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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第12話 パートナーチェンジ


      ◇


 月曜日。結局これといった解決法を思いつくこともなく、僕はただ呆然とした時間を過ごしていた。

 頭の中に浮かんでは消えるハーメルンの言葉。


『絶望を解放すれば、あなたの魔法少女は一命を取り留める……』


(あいつは、絶対に関わってはいけない奴だ。しかし、僕にできることは現状なにもない)


 一方であいつは『今の私のように、楽になれる』とほのめかしていた。

 もしハーメルンがかつて魔法少女とそのマスコットだったのだとしたら。あいつは確かに生きている。考え方はイッちゃってるように思うが、思考は正常で対話も可能。ときおり笑みを浮かべて、僕に誘いを断られたことを悲しんだり、残念がったり。感情の起伏もある。心を壊していることは無い、と言えるのだろうか。


(紫がこれ以上狂気に飲まれるようならば、あるいは――)


 そんな鬱屈した気分のままクラスの奴と昼食を取っていたら、隣のクラスの白雪さんに呼び出された。教室の入り口に身体を預け、腕組みをしたまま上目がちに僕を見上げている。


「泉君。放課後にちょっと、話があるんだけど……」


「何? 告白? 悪いけど、気の強い女の子は好きじゃな――」


「そうじゃない……とにかく、放課後屋上に来てもらえる?」


「別にいいけど……」


(何だろう? 普通に考えれば紫がらみの話だろうけど、こんなに早く解決法が?)


 まさかと思いつつ席に戻ると、にやにや顔で話しかけられた。


「おっ、遂に『孤高ツンドラの雪兎』も陥落か?」


「さぁ~? どうだろう?」


 適当な笑顔でクラスの奴の冷やかしを軽くかわす。魔法少女がらみだなんて言えるわけがない。

 でも、告白か恨み言以外で女の子に呼び出されるのは久しぶりだった。


(あんまり嬉しくはない、けどね……)


 正直な話、僕は白雪さんが苦手だ。

 『雪兎』の名に恥じぬ華奢な身体につぶらな瞳。完全無欠の学年トップで、おまけに運動センスまである、才色兼備の権化みたいな人。

 これだけ聞けば誰もが近づきたいと思いそうなものなのに、彼女は特定の誰かとつるむことはせず、誰も寄せ付けないような冷たさをどこかで放っていた。


(なーんか、僕とキャラ被るんだよなぁ。美麗な秀才は同じ学校にふたりも要らないんだって。まぁ、僕は白雪さんと違って人気者(主に女子に)だから、そこは一緒にしないで欲しいんだけど……)


 でも、紫以外には心を開いていないという点では僕も『孤高ツンドラの雪兎』と揶揄される白雪さんと似たようなものだ。

 認めたくないけど、僕と白雪さんは似ている。だからこそなんとなく考えていることがわかるし、なんとなく苦手だった。


(こういうのが、同族嫌悪っていうんだろうね……)


 放課後、気の向かない足取りで呼び出し場所に向かう。

 屋上に着くと、白雪さんはフェンスに手をかけ、校庭で部活に精を出す生徒たちをぼんやりと眺めていた。その表情は孤高というより孤独に近いように思う。


「急に呼びだして何の用? 紫をなんとかする方法が見つかったとか?」


「ええ。根本的な解決になるかはわからないけど、紫を変身させないようにする手立てに心当たりがあって……聞いてくれる?」


「へぇ……ちゃんと考えてくれたんだ。白雪さん、冷たそうに見えて案外面倒見いいよね?」


「別に、紫の為だもの。紫は、その……私の、友人だから……」


「数少ない、大事な友達だもんねぇ?」


「~~~~っ!」


(あ~あ~、そんな照れなくてもいいじゃん? 素直じゃないなぁ)


「まぁいいや。聞かせてくれる? 正直、今は藁にも縋りたい気分なんだよ」


 今まで、できる限りの方法は試してみたし今だって何か方法がないかと考えている。でも、秀才の僕がいくら頭を捻っても紫の『絶望』をどうにかする方法がわからない以上、手立てがないんだ。


(どれだけ紫を想っても、僕にはわからなかった。なのに、白雪さんごときにわかるのか? もうなんでもいい、助けてくれ……何かあるなら聞かせてくれよ。僕に思いつかなくて、君に思いつくっていうならさ!)


