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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
15/18

第15話 VS魔法少女

      ◇


 火曜の夜。俺はミタマ探しを終えて帰宅し、布団に寝転んで漫画の新刊に目を通していた。


「はぁ……今日も目ぼしい痕跡はなかったな。やっぱこの辺じゃダメなのか?」


 今日は白雪がお姉さんの見舞いに行くというのでミタマ探しは学校付近で軽く済ませるだけにしていた。


(学校の周りはミタマが少ない気がする……なんでだ?)


 前々から思ってはいたが、俺達の学校やその最寄り駅付近はミタマの痕跡があまりなかった。あるとしてもごくごく小物か、生まれたてのものばかり。


「なんでだ? まさか、菫野が……?」


(けど、泉と菫野は狂気化の件もあってできるだけ変身しないようにしてると思うし、まさか俺達の他に魔法少女がいるっていうのか……?)


 内容が頭に入って来ない漫画を眺めながらそんなことを考えていると、枕もとでスマホが揺れた。


(こんな時間に誰だよ? もう夜の十一時だぞ? って、これ……)


 メッセージは泉からだった。宛先には白雪も入っている。


 ――『頼みがある。遅くに悪いんだけど、学校に来てもらえるか?』


 泉にしてはめずらしく、絵文字もスタンプも無い。

 どうやらマジで言っているようだ。


(泉から頼みごとなんて、一体なんだ?)


 疑問に思っていると、ペコポコと着信が鳴った。


「おう、白雪か」


『見た? 泉君からの――』


「見た見た。行くだろ?」


『ええ。何か心当たり、ある?』


「全く。聞いてくるってことは、白雪も心当たりなしか。でも、今回はガチな気がする」


『そうね。早く行ったほうがいいかも』


「じゃ、すぐ出るから。校門前でいいか?」


『そうしましょう』


 電話が切れたのを確認し、急いで部屋着を脱ぐ。こんなとき、咄嗟に何を着ていけばいいかわからない。


「あーもう。悩む時間もあほらしいっ!」


 俺は部屋にかけてあった制服に秒で着替え、急いで学校へ向かった。

 幸いうちから学校まではチャリを飛ばせば行けない距離ではないが、こんなとき『亀』な自分が憎らしい。白雪は変身してしまえば身体能力が増し、どこでもぴょんぴょん飛んでいける。飛行は無理だが建物を屋根伝いに行けば、学校まではあっという間だろう。泉は『コウモリ』だ。言うまでもない。


(菫野も……呼び出されてんのかな?)


 泉からの緊急招集だ。菫野がらみに間違いないだろう。ただ、菫野をどうこうするという話であれば呼び出されていない可能性はあった。


「まぁ、行けばわかるか……」


 俺が一番遅く着くのは間違いない。

 俺は頭を空っぽにし、とにかく必死にペダルを漕いだ。


      ◇


 校門へ着くと、白雪が変身を解いて待っていた。


「……遅い」


「はあっ……はぁ……げほっ……仕方……ねーだろ……!」


 肩で息をし血反吐を吐きそうになっている俺をよそに、白雪は涼しい顔をしている。


「泉君、どこにいるのかしら?」


「ああ、集合場所は書いてなかったな……とりあえず中に入ればいいんじゃね?」


「そうね。泉君なら私が鍵を開けられるの知ってる筈だし」


 白雪は事も無げに門を開錠すると校庭に入っていく。誰も居ない深夜の学校。普段毎日のように目にしている筈なのに、同じものとは思えないような異様な雰囲気がその場を包んでいた。夕方に降った通り雨のせいか、霧がかかったように空気がひんやりとしている。


「白雪……大丈夫か?」


「な、なにが?」


「声、裏返ってるぞ?」


 白雪の肩がびくっと揺れる。


(やっぱ怖いんだろうなぁ。俺だって怖いくらいだし)


「ほら、掴まれよ――」


 俺が白雪に腕を差し出そうとした次の瞬間――


 ――きゃはははははははははは!


 静寂に包まれた校庭に、甲高い笑い声がこだました。


「――っ! おい、この声……!?」


「紫……!?」


 辺りを見渡すが、菫野の姿は見えない。


「どうしてまたアイリスガーデンになってるのよ……!?」


「俺が知るか! おい、泉! どうなってんだ! いるんだろ!?」


 ……返事が無い。嫌な予感がする。


「白雪……変身した方がいいと思うんだが……」


「不本意だけど、そのようね……」


 白雪もその異様な雰囲気を察したのか、ゆっくりと首肯する。


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


「………………りん」


 俺達は一斉に『水』に包まれ、その姿を魔法少女スノードロップとマスコットの『亀』に変えた。


(それで変身できるなら、俺だけ頑張って叫ぶ意味なかったな……)


