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魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱  作者: 南川 佐久
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第11話 闇の魔法少女

第四章 闇の魔法少女


 日曜、朝。普段であればデートの約束のひとつでも取り付けたいような心地のいい天気。しかし、僕の気分は正反対の曇天だった。それもそのはず。ここ最近、紫の異常性に拍車がかかり、目が離せないからだ。


「紫? 入るよー?」


 いつものように幼馴染の様子を確認に来た僕は、コウモリの姿のまま窓から紫の部屋に入った。紫は外出しようとしていたのかすでに着替えを済ませ、床に座って朝食代わりの菓子パンをもそもそとかじっている。

 初夏らしいパフスリーブのワンピースから膝下を投げ出し、中身が見えるとか見えないとか気にしないで体育座りの状態でこちらを見あげる。


「あ、式部。おはよ……」


「おはよう」


(僕の存在に気づいているなら、挨拶する前に少しはパンツを隠してくれないか? 一応僕も男なんだけど?)


 ベッドの脇にあるローテーブルに視線を向けると、空になったスナック菓子の袋とプリンの容器が転がっていた。


(うわ……まーた夕飯お菓子かよ……)


 あらゆる意味で、ため息が止まらない。


「ごはんはちゃんとリビングで食べなよって、言ったじゃん」


 変身を解いて、もごもごしている紫から菓子パンを取り上げる。

 紫の両親は夫婦そろって外資系の会社で共働きをしている為、家を空けることが多い。というかほぼ日本にいることがない。紫は幼い頃から殆どひとり暮らしみたいな生活をしていたせいか、その私生活は自由気まま……というか、ずぼらで目も当てられないものだった。平日であればこうして僕が迎えに来ないとちゃんと学校に行くかどうかも怪しい。


(ひとりで暮らしてるくせに、ほんっと生活力ないよなぁ……)


 ローテーブルと床に散らばったごみを適当に片づけ、紫の隣に腰を下ろす。


「いくら僕がおじさんとおばさんに頼まれてるからって、頼りすぎなんじゃない?」


「んー……そうかな?」


「そうだよ」


 相変わらずのぼーっとした返事に、またため息が出る。


「はぁ……まぁいいや。今日の分の血もらうから、動かないで。終わったら気分転換にどこか出かけよう?」


「はーい」


(相変わらず恥じらいも糞も無いし……)


 僕は顔色一つ変えずに差し出された白い首筋に牙を立て、マスコットとして生存に必要なエネルギーを摂取する。『吸血』は、僕らにとってはそういった意味で欠かせないことだった。まぁ、僕、吸血コウモリだし。

 女の子の首に口をつけるなんて行為、普通の男子高校生からしたら赤面もので、どうやったって肌の感触や痛がる素振りが艶めかしく思えてしまう。魔法少女になってから一年以上経った今では流石に慣れたけど、それでもどきどきとしてしまうのは、やっぱり僕が紫のことを『特別』だと思っているからなんだろう。一方で紫はなんとも思っていなさそうなのが悲しくてもどかしい。


(いくら幼馴染だからって。もう少し意識してくれても……)


 はぁ。今更か。


「てゆーか、僕が来る前に着替えてるなんて珍しいね? どこ行くつもりだったの?」


「お外……」


 口元を拭い、指についた血を舐めながら問いかけると、紫はぼんやりとした表情で呟く。月を見て変身する前の、狼男みたいな虚ろな目。僕は恐る恐る口を開いた。


「外って……どこ?」


「どこでも」


「何の目的で?」


「それは………」


(ああ、黙るなよ。後ろめたいところに行こうとしてたんだな?)


 出不精の紫が休日にわざわざ外出……間違いない。ミタマを狩りに行こうとしてたんだ。僕はうずうずとしたその細い手首を捕まえる。


「ダメだ」


「でも――」


「ダメだってば! 何回言えばわかるんだ!? これ以上変身したら、これ以上殺すのが楽しくなったら、心が壊れちゃ――」


「でもっ――!」


 華奢な体躯からは想像もできないような強い力で、腕を振りほどかれる。


(こいつッ……! また勝手にりに行くつもりだな!?)


「行くな紫! くそっ……!」


 僕は立ち上がり、窓から出ようと身を乗り出す紫を強引に部屋に引き込んだ。


「離して式部!」


「離すかバカ!」


「行かなきゃ! 行かなきゃ……!」


「……ッ!」


 ――パシーンッ……!