 心の中は半ばヤケクソ気味だった。

 胸の内を悟られないように、ゆっくりと口を開く。


「――で、その手立てっていうのは?」


「泉君。私と、契約して」


(え……? これはまた、随分と変化球な……)


「……なんで?」


「あなたが私と契約してミタマを退治するの。そして、その成果は紫に譲渡する。そうすれば、紫を変身させることなくノルマを達成させることができるわ」


 確かに。ノルマを達成できれば、紫はもう魔法少女として戦う必要もなくなる。当然変身することもなくなるわけだから、今以上感情を失うこともないはずだ。

 ――前言を撤回しよう。さすが白雪さん。悪くない提案だ。

 紫を大切に想ってくれているのは、本当だったんだな。根本的な解決になってないっていうのは、感情が戻るわけではないという点についてだろう。

 勿論、感情が戻るなら僕だってそれを望んでる。けど、今はその方法が見つからない。なら、今僕らにできることは、これ以上紫を変身させないことだ。


(ただ、ノルマを達成させるのはできれば避けたかったんだけどな……)


 だって、ノルマを達成して紫が魔法少女じゃなくなったら、紫は僕と一緒にいる必要がなくなるじゃないか。まぁ、僕のわがままで紫が人形になり果てるよりかはマシか……


「――いいよ。やれるならやってみよう。僕は、それで紫と僕の契約が解除されるわけじゃないなら、賛同する」


「魔法少女とマスコットの契約乗り換え……どこまで融通が効くか、本当はわからないのだけれど……」


「そういうことなら、おっさんに聞いてみればいいじゃん?」


「へっ……?」


「あれ? 知らない? あいつの呼び出し方」


 驚いている白雪さんを尻目に、僕はポケットから紫色のサイリウムを取り出す。


「おーい。おっさん、聞いてるー?」


 ……返事が無い。

 呼ばれたらすぐ来いよってこないだも言ったのに。


 僕は手にしたサイリウムの両端をしっかりと持ち、思い切り力を込めた。そう。バッキバキに折らんばかりの勢いで。メキメキと音を立てているサイリウムは紫色の光をチカチカと点滅させ、苦しそうだ。


『そ! それだけは! おやめくだされぇえええええ!!』


 どこからともなくおっさんの悲鳴が聞こえ、その姿を現した。相変わらず丸っこくて禿のある小人みたいな奴だ。人型をしてはいるものの、元祖マスコットを名乗るだけのことはある、あからさまに人外な異物。目的の為に魔法の契約をしてくれたことには感謝しているが、割とキツめのノルマを課してくるくせにこうして無理矢理呼び出さないと協力的でないこいつは、ハーメルンの次に信用できない。


「遅いよ。どっかで見てるなら、シカトすんなって」


「紫紺の守護者様! そのステッキは私共にとってとても大切なものであると先日もお伝えしたではありませんか! そのように乱暴に扱われては……!」


「シカトするあんたが悪い」


 白雪さんは状況を飲み込めないのか、口をあんぐりと開けている。あの表情、写真にとってSNSにアップしてやりたくなるな。


「――で? おっさんに何聞くんだっけ?」


「はっ、そうよ。おじさん、聞きたいことがあるの。私が泉君と契約して、そのミタマ退治の成果を紫の成果として譲渡することは可能かしら?」


『ななな! 何をおっしゃいますか!』


「いいから答えなよ」


 サイリウムに再び力を込める。紫の光がチラチラとして、切れかけの電球みたいだ。


『やめっ! 答えます! お答えしますから!!』


『手短にね』と刺すような視線を向けると、おっさんは『はいぃ……』と力なくうなだれた。

 曰く、魔法少女が今とは異なるマスコットと契約し直すことは可能らしい。その場合、僕らが抱えるノルマは半分に分配され、新たに契約した魔法少女が稼いできた分と再統合されることになると。とどのつまりは――


「離婚調停の財産分与みたいだね?」


「泉君、あなた……他にもっといい例えは無かったの?」


「なんだよ。要は離婚するとき半分こして、再婚したら合算するんだろ? 分かり易いじゃないか。そんなことよりさ、白雪さんと契約し直したら僕の紫との契約はどうなるわけ?」


『魔法少女様が契約できる守護者様はおひとりまでと決まっていますが、守護者様に関しては、同時に複数の魔法少女様と契約することが可能でございます』


「どういうこと? ハーレム?」


「泉君、あなたって人は本当に……はぁ。でも、それなら泉君の采配次第では私と活動した成果を全て『闇』の子にあげてもいいってことですよね?」


『そうとも言えますが……白雪様はあんなにノルマの達成を心待ちにしていたというのに。それは一体どういった心変わりで?』


「別になんだっていいじゃん? それでお前らのノルマ回収に支障が出るわけでもないし。で、どうなの?」


 サイリウム、バキバキ。


『ひぃっ……! た、確かに成果の譲渡については譲渡する側とされる側、互いの同意の元であれば認められております。しかしよいのですか? 貴女様が泉様と契約なされては、万生橋様がパートナーを失ってしまうこととなりますが……』