 相変わらず蚊の鳴くような声の呪文詠唱しかしない白雪に若干の不満を感じつつ、周囲の気配を察知する。


「ミタマなんか居ないぞ? アイリスガーデンは何してんだ?」


「そんなの私が聞きた――っ!?」


 不意に、俺と白雪の間を裂くように鋭い風が駆け抜けた。風が来た方向を一斉に振り返る。

 ――ゆらりとした人影。黒いミニ丈のワンピースに、リボンのついたヒールのパンプス。右手には身の丈ほどある銀の大鎌を携えている。

 霧の隙間から零れる月光を刃先で反射させ、チラチラとこっちを照らす。まるで獲物の品定めをするような、いやらしい動きだ。


「今日は『死神』のローブは着てないんだな? ――アイリスガーデン」


「ふふ……今日は、あっついからねぇ……?」


 呼びかけに応じるように、深淵を思わせる濃紺の瞳がこちらを見据えている。

 明らかに、殺意が混じった眼だ。


「紫……! どうしてまた変身しているの!? これ以上変身したら、あなたは……!」


 顔面蒼白な白雪の問いに、アイリスガーデンはやれやれといった風にため息をつく。


「だってぇ……変身しないと、疼いちゃてしょうがないんだもん?」


「な、なにが……?」


「んー? なんか、むずむずしない? 身体も熱いし、心臓がドクドクするの。血管の中にピリピリって、針とか電気が流れるみたいな……変身しないと、おさまらないんだよ?」


「紫……?」


「ねぇ、そういうの、ゆとちゃんにはない?」


 首を傾げ、さも不思議そうに白雪を見つめる。


「それが……あなたの、殺戮衝動……?」


「……なぁに? それ。でも、身体を動かしたくて仕方がないんだよぉ? いつも……いつもいつもいつも……」


 薄紫色の前髪の奥から、『狂気』がこちらを覗いている。


「――――今もねぇ?」


「むらさ――」


 ――きゃはははははははははは!


 言い終わるのを待たず、アイリスガーデンは白雪との距離を一気に詰めてきた!


「白雪っ!」


 動揺している白雪に声を掛けるが全く反応できていない!

 アイリスガーデンは白雪の目の前に迫ったかと思うと何を思ったか手にしていた大鎌をぽいっと無造作に放り捨てる。


「……え?」


 状況が理解できない白雪が大鎌に視線を逸らした、次の瞬間。アイリスガーデンの白くて滑らかな手が、白雪の細い首をするりと愛おしそうに撫でた。


「ねぇ、ゆとちゃん……」


「むらさき? なにを……」


「 あ そ ぼ ?」


「――っ! うっ……っ!!」


 不意に両手で首を絞められ、呻く白雪。アイリスガーデンは天に捧げものをするかの如く、白雪の身体をゆっくりと持ち上げていく。


「あッ……かはっ……!」


「おいっ! やめろ、菫野!」


 俺は咄嗟にアイリスガーデン、もとい菫野に体当たりする。


「……?」


 菫野は鬱陶しそうに視線を投げると、体当たりしにいった俺を片手でキャッチした。そのままの勢いで遠くに投げ飛ばされる。まるでハンドボールのように。

 俺は成す術もないまま、校庭のサッカーゴールにシュートされた。あまりの勢いにネットが引っ張られ、ゴールが土煙を上げながら、ずずずと嫌な音を立てて動く。


「うっ……! ぐえっ……げほっ……!」


(くそっ……! 菫野に白雪を傷つけさせるわけには……!)


 菫野に掴まれた際に絞められ、まだうまく動かない喉にありったけの力を込めて叫ぶ。


「菫野! 聞こえてるんだろ! お前は! アイリスガーデンなんかじゃない! 菫野だ! 白雪の友達の……菫野だろ!?」


 校庭の中央でうっとりとしながら白雪の首を絞めている菫野に、俺の声はまるで聞こえていないようだ。


「菫野! げほっ……やめ、ろ……お前は殺戮兵器アイリスガーデンじゃ、ない……!」


「――無駄だよ」


「――っ!?」


 声の方に視線を向けると、ゴールポストに寄りかかるようにして泉が立っていた。変身していない、いつもの制服姿。開いたシャツの胸元から覗く白い肌が、闇夜にぼうっと妖しく浮かび上がる。


「泉……どういうことだよ、これは……」


「急に呼びだして悪かったね」


「そうじゃねぇだろ! なんで! 菫野が! 白雪を!」


「んー……どこから説明しようかな」


「ふざけんな! アイリスガーデンに言って早くやめさせろ! 菫野にも聞こえてるんだろ?」


「万生橋。何か勘違いしてるみたいだけど、紫とアイリスガーデンは二重人格なんかじゃない」


「は……?」


「僕らの目の前にいるアレは、間違いなく紫なんだよ。『絶望』に満たされて感情があっちとこっちで乱高下しているだけで、記憶も、気持ちも、元は紫のものだ」


 淡々と話す泉の顔は、いつもみたいな胡散臭い笑顔を浮かべていなかった。


(泉のやつ……マジなんだな……)


「じゃあ、菫野の善意に訴えかけても無駄……ってことかよ」


「万生橋にしてはめずらしく察しがいいね。もう誰の声も聞こえてないよ、今の紫には」


 どこか遠い眼差し。視線の先には友人を手にかけている菫野が映っている。


「ゆとちゃん? 一緒にあそぼ? ねぇ……?」


「うっ……むら、さき……」


「ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ?」


 白雪の首がぎりぎりと締まる。呼吸をするのも苦しそうだ。苦痛に顔をゆがめる白雪の口元からは、泡のようなものが出ていた。


「おいおい! まずいだろ……なんとかなんねーのかよ……」


 自分の両手に視線を落とす。手じゃない、ヒレだ。


「ちくしょうっ……!」


(こんな小さな亀の姿で、何ができるって言うんだ!何が守護者マスコットだよ? 目の前で争ってる女の子の間に、割って入ることも出来ないくせに――!)