「うっ……」


 僕は、殺意に動転する紫を我に返そうと手をあげた。

 虚ろな紫の瞳に、一瞬光が戻る。

 悲しそうな、泣きそうな――


「どうして……? 式部……」


「はぁ……はぁ……」


 右手がじんじんと痛い。でもそれ以上に、息が詰まりそうなくらいに苦しい。


(『どうして?』そんなん、こっちが聞きたいよ……)


 なんで。なんで僕がこんなことしなくちゃいけないんだ? どうして紫はあの頃みたいに笑ってくれない? どうしてそこまで殺戮を求める? 

 幼馴染の僕の手を、振り払ってまで。


「どうして、こんな……」


 絶望に満たされていく僕の脳裏には、『あの日』の出来事が走馬灯のように鮮やかに浮かび上がってくる。背後に感じる『絶望ハーメルン』の気配。



 ああ。魔法少女になんて――させるんじゃなかった。


     ◇


 あれは高校に入学して数か月が経った頃。僕は『願いを叶える』というおっさんに出会ったその日に、パートナーとなる魔法少女を選べと言われた。

 正直、魔法少女とかいうわけのわからない話信じる要素なんて一つも無かったんだけど、僕には無視できない言葉があった。


 ――『ノルマをこなせば、願いをひとつ。なんでも叶えましょう』


 裕福な家庭に生まれ、才能にも美貌にも恵まれた僕。今まで、欲しいと思ったものはなんだって手に入れることができた。ただひとつ、『あるもの』を除いては。

 まるで怪しい小人みたいな姿をしたおっさんの話に僕が乗ったのは、その『あるもの』を手に入れる為の『保険』のようなものだった。


 けど、あからさまに胡散臭いおっさんの話はまさかの真実だった。物は試しと言われるままにサイリウム手にし、呪文を唱えたその瞬間。僕は『コウモリ』になったんだ。

 意味がわからなかった。けど、感覚的に僕はその能力を使いこなすことができた。驚いたよ。僕、やっぱ天才だったんだなって。あまりにありえなさすぎて、思わず笑いが込み上げた。


 ――「へぇ、なにコレ。面白いじゃん……?」


 おっさんはそんな、器用になんにでも化けられる僕の適応力を『変幻自在の闇の使い手。まさに紫紺の守護者に相応しい』と言って、天賦の才だと喜んだ。そして、僕に血を提供してくれるなら誰でも『闇の魔法少女』になる素質があると言ったんだ。


(急にパートナーを選べって言われてもな……)


 正直、僕に好意を抱いていて、誘われて関係を持ったことがある女の子なら何人か心当たりがあったし、彼女たちは僕が頼めば喜んでその身を差し出してきたと思う。でも、四六時中魔法少女として一緒に行動しないといけないというのはいただけない制約だった。

 それに、向こうから言い寄ってきた女の子に対して『血を吸わせてもらって生かしてもらう』なんて弱みを握られるようなこと、許したくない。


(僕にとって、ずっと一緒にいてもいい、弱みを握られても構わない女の子……)


 僕には――紫以外は考えられなかった。

 紫とは交際していたわけじゃないし、今も紫は僕に対して恋愛感情なんて微塵も抱いていないだろう。まぁ、そこがまた厄介なんだけど。

 おかげで僕はこうして得体の知れない魔法の契約にまで手を伸ばしてしまったわけだし? だって、そうでもしないといつか誰かに紫を取られちゃうかもしれないだろ? そんなのヤだよ。死にたくなる。殺したくなる。

 これは、その為の『保険』だ。

 僕は、紫を眷属パートナーの魔法少女にすることに決めた。


「式部? いい話って何? 美味しいお店見つけたの?」


「うーん……それよりもっといい話かな? きっと楽しい話だと思う」


(紫にとっても、僕にとってもね……)


 急に改まって僕の部屋に呼び出したっていうのに、相変わらずの能天気さ。警戒心の無さ。あろうことか僕のベッドに腰掛けて、ごろんと横になってスマホを弄りだした。中が見えるから横になる時はスカート抑えろって、前も言ったよな?


