は戦いづらいってのに……」


「戦力なんて会ってみないとわからないじゃない。何? やけに反対するけど、他に気になることでもあるの?」


「…………」


 気になるというか、心配だった。

 白雪が無理してまで強くなろうとする理由を知ってしまったから。


 小学校の頃から他のことには見向きもせずにひたすらに強くなろうとしてきたのだとしたら、白雪が『死神』相手に無理して戦うだろうことは想像がついた。

 プライドの高い白雪のことだ、自分より強い相手がいるなんて許せないだろう。でも、そのことを口にすればさっき盗み聞きしていたのがバレてしまう。


(あああ……どうすりゃいいんだ……!)


 俺は元々隠しごとは苦手だし、白雪は聡い。それに、こう胃の中のがもやもやしてどうにもおさまらない。


「白雪、その……すまん……」


 俺は、正直に白状した。絶対に怒られて殴られた後に、一週間『水』抜きにされるキツイお仕置きが待っているだろうと覚悟した。しかし、白雪の反応は意外なものだった。


「――そう。扉を閉め切っていなかった私にも落ち度はあるわ。それに、万生橋には話しておこうと思ってたから」


「えっ……?」


「聞いていたんでしょ? 姉は昔事故に遭って、それ以来眠ったまま目を覚まさないの。生きてはいるわ。けど、いつ目を覚ますか誰にもわからない」


「そのことを、どうして俺に……?」


 俺を見つめ返す白雪のその目は、今まで俺に向けられたことのない真剣な眼差しだった。


「――お願いがあるの。私は『死神』をこの病院から遠ざけたい。たとえその正体がミタマでも、そうでなくても。相手がどれだけ強かったとしても。姉の為に……」


「白雪……」


 ――断るわけがなかった。


 俺は『亀』だ。正直そんなんで何ができるかはわからない。ただ、もし『死神』がミタマでなく只の不審者だった場合、白雪の盾になってやることくらいはできる筈だ。

 白雪にはいつも尻に敷かれていて苦手なのは変わっていなかったが、この数か月の間一緒に過ごしてきてそう思うくらいには俺は白雪に対して情が湧いていた。

 同情とも違う。昔からかったことへの贖罪とも違う。ただ、守ってやりたいと思った。白雪の、対等な協力者へ向けられるような視線に応えたいと思った。我ながら単純だとは思うが、初めて向けられたその眼差しが嬉しかったのだ。

 俺は何だかんだいって、自分のそういうところはキライじゃなかった。


「――わかった。やろう」


「決行は今夜。見回りと夜勤の人が少ない、別館前で待ち合わせしましょう?」


「了解。変身は別館に入った後でいいよな?」


「そうね。あと、もう一つお願いが――」


 白雪が口を開きかけた瞬間。俺の中を、背筋がぞくぞくするような感覚が駆け回る。


「――っ!」


(この感覚は……!)


「どうしたの? 万生橋?」


 首を傾げて覗き込む白雪に、俺は静かに告げた。


「ミタマが出た! 今回は、今までの比じゃない……!」


 それは、今まで相手してきたような猫やその他の『大したことない悩み』から発生する類のミタマとはわけが違っていた。こう、胃の中がもやもやして、ほの暗い森の奥からそっと手を伸ばされているような。その手に捕まると二度と帰ってこられないような、凍りつくような気配だ。


「こんな冷たくて寂しい気配……! 早くなんとかしないと!」

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