 歯噛みする俺をよそに、泉は涼しい顔をしている。


「……泉。お前、どうしてまた菫野を変身させたんだ。俺なら絶対、変身はさせない」


「僕だって、変身しないでくれたらどんなに楽か」


 表情に反して、腕組みをするその手には力が入っていた。


(そうか……こいつも、悔しいのか……)


僕ら(マスコット)は所詮、彼女たちのサポートしかできない。だけど、魔法少女は戦うたびに傷ついて行くんだ。その身のうちに、浄化しきれなかった『絶望』をため込んで……」


「――泉?」


「なぁ、万生橋? 僕らは、彼女たちの為に何ができると思う?」


 虚ろな眼差しで問いかける泉。その身に潜むただならぬ気配に、マスコットとしての感知能力が警鐘を鳴らす。ゆらりとゴールポストから背を離した泉は、世にも優しい笑みを浮かべて囁いた。


「力を貸して、あげられる。その身を焦がす『絶望』を、解放する力を――!」


「なっ――!?」


「紫、もういいだろう!? 僕たち頑張ったよなぁ!? もう我慢しなくていい! なにもかも忘れて、お前の中から溢れる衝動の好きにさせるんだ!」


 その声に菫野がこちらを振り返った。

 締め付けていた白雪の首をぱっと放して落下させると、苦しそうに咳き込む白雪のチョーカーを掴み直す。そして、まるで遊び飽きたおもちゃを捨てるかのように後方に向かって白雪を放り投げた。白雪は呼吸がうまくできず、体勢を崩して悶えるばかりだ。


「白雪っ……!!」


 何をされても決して菫野に反撃しない白雪。その姿に、怒りとも悲しみともとれる感情が湧きあがる。そんな俺をよそに、泉は淡々と言い放った。


「……頼む。受け止めてくれ」


「――っ!?」


「解放した紫の『絶望』を、半分貰ってくれないか? そうすれば、紫は助かるかもしれないんだ。飽和しきった心の容量に、空きができるかもしれないって。心が帰ってくるための、隙間が……!」


「は!? お前なに言って――やめろ泉! そんなのデタラメだ! 『半分こ』って……誰に聞いたか知らねーが、そんなことしたって結局はいつか共倒れになるだけじゃねーか!? 菫野がどうして『絶望』をため込んでるのか判明させない限り――」


「デタラメでもなんでも! やるしかないんだよ! 他に方法なんて無いんだから!! 今しなければ、もう紫の心は帰ってこない!!」


 声を荒げた泉は意を決したように拳を握りしめる。そして、告げた。


「紫……潰せ。白雪さんを」


「しきぶ……?」


「再起不能にして、お前の『絶望』を痛み分けするんだ。さぁ、『絶望』を解放しろ――!」


「――【眷属絶対服従権ヴァンピール・オーダー】!」


 泉の手にしたサイリウムが禍々しい紫紺の輝きを放つ。いったい何をしたのか俺には全くわからない。しかし、命じられた菫野の瞳から光が消えて、狂気が再び顔を出す。


 ――きゃはははははははははは!


「来いよ、万生橋。そして、スノードロップ……」


「「……!?」」


「僕たちを、助けてくれよ……? だって、それが――」



――『魔法少女の仕事だろう?』



「……っ!」


 俺は倒れている白雪に向かって声を張り上げた。


「白雪! 反撃しろ! 泉の奴、本気だ!!」


 だが、白雪は頑なに首を横に振る。


「イヤよ、紫を攻撃するなんて。友達を傷つける為に、私は魔法少女になったんじゃない……!!」


「立て、白雪! 頼むから! 俺はお前に、死んで欲しくないっ!」


「……!」


 ハッとしたように目をみはる白雪。それを確認した泉はゆらりと目を細め、蠱惑的な笑みを浮かべた。薄く開いた唇の隙間から、闇夜に映える白い八重歯が妖しく覗く。そして、サイリウムを手にしたままぼそりと呟いた。


「ヴァルプル・メタモル・ヴァンプル・トゥハーデス――」


 瞬く間に、泉が黒い霧に包まれる。


(変身か――!)


 霧が晴れると、そこには一匹のコウモリがいた。大きな翼を翻し、菫野の元へまっすぐに飛んでいく。菫野はコウモリに気がつくと、そいつをそっと肩に乗せた。


「さぁ、行くよ? 楽しい狩りの時間だ……!」


「ふふっ……♪」


「来るぞ白雪! お姉さんの為に誰よりも努力してきたお前が、我を失ってる菫野に負けるわけがない! 立て! 立つんだ! がんばれっ!!」


 励ますように声をかける。何ができるかなんて関係ない。魔法少女を応援するのが、守護者マスコットの最低限の務めだ。

 俺は今更ながらにどうして魔法の変身アイテムがサイリウムの形をしているのか、わかった気がした。だって、魔法少女は――声援を受けて立ち上がるんだから!


「……紫、目を覚まして。ううん……私が、覚まさせてあげる!!」


「……ゆとちゃん? ようやく遊んでくれる気になったのぉ?」


 ――きゃはははははははははは!!


 笑い声にも叫び声にも聞こえる甲高い声が再び校庭にこだまする。

 菫野がゆらりと身体をこちらに向けた。


「うれしい……♪」


 そう呟くや否や、大鎌を構え一瞬にして間合いを詰めてくる! 相変わらずバカみたいな速さだ! 蕩けるような表情でこちらを見つめる視線の先には――


 ――白雪の首。


(来るっ――!)