「ね。ここのパティスリー今度行こうよ? イートインできるスペースがあって、季節でパフェが変わるんだって。メニューを全制覇しよう!」


 そんなとこからもお察しの通り、紫にとって僕はただの幼馴染。容姿端麗な男子でも、秀才な金持ちでもない。

 だから一緒にいて疲れなかったし、紫の隣にいると僕はいつも僕でいられた。


「ねぇ紫? 小さい頃、一緒に魔法少女のアニメを見たの、覚えてる?」


「え? 日曜の朝やってたやつ?」


「そうそう。母さんの作ったホットケーキを分けっこしながら、毎週一緒に見てたよね?」


「うん! 私あれ好きだった。キラキラしててふわふわしてて。とっても可愛かったよね!」


 にこにこと満面の笑みで手を合わせる紫。ベッドから起き上がると懐かしそうに僕を見つめ話の続きを期待している。


(割と好感触じゃん? これなら……)


「紫? その魔法少女になれるって言ったら、どう思う?」


「え? コスプレ……? ちょっとだけ、興味はあるけど……」


(あるのかよ?)


 それ、もっと早く言って欲しかった。

 着て欲しい服が山のようにあるんだけど?


「って、コスプレじゃなくて。本物。魔法とか使えるようになっちゃうの!」


 ……多分。


 見たこと無いけど、マスコット(笑)な僕にもできるんだから魔法少女にだってできるだろ? もしできたら、魔法少女(笑)って考えを改めて、魔法少女ホンモノとして認めてやるよ。


「ねぇ、紫。僕と契約して、魔法少女になってみる気はない?」


「え?」


「僕、魔法のマスコットの『コウモリ』なんだよ。一緒に戦ってくれるパートナーを探してる。紫に是非頼みたいんだけど、やってくれないかな?」


 自分で言っておいてアレだが、どう考えても胡散臭い。

 そんな僕の提案に首を傾げる紫。


(そりゃそうだよな。これですんなり頷いたら流石の僕も引く――)


「やる! 楽しそう!」


「…………」


 ――引いたわ。


(信じたのかよ、一瞬で? 魔法の類も見せてないのに? てっきり変身でもしないと信じないかと思ってたけど。てゆーか、詳細だってまだなんにも説明してないよね? うわ。紫がここまで能天気だったとは。やっぱ僕がついていないと心配……)


「ちょ。はぁ……まぁいいや。信じてくれるなら話が早い。一応言っておくけど、注意事項があるから聞いてね?」


 こくこく。


 真剣半分わくわく半分な目でこっち見てるけど、ほんとに大丈夫か? ま、僕が付いてればいいか。危なかったら撤退させよう。速攻で。

 僕は紫の隣に腰掛けて再びため息を吐く。


「いい? 一回契約したら紫は『闇の魔法少女』になる。魔法の呪文を唱えると、変身できるようになるんだ」


「変身!? すごい! 衣装可愛いかな?」


「知らないけど、多分可愛いんじゃない?」


 紫が着れば、なんでも。


「で、変身したらミタマっていう悪い奴と戦う。僕はそれをサポートする。イメージのできる限りどんな武器にでも変身するし、紫は僕を好きに使えばいい」


「なんでも? すごいね、式部」


「まぁね。僕天才だし」


「空飛べる?」


「えっと、それはどうだろ……?」


(できるのかな? できたら楽しそう。『コウモリ』だし、イケるか?)


 うきうきと膝を揺らす紫に、僕はとっておきの『いい話』をした。


「で、魔法少女にはノルマっていうのがあるんだけど。ソレが目標に達すると、なんでもひとつ願いが叶うんだ。僕の願いも、紫の願いも」


「お願い……?」


「そう。なんでもいいんだよ?」


(例えば、キミを手に入れる、とかね……?)


 けど、それはあくまで『保険』であって、僕はちゃんと手を尽くして紫を手に入れたい。だって、力ずくじゃあ意味がないことくらいわかってるし。

 ま、それでもどうしようもない時はアレだ。魔法の力にお願いしよう。これはその為の『保険』。

 そんな内心を隠すようににこにこと返事を待っていると、紫はぼんやりと口を開いた。


「うーん。欲しいもの……パッと思いつかない。ケーキ……じゃあ、勿体ないよね?」


「まぁいいよ。報酬が発生するまでは時間がかかる。それまでは楽しく魔法少女してればいいさ。僕と一緒に、悪い奴を退治しよう!」


「わぁ! それっぽい!」


「だから、『ぽい』んじゃなくて本物だってば。あと、契約したら僕に血を飲ませてね? そうじゃないと、僕死んじゃうんだ」


「えっ、大変!! いいよ、あげる!」


「あ、ありがと……」


(即答とか、ほんと頭大丈夫か?)


