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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第17話 妹


 土曜。菫野の一件も落ち着き、白雪との関係も以前ほど恐れる必要がなくなった俺は久しぶりにのんびりとした気分で一日を過ごしていた。

 先週は菫野のことと泉に勧められたこともあって新宿に行ったが、基本的に土日は魔法少女の活動はしない方針だ。

 今、俺はリビングでアイスを食べながら妹とテレビを見ている。毎週金曜にやってる映画の録画分をふたりで見終わり、次に妹の好きな動物ドキュメンタリーを流す。海の生き物の生態について説明しているソレをぼんやりと眺めていたら、テーブルの上のスマホが揺れた。


「――ん? あたしのじゃない。お兄ぃのやつみたいだよ?」


 妹が俺のスマホを手に取り、パスしようとしてくる。


「ああ、さんきゅ――」


 手を出したがスマホが一向に渡されない。

 どうしたのかと、ソファに寝そべっていた身体を起こすと――


「――? どうした?」


「お、お兄ぃ……白雪さん? 君? って、誰?」


「え? ああ、クラスメイトのやつだけど……」


 魔法少女のパートナーだなんて、言えるわけがない。俺が『亀』に変身することも含めて、魔法少女関連のことは全て家族には内緒にしている。


(白雪から……? まぁ、冒頭に『魔法少女の件』なんて入れてくる程あいつは馬鹿じゃないから大丈夫だろうが……)


 そう自身に言い聞かせつつも内心どきどきしている俺をよそに、妹は俺のスマホをしげしげと眺める。


「返せって――」


「『水族館の件』……?」


(おい待て、まさか……)


 すかさずスマホを取り返そうと手を伸ばすが、巧みに躱された。妹の頭部で結ばれた、俺とよく似た赤茶髪のポニーテールが機嫌よさそうに揺れる。


「お兄ぃ! これ彼女!? ねぇねぇ!?」


「――違ぇよ!」


「えー! じゃあなんで水族館!? ふたりで行くの!?」


 女子中学生にこの手の話題はピラニアの生け簀に肉を放り込むみたいなもんだ。くりくりとした目を興味深そうに輝かせ、いかにも笑いが抑えられないといった表情でこっちを見てくる。


「別に、なんでもいいだろ!?」


 魔法少女のマスコットとしてヒントを得るため『ウミガメ』の生態を観察に行くなんて、言えるわけがない。


「お前には関係ないって!」


「え~~! それもう絶対彼女じゃ~ん! おかーさーん!!」


(なんで水族館に行くだけで、絶対彼女になるんだよ!?)


 デート一回で彼女にできるなら、世の男共はこんなに苦労してないだろ!?


「やめっ……! 母さんを呼ぶな! めんどくさくなる!」


(ふたりしておちょくられたら、たまったもんじゃない!!)


「え~~お兄ぃのケチぃ~」


「なんで俺が責めらなきゃいけないんだよ……」


 ソファから起き上がった俺の隣に腰かけ、スマホを固く握る妹。さっきまでの不服そうな顔はどこへいった、と言いたくなるような爛々とした目を向けてくる。


「おかーさんには言わないからさ、教えてよ!どんな人なの?」


「だから、彼女じゃないって……」


「その口ぶり……やっぱ『女の子』なんだ?」


(うっ……)


 なんなんだこの鋭さは!? まるで誘導尋問でも受けているような気になってくる。これ以上は会話するのも危険だ。兄としての威厳で穏便に事を済ませたい。


「兄を困らせるな。返しなさい」


「 や だ 」


「…………」


 俺に兄としての威厳は無かった。となると、もう一つの手段だ。


「何が望みだ? お前の好きなお菓子を三つまでなら買ってやる」


「お菓子は要らない。こないだのアップルパイは美味しかったけど、今日はそれも要らない」


 ……意外としぶとい。


「はぁ……白雪がどんな奴なのか聞いて、どうするんだよ?」


「えー、お兄ぃの好みがどんな子かな? って、ただの興味。それに、私のおねーちゃんになるかもしれないんだし? 気になるじゃん!」


「は!? そんなことになるわけ――」


「ないの?」


「ない……だろう……」


(あの白雪だぞ? 校内随一の美少女で、『孤高ツンドラの雪兎』と呼ばれながらもその実、ただの寂しがり屋の兎みたいなあいつが、俺のことを……)


 そこまで考えて俺は思考を止めた。考えたら妹の思うつぼだ。

 威厳もダメ、買収もダメ、俺に残された手段は……


「……白雪はクラスメイト。たまたま水族館のチケットをダチから貰ったから、一緒に行くってだけ。これ以上は答えない」


「え~ケチ~。先週あたしに、『女友達と喧嘩したらどうする?』って聞いたの、その子のことじゃないの?」


 にやにやしながら、俺を見る。


(こいつ……こんなに聡いやつだったか……?)


「ノーコメント。これ以上聞くなら、お前が先月のテストで数学と理科が赤点だったことを母さんにバラす。追試の面倒も見ないぞ?」


「お兄ぃの……ケチ……」


 妹はさも不服そうにそう呟くと、ようやくスマホを差し出した。


(中学レベルの勉強ならできる頭があって助かった……)


 俺は妹からスマホを受け取るとリビングを後にした。部屋に入り、念のため扉を施錠する。妹からの追撃がまた来ないとも限らないからな。

 新着メッセージを確認すると、そこにはなんともシンプルなデートの誘いがあった。


 ――『明日暇なら、十時に入り口前で、どう?』


 件名に『水族館の件』と書いてなかったら何処へ行けばいいのかもわからない、手短にも程があるメッセージ。


(相変わらず、なんつー可愛げのない……)


 いかに鈍い俺でも、これがデートであることぐらいはわかっているつもりだった。だが、あまりに簡素なその文面を見ていると、まるで只の視察に過ぎないような気がしてくる。


(まぁ、白雪にとっては本当に只の視察なのかもしれないな……)


 自分ばかりが意識しているようでなんだか恥ずかしい気持ちと落ち込んだ気分になりながらも俺は返事した。


 ――『了解』


 ここで『たのしみだ』と正直に書いたらどんな返事が来るんだろうと想像する。俺の頭が導き出した結論は――『返事が来ない』だった。急いで文字を消す。


(あーー! 何してんだ俺は! 乙女かっつーの!!)


 そして半ば自棄くそ気味に、送信ボタンを押した。

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