「いいのよ。あんなやつ」


 白雪さんはふいっと不機嫌そうにそっぽを向いた。


(おいおい……ひょっとしてこれ……)


『お聞きしたいことは、これで全てでしょうか?』


「まぁ、今のところは。白雪さんと契約更新するときはまた呼ぶから、すぐ来てよね?」


『その際はこちらから飛んで参ります! もう二度とこのようなことはしないで下さい!』


 おっさんはそう言うとぷんすこと頭から煙を出して、どこかへ消えていった。


「――決まり、でいいかしら?」



 白雪さんは腕組みしたままこちらを見据える。どうやら契約の意思を固めたようだ。相変わらずの鋭い眼光。まるで何かに苛ついてるみたい。


「なぁ、万生橋には聞かなくていいの?」


「いいわ。私が誰と契約しようと、私の勝手でしょ?」


(だいぶこじらせてるなぁ……)


「あいつ、白雪さんと契約できないと困るんじゃない?」


「知らない」


「あっ、そう……」


(おい、おいおい………!)


 ――あいつら絶対、喧嘩しただろ。


 いくら紫を救えるかもしれないからって、今のパートナーを見殺しにするような契約乗り換えなんかするか? フツー。このままだと紫は助かっても、万生橋は死ぬぞ?それはそれで本末転倒じゃないか。


(白雪さん、案外子供っぽいところあるんだなぁ……?)


「なによ。早く契約しましょ?」


「はいはい。わかったよ……」


(もー、面倒くさいなぁ。なんで僕が他人の尻ぬぐいなんて……)


 ため息を吐きながら、僕は自分のお節介を反省した。気を利かせてデートに行かせたのは失敗だったみたいだから。ったく、万生橋のやつ、何やらかしたんだよ……?


「じゃあ、白雪さん、こっちきて」


「……? なに?」


「契約するなら、僕に血をちょーだい?」


「えっ――?」


 普段は隠している鋭利な八重歯をわざと見せるようにして微笑みかける。すると、さっきまで強気だった白雪さんがみるみるうちに困惑していくのがわかった。


「僕は『コウモリ』だから。魔法少女から血を貰わないと生きていけないし、力を発揮できない。まぁ、万生橋と違って僕には紫がいるから死ぬことはないけど、このままだと白雪さんは僕のサポートなしになるよ?」


「わ、わかったわよ……」


 僕がそう諭すと、白雪さんはしぶしぶこっちに来た。左腕の袖をまくって、手首を差し出してくる。


「……はい」


「えー……そんな骨ばっててカチコチのとこから啜れって? そもそも、その腕のどこに噛みつく肉があるっていうのさ? スレンダーなのも素敵だけど、もうちょっと太った方がいいんじゃない?」


「う、うるさいわねっ……! じゃあ、どこならいいっていうのよ!」


「――ここ」


 僕は頭を傾け、自分のシャツの襟を摘まんで、鎖骨が見えるくらいに首筋を露出させた。白雪さんの顔がみるみる赤くなっていく。


(あれ? 白雪さん、ひょっとして……)


「噛みつくくらいでそんな照れることないのに。処女でもあるまいし」


「……っ!」


 あー、図星かな。これは。

 泣きそうなくらい顔真っ赤。


「泉君、あなた、ひょっとして紫にもこういうことするの……?」


「まぁね。しないと喉が渇いて死ぬし。別に紫は嫌がったりしないよ?」


「え? そうなの……?」


 そんな、地球外生命体を見るような目でこっちを見ないでくれよ?


「まぁ、紫も最初は痛がったけど、僕のテクも向上して痛くしないでできるようになったからね。今ではスマホ見ながら眉一つ動かさずに吸われてるよ?」


 まぁ、あんまり反応がなくてつまらないから、たまにわざと痛くしたりはするんだけど。そもそも紫には昔から羞恥心というものが無いし、色恋沙汰に対する疎さはギネスに認定されてもいいんじゃないかな?