けど……嬉しい、かも……


こうして紫は、僕の魔法少女になった。


     ◇


 ミタマ退治も最初はすこぶる順調で、『テレビの中に入ったみたいでわくわくするね』と喜んでいた。この調子ならノルマなんてすぐに達成できてしまって、紫と僕の新しい関係――魔法少女と守護者マスコットとしての関係もあっさり終わるのかと思うと、それはそれで寂しく思っている自分がいた。

 けど、紫は次第に狂っていってしまったんだ。

 何がきっかけかなんてわからない。ただ緩やかに毒に侵されるみたいに、徐々に異変があらわれていく。


「式部見て! 今日はあっさり倒せちゃったよ!」


「うん。だいぶ魔法少女としてのパワーとスピードにも慣れてきたんじゃない? 僕の武器もちゃんと使いこなしてるし。コントロールはイマイチだけどね?」


「むぅ~」


「まぁいいよ。ケガも無く倒せたんだし、これからこれから」


「うーん。コントロールかぁ……よく狙うから、次も槍ね!」


「へぇ……? 結構がんばり屋さんじゃん?」


「えへへ……楽しいね?」


「ああ」


(本当に、そうだね……)


 槍の扱いに慣れてきた頃、切れ味に不満を抱いた紫。剣だと軽くて手からすっぽ抜けてしまうから、僕は少し重みのある鎌に化けた。


「わぁ! 式部見て! 今日はスパっとうまくイケたよ!」


「おお。見事な切り口。鎌の手ごたえはどう? 反動は? 痛くない?」


「反動はね、ちょっとあるけど、勢いをつければ軽くなるの!」


「接触するのが早ければ早いほど、斬りやすくなるってこと?」


「うーん……助走をつけて、スパッ!って感じ?」


「すれ違いざまに勢いで斬る感じか。力よりも速さにこだわるなら、軽くて大きい薄めの刃にしよう。早く動けば狙いが定めにくい。きっと大鎌ならそれがカバーできるよ」


「うん……! さすが式部!」


「ふふっ。これでまた捗るね?」


(喜んでくれて、よかったよ……)


 大鎌を手にした紫は、これでもかというくらい絶好調だった。


「式部、見て? 今日はまとめて五体も斬れちゃった!」


「す、凄いね。こんな一気に……」


「えへへ。やっぱり槍で貫くよりも鎌で仕留めた方が早くて確実だね?」


「大鎌が好きなの? 気に入った?」


「うん、好き。『斬れた!』って手ごたえがあって」


「そ、そっか。それはよかった……」


「ふふっ。楽しいね? 式部?」


「紫が楽しいなら、いいんじゃない? うん……」


(見てる側からすると結構猟奇的な光景なんだけど……紫は気づいているのかな?)


 魔法少女が楽しいという想いはミタマを退治するのが愉しいというものに変わり、紫をサポートする僕に対する要求も『今日は何を試そうか』というわくわくしたものから『今日はどんな風にして斃そうか』という、暴力的な要求にエスカレートしていった。

 魔法少女として活躍するその笑い声も、僕が幼い頃から知っているものではなくなり、狂気的なモノへと変質していった。


『えへへ。楽しいね、式部?』

『わぁ、すごい! さすが式部!』

『ふふっ。式部、見て?』

『ねぇ、式部。今度はアレにしよう?』

『あははっ……! すっごいよく斬れる……!』

『楽しいね、式部……?』

『ふふっ……ふふふっ……!』


 ――きゃははははっ……!



(むら、さき……?)


――見てられなかった。


 僕はある日、思い切って紫の態度について言及してみた。


「紫、最近お前おかしくないか?」


「おかしい? なにが?」


「えっと、その……笑い方とか?」


「笑い方? うーん……いつもどんな笑い方してたっけ?」


「それは……」


 ぱあっと、小さな花が咲くみたいな――


(あれ……? 最近、紫がそういう風に笑うのを見たっけ?)