「白雪!」


「わかってる! やるしか……ないのね!」


「――【清流の水柱(ストリーム)】!」


 白雪が杖を振るうと、水の柱が地面から次々に沸き上がった。まるで間欠泉だ。


(うまい! 菫野のコースを絞った!)


「まだまだ!」


 続けざまに水の壁を複数展開する。急に目の前にあらわれた水の壁に、思わず後方に跳躍する菫野。邪魔されて、子供みたいにムッとした顔をしている。


「むうぅ……式部ぅ!」


「はいはい。どうしようか?」


「今日はぁ……串刺し?」


「りょーかい」


 菫野がなにやら合図すると、コウモリは翼で自身の身体を包み込む。その姿は一瞬にして闇に溶け、菫野の右手に黒い霧が纏わりついた。


「――【血染めの禍ツ杭槍(ブラッディ・ステイク)】」


(なん……だ? アレ……)


 霧が晴れると、菫野の手には身の丈ほどある赤黒い長槍が握られていた。


「式部っ――空飛ぶやつ!」


「あーもう、わかってるって!人使い荒いなぁ……」


「――【夜闇の花嫁ヴァージン・トゥ・ハーデス】!」


 再び姿を見せたコウモリが詠唱し、今度は菫野の背中にぴったりと張り付いた。黒い霧が菫野の上半身を包み、未知の生物が姿をあらわす。


「なによ、アレ……」


 月光に照らされて浮かび上がる、漆黒の両翼。


(うそだろ……あんなの、漫画でしか見たことねーぞ……)


「悪魔……だ……」


(それ以外の、なんだっていうんだ……)


 呆然と立ち尽くす俺達の目の前に姿を見せたのは、まるでおとぎ話のソレ。そうだとしか形容できない奇妙な格好をした菫野だった。

 背中の肩甲骨辺りから生える巨大なコウモリの翼を羽ばたかせ、校庭の上空から凍り付くような、それでいて燃えるような眼差しでこちらを見下ろしている。


「ふふっ。いっくよ~~?」


 短く笑うと、右手に構えた長槍を大きく振りかぶる!


「ヤバくないかアレ!?」


「そんなの、わかってるわよ!!」


 あんなモノをあの高さから投げられたら、水の壁でも氷の壁でも防げない。軌道を逸らすにしたって『水の魔法少女』である白雪の手の内にそんな頑丈な手段カードは無かった。


「そぉれっ!」


 槍が放たれた。柱も壁も貫いて、まっすぐこちらに飛んでくる!


「いやっ――!!」


 頭を抱えてうずくまる白雪。普段絶対に見せないようなそんなか弱い姿を見て、俺は思う。


(俺が守らなきゃ、ダメだ――!!)


 頭の中は、真っ白だった。無我夢中で白雪と槍の間に割って入る。そして、白雪を正面から抱き締めるようにして抱え込んだ。

 ――否。抱え込むつもりで、その胸元に張り付いた。


(俺は、魔法少女の……パートナーなんだから!!)


 脳が痺れるほどに、心の中でそう叫ぶ。言い聞かせるように、訴えかけるように。槍が俺の背中を貫こうとしたとき、ある言葉が頭に浮かんだ。俺は縋るようにその名を叫ぶ。


「――【守護北神の盾(トータス・シールド)】!!」


 その瞬間――背後に大きな盾が顕現し、俺達を守った。


「「……はぁ?」」


 同時に驚く泉と菫野。俺もその目を疑った。菫野の渾身の槍を防いだソレは、よく見ると盾ではなく、甲羅だった。そう――俺の甲羅だ。『亀』の甲羅が、俺達を守ったのだ。


「あーっはっはっは! 何だよソレ! 甲羅ぁ?」


 泉の声が校庭に響く。


「――殺る気あんの?」


「うっせーな! こちとら必死だったんだよ! お前らこそ、ちゃっかり防がれてんじゃねーか!」


 必殺技が亀っぽいとか、もはや気にしている場合ではない――とか思いつつ、なんだかんだで言い返す。

 前に白雪も言っていたが、やっぱり技名を叫ぶとテンションというか威力が上がる気がするのは本当だったようだ。使ってみて、初めてわかったよ。本気のときほど、恥ずかしくても叫ぶ意味。


「ははっ。言ってくれるねぇ? ――紫!」


 白雪が俺に励まされたように、変身中のマスコットと魔法少女の感情はどうしてもリンクしてしまいがちになる。菫野同様、『病み』に飲まれかけている泉は嬉々とした声音で再び霧と化した。現れたのは、複数の長槍。


「……数打ちゃ当たる作戦?」


「数打って壊す作戦」


「はーい」


 菫野は周囲に浮かぶ長槍を手当たり次第に投げてくる! まるで雨あられ。当たるとか当たらないとか気にしないで、そりゃもうガツンガツン。甲羅が嫌な音を立てて軋む。


「ガトリングガンかっての……っ!」


「万生橋! 大丈夫!?」


「お前が俺の心配をする日がくるなんてな……」


 強がってはみたものの、痛みというか衝撃はそれなりにある。甲羅は俺の背とは離れて大きく展開されているとはいえ、まるで直接当たってるみたいな感覚があった。


「ぐっ……」


 思わず苦痛に顔をゆがめる。一方でぱたぱたと羽ばたく泉は未だ余裕といった表情。


「紫、半分以上外してるんだけどぉ? 作るのも楽じゃないんだから、ちゃんと狙ってよね?」


「式部! もっと! もっと!!」


「えぇー……またぁ? わかった、わかったから。あとでちゃんと血、飲ませてよ?」


「あげるあげる!」


(マズイ、このままじゃあ……!)