 その点白雪さんの恥じらいっぷりは見事なものだ。花丸をあげたい。

 天然記念物を見るような眼差しを向けていると、ジト目で睨み返された。


「まったくあの子は……泉君も泉君よ! 女の子の首から、その……ち、血を吸うなんて、破廉恥だとは思わないの!?」


(破廉恥って……)


 僕は再び、天然記念物を見るような眼差しを白雪さんに向ける。


「はぁ……別にそんなこと思わないよ。役得だとは思うけど」


「……っ! あなたって人は……! 恥を知りなさい!」


 恥、ねぇ……? 今更そんなこと言われても。素直に女の子の首から血を吸うのが役得だって思うことの何が悪いんだ?  逆に、白雪さんみたいに素直にそう言えない人は生きづらいだろうな。


(ほんと、素直じゃない人。本当は万生橋とのこと、まんざらでもないくせに……)


 それくらい顔見てればわかるよ。僕は万生橋みたいな朴念仁じゃないからさ?

 今回白雪さんが契約乗り換えの提案をしてきたのも、どうせその辺をこじらせて万生橋と喧嘩でもしたからだろ? 『紫を助ける』なんて理由をつけてくるなんて、白雪さんもひどいやつだ。まぁ、半分は本当に紫を助けるつもりだったかもしれないけど。


(正直、そんなふたりを僕が助けてやる義理なんてないからこのまま契約してもいいんだけど……)


 そんなことを考えつつ、いまだに躊躇している白雪さんを急かす。正直、焦らされるのは好きじゃない。


「契約するんでしょ? ほら――早く」


「わ、わかったわよ……」


 そう言うと、ブラウスのボタンを少し外し、おずおずと首筋を露わにした。

 瞳は潤んで耳まで真っ赤だ。羞恥で死にそうな顔っていうのは、こういうのを言うのかもしれない。


(こういう顔、紫もしてくれたらいいのに……)


 差し出された首筋に視線を落とす。すべすべとして柔らかそうな白い肉。その白さはいかにも健康的できめが細かい。僕や紫みたいに小さい頃から外遊びがキライで家で遊んばかりいる、日に当たらない白さとはまた別のまさに天然モノ。その美しさに、思わず嫉妬する。


(痕をつけてやりたくなる白さだなぁ。そんなことしたら、バレたとき凄い顔した万生橋に殴られそうだけど……)


「ふふ……」


「な、何笑ってるの……? するなら、早くしなさいっ……」


 不覚にも見惚れていたら、怒られた。ほんと、こういうのに耐性ないんだなぁ。焦らされて興奮するどころか、怯えてぷるぷると震え出している。


(兎みたいな人……なんだか可哀想になってきた)


「白雪さんさぁ。そんな顔するくらいなら、やめておきなよ」


「ど、どういうこと……?」


「契約乗り換えの話はナシってこと」


「で、でも……そしたら紫が……」


 だからって万生橋に死なれたら寝覚めが悪いし、もしそうなったら紫だってそのことを気に病むかもしれない。それに、まだチャンスは――僕らには、最終手段が残ってる。


「それはまた別の手を考えるよ。万生橋が死んだら、白雪さん悲しいだろ?」


「……っ! そ、そんなこと!」


 大きな瞳を一層見開いて頬まで染めてる。まったく、『孤高ツンドラの雪兎』にこんな顔をさせるなんて、万生橋は良くも悪くも大した奴だよ。


「あのさぁ? そうやってムキになるのはやめなって。痴話喧嘩の当て馬にされるのはごめんだって言ってるの。でも、同じ魔法少女とマスコットのよしみだ。相談になら乗ってあげないこともないよ?」


(いい加減、自覚してくれ。この数か月キミ達を観察してきて、どれほど焦れったかったと思ってるんだ?)


 そこまで言うと白雪さんはようやく大人しくなった。しゅんとして、もし頭に兎耳がついてたら間違いなく垂れているだろう。


「とりあえずカフェでも行く? ケーキが美味しいお店、たくさん知ってるけど」


「泉君……そんなだから女たらしと言われるのよ……」


「ケーキが美味しい店くらい、甘党男子なら誰でも知ってると思うけど?」


「そういうところにさらっと誘えるところがそうなの」


「えー? 手厳しくない?」


 白雪さんはブラウスのボタンを締め直しながら、呆れた顔で笑っている。


「でも、せっかくのお誘いだから、ご一緒させてもらうわ」


 そういって、鞄を肩にかけ直す。僕も床に置いていた自分の鞄を拾い上げた。


「あ、言っておくけど白雪さんの奢りね? 僕は相談に乗ってあげるんだから」


「なんでそうなる――わかったわ。奢る」


「じゃあ、前から気になってたとこ行こうかな?」


 スマホを片手に店に向かって歩き出す。後ろから聞こえる、白雪さんの声。


「泉君、待って――――あと、その……ありがとう……」


(あーあ。そういう態度、万生橋にしてやれって。そしたら僕は、相談になんて乗ってやらなくていいのに)

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