「「?」」


 僕と紫はそろって顔を見合わせる。


(ちょっと待て。紫、最近笑ってなくないか? それどころか、怒ったり悲しんだりしてる? 戦闘中はすっごく楽しそうだけど、それ以外で最近『楽しいね?』って言われたっけ? 昨日言われたアレ、ニュアンス的には『(斃すの)愉しいね?』だろ? もしかして、ヤバイんじゃ……?)


「ねぇ紫、ちょっと魔法少女お休みしない?」


「な、なんで! こんなにたのしいのに!」


「いや、なんていうか。僕、最近働き過ぎで疲れたな、って……?」


「ご、ごめん式部! 私、気づかなかった。無理させてごめんね?」


「それはいいんだけどさ。ひとりじゃ心配だから、紫も休もうよ?」


「ごめん、式部。それは無理……」


「え?」


「私、行ってくるね。ひとりで大丈夫だから、心配しないで?」


「ちょ! 待て! 行くな紫! おい!!」


(お前を休ませるのが目的なんだからっ――!)


 てゆーか、あいつ、やっぱり……!


 ――斬るのを、愉しんでる……!


(どうして……! けど、これはよくない。やめさせないと!)


 別の日。部屋から変身して出ていこうとする紫に、僕は初めて手をあげた。


 ――パシーンッ!


「痛い! 何するの、式部!」


「紫! もう変身するなって言っただろ!? ひとりじゃ危ないって、わかってるよね!?」


「うっ。ふえ……だって……!」


(泣くんじゃないよ! 泣きたいのはこっちなんだから!)


「『だって』何だよ!? 言ってみろ!」


「だって……我慢できないんだもん……」


「は? 何が?」


「なんか、むずむずするの。ピリピリするの。居ても立っても居られないの……」


「お前、それ……」


 人間として、どうかしてきてるんじゃないか……?


「ううう! やっぱ無理!」


「あ、おい! 紫!?」


 紫は言葉の通り居ても立っても居られないといった風に窓から飛び出し、夜の街へと出ていった。最近お気に入りの狩場は都立病院なんだっけ? あそこは入り組んでるから、得物が大きい紫には向いてないのに……


「待て、よ……」


 変身を止めようとしても、紫は禁断症状の如く変身と殺戮の快楽を求めた。

 一度契約してしまうとマスコットの居る、居ないに関わらず、呪文さえ唱えれば魔法少女になれてしまう。紫と距離を置いたところで勝手に行動されて手近な学校や穴場の病院辺りに狩りに出かけられてしまった。サポートも無しに単独戦闘だなんて、危険は増すばかりだった。

 アイリスガーデンとして活動すればする程、徐々に薄れていく『紫の』感情。


(このままじゃ、マズイ! 紫が……壊れてしまう!)


 『願いを叶える』というノルマ達成の報酬で紫を元に戻すことも勿論考えた。だけど、おっさんから聞き出した僕らのノルマの達成率と紫の変質速度を鑑みるに、ノルマを達成する前に紫が壊れてしまう可能性の方が高かった。

 感情の欠落だけでなく、万が一にも先に心が壊れてしまったら。魔法少女として、いや、人間として正常に活動することが難しくなるだろうことは安易に想像できる。


(なんとかして、元に戻さないと……!)


 今まで、少しでも感情を思い出してもらおうと紫の好きなものを沢山食べに行った。綺麗な景色も見に行った。それなりに思い出のある場所も訪れた。

 ふたりで通った学校とか、遊び場だった父さんの病院とか、初めてデートに行った場所とか。(紫は意識してなかったかもしれないけどさ)。何度も何度も、行ってみた。――また喜んで欲しくて。


 今まで、色んな映画を一緒に見た。感動する話、悲しい話、怖い話、可笑しい話。何でもいい。また、泣たり笑ったりして欲しかった。けど、そのどれもがあまり意味を為さなかった。

 楽しいかどうか聞いても、紫は『うん、たのしいね』と棒読みするばかりでうわの空。早くミタマを退治に行きたくて、そわそわとしていた。


 そして、本当はしたくなかったけど、紫のことを叩いたりもした。

 『痛い』という感情は殆ど条件反射のようなものだ。反応がすぐに出る。不本意だったが、これはそこそこ使えるバロメーターだった。紫は痛いとき、怒って、泣いて、悲しんだ。


(もう、どうすればいいっていうんだ……?)