 そうこうしているうちに再び大量の槍が降ってきた。言われた通りに狙いを定めているのだろう、今度はよく当たる!


「だああああ! 俺もそろそろ限界だ! 白雪、今度はお前がなんとかしてくれ!」


 俺の呼びかけに白雪は大きく頷いた。


「やってくれたわね……紫!!」


 杖をしっかりと地につけ、集中する。周囲の空気が次第にひんやりとしてきた。更に杖を振るい、間欠泉から水を吹き上がらせる。


「……? 何するつもりか知らないけど、僕がついてる紫に白雪さんの攻撃が当たるわけないでしょ? ほら――下から水が上がってくるよ、次、右。避けて」


「はぁーい」


 泉の指示に従い、器用に水を避けて飛行する菫野。視認できる距離を保っているのか、高度を上げて飛んでいないことがせめてもの救いだ。

 一方で白雪の水流はまるでこちらの動きが読まれているかのように、すいすいと躱されてしまう。


「さすがに空飛ばれてるとキツイな……っつか、全然当たらねー。読まれてんのか?」


「いくら泉君がなんでもできるからって、未来予知とかそれは流石にないんじゃ……」


(未来予知……予測……?)


「――あ。」


 そう言われて、思い出した。一昨日テレビで妹と見た、動物ドキュメンタリー番組を。


「それだ、白雪! 泉は多分、超音波で水の流れを読んでる!」


「超音波……?」


「だって、あいつ『コウモリ』じゃねーか!」


「『コウモリ』……! まさか、エコーロケーション!?」


「さすが白雪。よく知ってんな?」


 俺は一昨日初めて知った。前に遊園地に遊びに行ったときのアトラクションでイルカがそんなことするって聞いた気がするが、その仕組みを知ったのは一昨日だ。

 イルカやコウモリみたいな動物は超音波を使い、その音の反響を受け止めることで周囲の状況を把握することができるらしい。なんつー便利な能力。『おれ』にもそんな力が欲しい。


「じゃあ、私の間欠泉の動きも読まれて……」


「だろうな。まずは泉をなんとかしねーと」


「でも、泉君さえなんとかできれば……」


「ああ、いけるぞ。菫野は基本、泉がいないと近接攻撃しかしてこない。鎌なら俺が防げるし、距離取っちまえば『水』が使えるお前の方が圧倒的に有利だ」


(でも、どうする? どうやったら泉を止められるんだ……?)


 俺が両方のヒレでつるつるの頭を抱えていると、白雪は思い立ったように杖を構える。


「白雪、まさか、なんとかできんのか……?」


「ええ……たぶん。泉君が超音波でエコーロケーションしてるっていうなら……」


「――【月まで届く泡(ムーンティア・バブル)!】」


 杖を大きく左右に振る。すると杖の先から無数の細かい泡が発生し、校庭の上空を埋め尽くしていった。


「チッ……」


 泉が舌打ちすると、司令塔を失った菫野は翼をバタつかせ、ふらふらし始めた。


「おおお! なんかわかんねーけど、効いてるぞ!」


「超音波の基本的な構造は『振動』よ。泡がはじけた振動は超音波が反射される方向を惑わし、水中の音波も散乱、減衰させる。私の『水』の動きは読みづらくなる筈。――そうでしょう? 泉君?」


「あーあ。まさか、エコーロケーションに気づいただけでなく、こうもあっさり対策されるとはね。さすが校内随一の秀才と呼ばれるだけのことはある。恐れ入ったよ、白雪さん」


 菫野の隣でパタパタ飛んでいる泉は翼で頭おさえてやれやれといった様子だ。


「でも、甘いよねぇ? ――紫?」


「はーい。バイバーイ♪」


 菫野が背中の翼を大きく羽ばたかせると、泡は風に煽られてみるみるうちに消えていった。


「まだよ!」


 泡に気を取られている菫野に白雪は追い打ちをかけるように水流をけしかける。病院で見た、相手を拘束する細い縄のようなやつだ。


「うう……鬱陶しいってば!」


 ――パアンッ!


 今度は翼で『水』を弾かれた。


「くそっ、いいとこまでいったっていうのに……!」


「何? これだけ? もうちょっと何かしてくると思ったけど?」


「式部ぅ~反撃しようよ~?」


「――だよなぁ? そこで見てなよ、万生橋。天才の僕が、守護者マスコットの力の正しい使い方を教えてやるよ!」


 高らかにそう叫ぶと、泉の姿が闇に溶けた。


「まだ何かしてくるっていうのかよっ……!」


 俺の隣で杖を握る白雪の手に、力が入る。次の手を警戒しているんだろう。


 『――ふふっ』


 短い笑い声が聞こえたかと思った、刹那。白雪の身体が宙に浮く。


「「え――?」」


 あまりに一瞬の出来事に、何が起こったか全くわからない。


「うっ……離し、て……」


 声の方に目を向けると、銀の鎖に縛られた白雪が校庭の真ん中で宙吊りになっていた。鎖の先には菫野が手にしている鎌。さっきまで手にしていた筈の大鎌ではない、鎖鎌のような形状をしている。

 菫野はそれを携え、飛翔して更に高度を上げた。白雪は鎖に引き摺られるように空へ連れ去られ、ぶんぶんと振り回される。身体中に鎖が食い込み、苦しそうに呻くことしかできない。


「うぅっ……あッ……う……」


「ほんとは刻むほうが好きなんだけどねぇ……?」


「女の子なんだからあんまりキズモノにしちゃダメだろ? ほら、離してやりな? 落下の衝撃で気を失わせてしまえば、僕らの勝ちだ。紫の『絶望』を、半分受け取ってもらおうか!」


「はぁーい♪ ふふふっ……!」


 菫野は軽―く返事をすると空中で鎖を緩める。

 支えを失い、白雪が自由落下を始めた。


「白雪っ!!」


(どうする! 盾を出すか? でも、俺の盾じゃあ硬くて余計に落下の衝撃が……!)


