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009.臣籍降下した第1皇女

タイムーン侯爵家に1通の手紙が届いた。

嫡男カーティスの妻、エレノアに宛てたものである。



そこには ジュリアーノ皇子から、シルヴィーナ皇女を伴い訪問したい旨が認められていた。



シルヴィーナは最近 婚約が決まったと聞いている。

何か思い悩んでいるのかもしれないわねと、エレノアは訪問理由に当たりをつけた。






第1皇女エレノアは、『闇もち』と呼ばれる 所謂 ″忌み子″ であった。

『闇』属性を保持する魔導士は非常に少なく、周囲の理解も進んでおらず、どうしても世間では遠巻きにされがちだ。曲がりなりにも皇女であるエレノアを表立って悪し様に言う者はいないが、近づく者は少なかった。

シルヴィーナとは逆の意味で、長い間 婚約者か決まらずにいた姫だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



エレノアが結婚したのは6年前。

そこそこの年齢になっても一向に婚約者を持たないタイムーン侯爵家の嫡男に白羽の矢が立った。



当時、カーティスには想い合う恋人がいたが、相手の身分が低く過ぎて、侯爵をなかなか説得出来ずにいた。侯爵家の嫡男と、特に裕福でもない子爵家の次女との恋路は、それなりに困難であった。皇女からの縁談を断ることすら、叶わない。そんな状況であった。






初顔合わせで、先に口火を切ったのはエレノアだ。



「私を娶ってくださるなら、婚姻から1年の後に側妻をお迎えくださって構いませんわ。

 公的な場では私が、私的な場では側妻が、パートナーとして貴方の隣に立つのはいかが?

 貴方もご存じの通り、私は人々の忌むべき存在。

 そのくらいのことで、貴方の立場が著しく悪くなるということもないでしょう。」

「………どういうことですか?」

「私も もういい歳ですから、いつまでも皇室のお荷物をしている訳にはいきませんの。

 そうは言っても、私の能力を国外に出す訳にもいきませんし、国内ではご縁を頂くのが難しいのですわ。

 ですから、私が皇族からはずれる…お手伝いを頂きたいの。

 私、これでも弟妹との関係は悪くありませんの。

 皇族への影響力という意味でも、多少は協力出来ましてよ。」



皇族からの、白い結婚の申し出に、カーティスは二の句が継げなかった。その場で答えを出すことなど出来ず、少し考えさせて欲しいとだけやっと口にして、辞去するので精一杯だった。






エレノアは不思議な皇女だった。というよりも、噂とのギャップが激しかった。伝え聞くほど近寄りがたいという気がしないのだ。



気さくというほどでもないが高圧的ということもなく、およそ悪意というものを感じさせない。



皇室からの打診であるし、侯爵の手前 無下に断る訳にもいかず、縁談自体を断るにしても 何度か顔を会わせる必要があった。

しかし、幾ら顔をあわせても、彼女が何を考えているのか、カーティスには分かる気がしなかった。






結局、固められた外堀には抗い切れず、エレノアと上辺だけの夫婦となった。

定期的に閨を共にすることはあれど、房事は…未だにない。



結婚2年目に 予てよりの恋人を側妻に迎えるべく準備をしていたが、件の子爵令嬢は親の決めた婚約を断り切れず、今は人妻となっていた。カーティスの婚約が決まった時に見せた、彼女のくしゃりと歪んだ泣き笑いが忘れられずにいた。



彼女が幸せなら良い。先に、恋人を裏切ったのは自分の方なのだから。






妻エレノアから話を持ちかけられたのは、1ヶ月前のことだった。




閨を共にする日、相談事のように言われた。




「そろそろ側妻を迎えられてはいかがでしょうか?」

「…。」

「恋仲の方とうまくいかなかったことは存じておりますし、それについては私にも原因がありますから、申し訳なく思うのですけれど。

 このまま子を為すことが出来ないのも良くありませんわ。」

「それは…」

「義父上も 貴方も、私との子は望まれていないでしょう?

 この際、愛妾でも構いませんから、お子を…」

「いや、待ってくれ。」


妻の言葉を奪うように、断りの言葉を被せた。


「君は、一体何を考えているんだ?」

「…どういう意味ですの?」

「いや、確かに、こんな不誠実な関係を続けてきたのは私だ。

 君に憎まれていても仕方ないが…。

 そもそも君の目的は何なのだ?」

「目的…?

 ああ、この結婚における、私のメリットということでしょうか?」


まるで他人事のようだと、カーティスは思った。

そして、自分が思いの外、目の前の元皇女を嫌っていないことに気付いて慌てた。


「それでしたら、もう果たされていますわ。

 憎むどころか、感謝しておりますのよ。」


果たされている?それは、何だ?


「皇族が嫁ぐに相応しい家格の嫡男で、見目や人柄と…外聞に申し分ない夫。

 これといって理不尽な要求もなく、生活するのに不自由のない環境が与えられている。

 離縁さえされなければ、それでもう十分ですわ。

 生家に面倒が振りかからなければ良いと思いますの。

 それとも、…皇家に叛意がおありですか?」


義父を始め 夫の家族や親族が自分を快く思っていないこと、角のたたない程度にそれらから守ってくれていることを知っていると妻は言った。


しかし、そのどれもが当たり前のことではないのか?

寧ろ、妻として蔑ろにされていると詰られてもおかしくないはずだ。自分はそれだけのことをしてしまっているという自覚はある。

そして、この状況を何とかしたいと思い始めていた自分にも薄々気付いていたのだ。




だかしかし、全く期待されていなかった。


その現実を今、突きつけられて愕然とした。




どこから、間違った?

いや、最初から間違っていたのだ。

今さら、どうすれば良いというのか。



少し考えさせて欲しいとだけやっと口にして、その夜は話を先送りにするのが精一杯だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



あれは、どういう心境の変化なのだろうか?




側妻の薦めを切り出した翌日、エレノアは夫の心情について想い耽っていた。



長年の恋人にフラれたことをやはり引きずっているのだろうか?

それにしても、そろそろ新しい恋に踏み出しても良い頃だろう。時間は無限ではない。早く子を設けなくてはならないのだから。それは自分には出来ないことだし、周りも望んでいないことだ。

…どうしたものかしらね。



何か策が必要なのは確かなようだと、窓の外を眺めながら エレノアは思った。



シルヴィーナは敏い。

彼女に要らぬ心配をかけないよう、手だけは早めに決めておかなければいけないだろう。

ジュリアーノにも返事を書かねばならない。

お姉ちゃんは幸せになれるのか?

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