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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第14話 絶望の足音


     ◇


 火曜日。僕の最も恐れていた日は唐突に訪れた。

 僕はいつものように窓から侵入し、幼馴染を学校へ連れて行こうと手を伸ばす。


「紫? 学校いくよ?」


「ん。おはよ……」


 制服姿に着替えていた紫は姿見の前で髪を整えながら、視線をこちらに投げた。ふわりと払われた黒髪が肩のあたりで揺れる一瞬、白いうなじが覗く。なんだかとってもいい匂いがして、僕は思わず声をかけた。


「ねぇ、今日は今、貰ってもいい? 放課後じゃなくて」


「え? 血を?」


「そう。今欲しい」


「ん~、いいよ」


 何の恥じらいもなく許可が下りることに呆れながら、首筋に噛みつく。寝起きで低血圧だからだろう、紫の肌は日中よりも一層白さが際立っていた。


(最近反応が薄くてつまらないんだよなぁ。今日は痛くしてみようかな……)


 吸血するのに必要なせいかマスコットになってから異常に発達した八重歯。普段は最低限しか当てないように注意しているけど、今日はわざと食い込ませ、血を啜る。


「痛いよ。式部」


「……?」


(うそ、だろ……?)


 全身から血の気が引いていくのがわかる。紫のじゃない。僕のだ。

 牙を更に食い込ませてみる。柔らかい肉に亀裂が入り、啜るまでもなく血が流れ出した。


「式部? 痛いってば」


「――嘘。全然痛そうな顔……してないじゃん……」


 こないだまではもっと顔をしかめるとか、呼吸が荒くなるとか、そういう反応があった。でも今日は何も無い。その瞳には僕の姿がガラス玉のようにただ反射して映っているだけで、紫の脳に僕のことが伝わっている気配がまるでない。虚空を見つめ、ただ血を吸われているだけだ。

 本当に『痛い』と思っているのかが全く伝わってこない。呟くように発せられた言葉は後付けの様に、まるで現実味を帯びていなかった。


 紫はとうとう――完全に感情を失った。


「ちっ……ふざけるなよ……」


(人形みたいに綺麗な顔、しやがって……)


「痛いなら、もっと痛そうにしなよ」


「だから、痛いってば」


 紫を無視して血を啜る。少しでもいい。人間らしい反応を探して――


「式部。おこるよ?」


「怒りなよ」


「痛いの、いやだ」


「なんだよ、それ……」


 顔の筋肉がぴくりとも動いてないし、言葉も、幼稚園のお遊戯会以下の棒読みだ。


「なんなんだよ……」


(『痛い』という生理現象にも近い感情さえ失ったら、後はどうしろっていうんだよ……)


 こないだまでは。確かに反応があったんだ。けど今日は何もない。本当に、何もなくなってしまった。

 陶器でできたみたいな滑らかな肌に、血の赤は滲んでも、紫の感情は浮かんでこない。怒りも、悲しみも、痛みも、憎しみも――何もかも。


「紫……ほら、痛いだろ? 僕を恨めよ」


「……いたいよ」


(もうだめだ。何も届いてない)


 こんなつもりじゃ、なかった。僕はただ、紫が楽しそうにしているのを見るのが好きで、わくわくして欲しくて。隣で笑って欲しくて。そんなキミが、欲しくて。ただ、それだけだった筈なのに……

 人形のようになってしまった紫に声をかける。

 祈るように、縋るように。


「紫……怒れよ。泣けよ……笑って、くれよ……」


「式部?」


 紫がこちらを覗き込む。何を考えているかは、僕にはもうわからない。

 視界にチラつく散らかったゴミに、来るときに一瞬見えた、ズタズタに引き裂かれたリビングのソファ。脳裏に浮かぶ、ソレを作りだす紫の荒れ果てた姿……


「式部。学校、行かないの?」


「そんな気分じゃない……」


 心臓が早鐘のように鳴り響く。胸の内と背後に感じる、『絶望ハーメルン』の気配。僕の頭は本能的に『従ってはいけない』という想いと、『誰でもいいから助けてくれ』という想いのぶつかり合いで、頭をハンマーで叩かれたみたいにチカチカとしていた。そして、僕の口から縋るように零れた言葉は――


「どうすれば、いい……?」


 『絶望ハーメルン』は、応える。


魔法少女しらゆきゆうとと、戦いなさい。全力で、潰しあうのです――」

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