 かくなる上は……と上空の白雪の方を仰ぎ見るが、一向に落下してこなかった。


「なっ――」


 白雪は、菫野におもちゃにされていたのだ。正確には、落下を阻止するように下方から攻撃を加えられている。さっきの鎖鎌でなく、大鎌に戻った、その銀の柄で。


「ふふ……ゆとちゃん、楽しい?」


「う……げほ……」


「苦しそうだねぇ? 今、おもちゃ箱に入れてあげる……式部! マジックボックス!」


「棺だってば! もう……!」


「――【鮮血の棺(クリムゾン・グレイブ)】!」


 菫野が手を掲げて合図をすると泉が詠唱する。すると先程から鎌に纏わりついていた黒い霧が密集し、銀の十字架の細工が施された洋風の棺があらわれた。あの、映画でヴァンパイアとかが眠っていそうなやつ。


(泉の奴、ほんと何でもアリかよ!? これがマスコットの実力の差だっていうのか……!)


 その圧倒的な能力差に思わず歯噛みする。


「コレ、好きじゃないんだけど? だって僕も痛いし」


 不服そうな泉が今度は棺に纏わりつく。すると、棺は意思を持ったようにそのくちを大きく開けた。よく見ると、蓋にも棺本体にも無数の刺し傷や切り傷の痕がある。


「はぁーあ……いただきまーす……」


 心底嫌そうな泉の声がすると、棺はそのまま白雪を飲み込んだ。


『~~~~っ!!』


 閉ざされた蓋の内側からドンドンと、『出せ』と言わんばかりの音が響いてくる。


「ゆとちゃん、一緒にショーしよう? きっと楽しいよ~? うまく抜け出せるかなぁ~?」


 落下を続ける白雪と棺の下方では、空中で無数の短剣を両手に構えた菫野が恍惚とした表情で舌なめずりしている。


「ふふふふふ……ど・こ・が・ア・タ・リ・かなぁ~?」


「あいつらまさか……閉じ込めて棺ごと白雪を刺すつもりか!?」


「一本目ぇ~……♪」


「やめろっ……! 洒落になんねぇぞっ!!」


 菫野の一投目が振り上げられる――

 ――その瞬間。


『――【絶対・零度(アブソリュート・ゼロ)】……』


「……? 何? 寒い……動かない……」


 不意に菫野が動きを止める。翼がうまく動かせないのか、じたばたと滑空するように地上に降り立ち、その場にへたり込んだ。


「――は? 紫? 一体なにが……」


 次いで棺がコウモリの姿に戻り、ふらふらとよろめきながら菫野の傍に落下していく。地上に落ちる頃にはそのコウモリの姿すら維持できず、変身が解かれた泉が校庭に鈍い音を立てて落下した。


「白雪――っ!!」


 俺は棺を失って生身のまま落下してくる白雪に目を向ける。


(白雪は足場のない空中で飛ぶ手段なんて持ってない!どうする、どうする……!)


「あああああ! こうするしか! ねーよな!!」


 俺は変身を解いた。『亀』ではなく生身の人間姿のまま、落下してくる白雪の真下に駆け込み、両手を広げる。


「白雪! 俺の上に落ちてこい! 何もできねー『亀』でも、クッションくらいにはなるだろ!!」


「へ……!? ちょっと、万生橋――きゃああああああっ!!」


 ――ぐしゃあっ!


「うぐぇっ……!」


 白雪が、落下した。俺の上にダイレクトに。自由落下の速度で。

 仰向けに倒れたまま、俺の胸元に顔を突っ伏している白雪に声を掛ける。


「――大丈夫、か?」


「…………」


「怪我は……って、怪我ばっかだな、お前。はは……」


 怪我はしていたが菫野に受けた傷は浅く、致命傷には程遠いものばかりだった。無事を確認して安堵したせいか思わず笑いが零れる。


「……ばかっ! 危ないじゃない!」


「せっかく助けたのに、またそれかよ?」


「う……あ、ありがと……」


 おずおずと恥ずかしそうに俺の上から退く白雪。


「はいはい。っと、菫野達は――? へっくし! 寒っ……!?」


 ふたりの様子を確認しようと立ち上がる。気がつけば、校庭が冷蔵庫の中にいるみたいに冷気に満たされていた。


「ふたりなら寒くてしばらく動けない筈よ。さっきの泡に冷気を満たして凍らせたもの。術者である私の至近距離にいたし、翼は凍って感覚も麻痺していると思う」


(白雪のやつ、いつの間に……)