 紫の変身をなんとか阻止し、睡眠薬で眠るように促して、僕はその寝顔を横目に頭を抱えるしかなかった。そんなとき、あいつは現れたんだ。


「私と少し、お話しませんか?」


「――!?」


 開け放たれたままの窓。ベランダに佇む黒衣の男が、そう言った。


(なんだ、こいつ……!?)


「ああ、失礼。申し遅れました。わたくし、ミタマ管理組織幹部、ハーメルンと申します。人々の絶望を吸い出し、解放へ導くことが我らの使命。どうか、絶望に囚われた魔法少女を救う手助けさせてはいただけないでしょうか?」


「は――!?」


 長身の男は、真っ白い肌に奇妙な笑みを浮かべた。そして、うすら寒いくらいに優しい声音で誘いをかける。


「『絶望』は我らを導く存在です。身を委ねれば、魔法少女は解放される。楽になれるのですよ?」


 『――仲間に、なりませんか?』



      ◇



  僕は紫の手を掴んだまま、目ざとく『絶望』を嗅ぎつけてきたハーメルンを睨めつける。


「何をしに来た? 前にも言ったはずだ。僕はお前と手は組まないと」


 だって、明らかに“良くないモノ”の気配がするから。

 ぬらりと僕らを見下ろすハーメルンは探るように深い藍色の目を細める。まるで、深淵から覗き込むように。


「ツレないですねぇ? 闇の魔法少女とそのマスコットさん? まぁ、あなた方の場合、契約の主導権はマスコットの方にあるようですが?」


「……だったら何?」


「彼女の意思と存在を左右するあなたに、本日は忠告に来ました。刻限が、迫っていると」


「……!」


 イヤな予感に目を見開く僕をよそに、ハーメルンはポケットからピエロの如く赤い風船を取り出した。ときおりその中にふぅっと息を注ぎながら、ゆったりと話を続ける。


「このままでは、闇の魔法少女はもたない。その心と身体から吸収しすぎた『絶望』が溢れかえり、いつか……」


 ――パァンッ!


「――破裂しますよ?」


「…………」


「それが嫌なら、身を委ねることです。『絶望』を解放して一体化してしまえば、もう苦しむことは無いのですから。たとえ、その身が『病ミ』に染まるのだとしても」


「『病み』に、染まる……」


「はい。我々のように。その存在を同じく『病ミ』に染めし者として、共に同志を増やして参ろうではありませんか? 欲望という名の、この世すべての《願い》が等しく自由になる……薔薇色の、未来のために」


 先程散った風船の中から手品よろしく薔薇の花を差し出すハーメルン。にやりと浮かべられた笑みに、僕の全神経が警鐘を鳴らす。

 やっぱり碌な話じゃない。

 基本的にこいつらミタマ管理組織は僕たち魔法少女とは在り方を異にする、敵だ。


(だけど……)


 念のため、問いかける。


「魔法少女が『病み』に染まると……どうなる?」


「あなたの魔法少女は一命を取り留めるでしょう。心も身体も……ひょっとすると、すっきりした心地になるかもしれません」


「……リスクは?」


「なにも?」


「でも、それって僕らが人々に絶望を与える使者になるってことだろう? お前らみたいな」


「いいえ? 与えるのではありません。解放するのです」


「どう違う?」


「『絶望を解放する』。それは、今まさに私があなた方に誘いかけていることと同じですよ?要は人助けです。その役割の意味も、価値も、重要性も。あなた自身が一番よく理解しているのではないですか?」


 ――助けて、欲しい。


 僕はそわそわと暴れ出しそうな紫の手を握り、喉の奥から出かかるその言葉を苦渋と共に飲み込んだ。


「それでも……お前は信用できない。どうしても」


「おや? 残念です。しかし、我々はいつでも迷える人々、そして彼らの『病み』を代わりに背負う存在。魔法少女の味方だ。お困りの際はいつでもこの手をお取りください。あなたがその気になれば、闇の魔法少女アイリスガーデンはいつでも『絶望』を解放できるでしょう。そうすれば――」


 ハーメルンは諦めたのか、窓に手をかけてベランダに足を踏み入れる。去り際に振り返った奴は、世にも優しい笑みを浮かべてこう言った。


「きっと――楽しくなりますよ? 今の、私のように……」

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