 相変わらずの機転と手際の良さに感心する。


「――ん?  術者のお前はともかく、俺、寒いだけでなんともないぞ……?」


「『亀』だから……? まぁ、頑丈なのはあんたの取り柄よね?」


 白雪はどこか自慢げにふっと笑うと、校庭の中央に視線を向ける。

 翼が凍り、睫毛や頬に霜をおろした『闇の魔法少女』コンビ。身体の芯から冷えるのか、寒さに震えながらも青く染まった唇を開く。


「まだ……! 負けてない! 『絶望』をなんとかしないと、紫が――!」


 鋭くこちらを睨めつける泉に同調するように頷く菫野。けど――


「やめておけ泉! 菫野も、もう限界だろう!?」


「限界じゃない! 紫が『やれる』って言ってるんだ! だから、まだやれる!」


「けどあなた達、震えて立つのもやっとじゃない!」


「そうだ! お前らは俺達に倒された! 負けを認めろ!」


 その言葉に、泉がゆらりと立ち上がる。寒さで震える身体を抑え、関節に張り付いた氷をパキパキと鳴らして、静かに口を開いた。


「負けた……? 倒した、だって? 僕たちを? お前らが?」


「「…………」」


 その異様な雰囲気に、俺達は唾を飲み込む。

 次の瞬間――泉は激昂した。


「『倒した』なんてよくも簡単に言ってくれるよね!? 僕たちが! 今までどんな思いで強くなってきたかも知らないくせに!」


「なっ――」


「僕と紫は! 少しずつ色んなスキルを身に着けて! 改良と工夫を重ねて! 沢山ミタマを倒して! ずっと一緒に頑張ってきたっていうのに! どうして、こんな……!」


 声が震えているのは寒さのせいなのか。

 それともこれは、泉の心からの声なのか。


「紫が自分を取り戻すまで! 僕は何度でも這い上がる! たとえそれが友人を地獄に引き摺りこむことになったとしても! 僕は、僕たちは……! お前らみたいな、なりたての素人に! あっさり負けるわけにはいかないんだよぉ!」


 泉の声に、菫野がよろよろと立ち上がる。その目に宿る紫紺の闘志。どうやらマスコットの声援で力を取り戻したようだ。


「黙って聞いてりゃ……! お前らがその気なら、こっちだって!」


 俺は白雪を振り返る。もうぶっちゃけ菫野の為とかいうことは頭から吹っ飛んでいた。泉達が今までどうしてきたかは俺にはわからない。けど、俺達だって頑張ってきたんだ。こんなところで一方的に言われっぱなしじゃ俺だって黙っていられない。


「お前らのことなんか知らねーよ! ああ、知らないね! けど、俺と白雪だってそれなりに頑張ってきたんだ! いざガチンコで戦うって時に、黙ってサンドバックにされると思うなよ!?」


「はぁ!? 万生橋のくせに生意気なんじゃないの!? 僕の紫が! お前らなんかに負けるわけないだろうっ!?」


「うるせー!! 俺はともかく白雪はなぁ! ずっと強くなろうって、頑張ってきたんだよ! お姉さんの為に、ずっとずっと! たったひとりで! 変なあだ名付けられても! それでも頑張ってきたんだよ!」


「ちょ、万生橋!?」


「俺のことはどう言ったって構わねぇが、白雪までバカにすんなら許さねぇぞ!」


 俺は、杖を両手に赤面する白雪に告げた。


「今度こそ、徹底的に勝つぞ白雪! お前の水流、俺の盾に反射させて倍にして撃ち返せ!」


「わ、わかった……!」


 その眼差しから本気度を悟った白雪が杖を構える。


「ふーん……そういうことするの。紫、全力で行け! お前が望むなら、僕は何にでもなれる! さぁ、何がいい!?」


 問われた菫野は大鎌を構え、やる気に満ちた声を張り上げた。


「うん、全力……! 式部! はかいこうせん!!」


(えっ?)


 その返答に、泉は菫野を二度見する。

 さっきから随分とあいまいな菫野の要望に的確に応えてきた泉も、流石に今回は意味不明らしい。勿論、俺達も意味不明だ。強そうなのは伝わるが。


「……はかいこうせん?」


「うん! はかいこうせん! ゆとちゃんが水を撃ち出してくるなら、こっちもビームだよ!」


「ああ、そういう――相殺すればいいのね?」


「うん!」


「なんかビームっぽいので?」


「うん!」


「りょーかい」


 驚異の幼馴染パワーで意思疎通をはかった『闇の魔法少女』コンビ。

 俺達は即座に水流を撃ち出す構えを取った。


「やられる前にやってやれ! 白雪!」


「――【守護北神の盾(トータスシールド)反転倍化リフレクト】!!」


「――満ちて。月下の青海……」


 甲羅の盾を顕現させて、杖の先に逆巻く水の奔流を集中させる。

 俺達に負けじと泉も詠唱した。


「――【血染めの禍ツ杭槍(ブラッディステイク)機銃フォルムカノン】!」


 再び変身して闇に溶けた泉は、菫野の手に赤い装飾の入った黒い砲身の大型機銃を齎した。

 俺にはわかる。アレは――ガンランスだ!

 そして菫野が望むなら、あの砲身からは夢いっぱいのビームが出るに違いない。


(槍の……応用技!?)


「オタクでもねーのにそこまでできるなんて……やっぱお前天才か!」


「万生橋に褒められても嬉しくないね。飛べ、紫! 上から一網打尽だよ!」


「わぁあ! やっぱ式部すごい! ふふふっ……!」


 菫野はきゃっきゃと騒いで嬉しそうだ。先程まで渦を巻いていた狂気が技を連発するたびに少しずつ漏れ出して、心なしか晴れやかな表情にすら思えてくる。


(あれ……? この作戦、案外アタリかも――?)


 視線を送るとそこには、機銃を出して疲れたせいか変身を解いて校庭に座りこんでいる泉がいた。その顔は微笑んでいる。女たらしと名高いあの蠱惑的な笑みではない。見たことのないような、やさしくてあたたかい笑顔。


(泉……あいつも気がついて……?)


「ふふっ……『闇』の力は変幻自在。それに僕って天才だから。さぁ、次の一撃で――」


 羽ばたいた菫野が上空で機銃を構えると、呼応するように泉の声がする。

 俺達も必殺の一撃を構えた。


「行くぞ白雪! 『水』の力は……一球入魂だ! これで――」



「「ぶちのめしてやるよ!!!!」」



 俺達マスコットの声を受け、魔法少女達が一斉に詠唱する。


「逆巻け! ――【満潮の渦ルナティック・フラッド】!!」


「きゃはは! 行っくよ~! 【|禍ツ杭槍・殲滅ノ奔流《ミラクル☆はかい☆こうせん》】!!」


 ――ドォォオオオンンンッ――!!


 甲羅の盾によって威力の倍化した激流と、禍々しい黒い光を放つはかい☆こうせんが激しくぶつかり合う! 見慣れたはずの校庭は衝撃による光と音で全くその姿をとらえることができない。だが、目が見えないのはお互い様だ……!


「今だ、白雪!」


「わかってる!」


「――【氷牢の階(グラース・ステアー)】!」


 杖を振るうと、無数の氷の板が階段のように天へと道を作っていく。白雪はその階をぴょんぴょんと舞うように駆け上がると、菫野の真上に到達した。そして思いきり杖を振りかぶる! 泉と菫野ははかい☆こうせんに夢中で気づいていない!


「あははははっ! ボロ雑巾になっちゃえ~!!」


「……水は囮よ? 残念だったわね、紫?」


「えっ?」


「たんこぶできたら! 絆創膏あげるね!」


「や――!」


 月をバックに、バニーのシルエットが鮮やかに弧を描くように翻る。

 白雪は身体を軽やかに捻ると思いきり杖を打ち下ろした!


「一球入魂 ――【破壊ノ孤月城アイソレイション・シャトー・ブレイク】!!」 


「――っ!!」


 白雪の殴打がクリティカルヒットした菫野は、機銃を手にしたまま轟音と共に校庭に彗星のごとく打ち付けられる!


 ――ピシピシピシィッ……!


 落下と同時に菫野の周りを氷が埋め尽くしていき、あっという間に氷の城が姿をあらわす。白雪は氷の階から城の天辺にぴょんと飛び乗ると、地に堕ちた菫野に宣言した。


「――私の勝ちね?」


 氷の女王様、完全勝利宣言だ。


「う……」


 氷の城の城門辺り。ギリギリのところでアイリスガーデンの姿を保って呻く菫野に、降り立った白雪はそっと手を伸ばす。


「紫……立てる?」


「あ……ゆとちゃ――」


 白雪の手を握り返そうとした次の瞬間、菫野の様子が一変した。


「ううううう! うあああああ!」


 両腕で身体を抑え込んだまま、苦しそうに呻きだす。


「あ……あう……けほっ……ううううう!!」


「菫野!? どうした!」


「紫! ちょっと我慢して!」


 白雪が杖を振るうと水の縄が菫野を拘束し、凍り付いた。


「うあ……あ……いやあああああああ――――!!」


 菫野が天高く悲鳴をあげると拘束された身体から黒い靄が一斉に湧き出し、霧散した。


「な……何よ、コレ!?」


「わ、わかんねーよ!」


 菫野の身体から発生した靄は俺達が呆気に取られているうちに闇夜に紛れて消えていった。菫野はゆらりと力なくその場に倒れこむ。倒れた拍子に変身が解け、拘束していた氷も砕けてぱらぱらと空に消えていった。


「――紫!!」


 声がした方に視線を向けると、落下の拍子に放り出されたコウモリでない泉が、ふらふらと駆け寄ってきていた。よく見ると睫毛が凍り、頬に霜が降りたままだ。傍まで来ると、菫野の身体を抱きかかえて起こす。


「おい! 大丈夫か!? 起きろ! ……紫!」


「――? ……式部?」


「よかった……けど、何ともないわけ、ないよな……?」


 泉の問いに、菫野は満面の笑みで答える。


「えへへ……楽しかったぁ……」


「――っ!」


 近頃の菫野からは想像もできないほどの、いい笑顔。


「紫……あなた……」


「菫野……お前、笑って……」


「ふふふっ! ともだちとケンカして、殴り合って、仲直りなんて……青春みたいだね?」


「むら、さき……?」


「これで夕焼けの河原だったら、完璧だったのになぁ……?」


 あまりの事態に動揺を隠せない俺達だったが、一番驚いているのは泉だったようだ。目を見開いて、長い睫毛をぱちぱちとさせている。

 瞬くたびに睫毛に張り付いた氷がパラパラと散り、目尻には溶けた氷が涙のように溜まっているのが見えた。それとも、本当に泣いていたのか。

 しばし呆然としていた泉だったが次第に現状を理解したのか、ほっとした表情を見せる。そして、ゆったりと目を細めて呟いた。


「へぇ……そんな顔も、できるんじゃん……」

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