068.その時、辺境では…
トラジャン・ルードは、帝都からルード辺境伯領都ルーディアへ向かう馬車の中にいた。
六連星と呼ばれる少年と共に。
この、少年から青年へと変わりつつある魔導師は、平民でありながら貴族への畏怖や尊敬などはこれっぽっちも持ち合わせていない。
なかなかに、取り扱いの難しい男だ。
それを無理矢理、「お前もたまには里帰りくらいしろ」などと言って、ここまで連れてきていた。
ルーディアにあるルード辺境伯の城に引き摺っていくのが、今回トラジャンが実兄から受けた「お願い」という名の命令だった。
既に1週間ほど馬車に揺られているが、会話のようなものは殆どない。
トラジャンもディーノも口数の多い方ではないので、それ事態は苦にならないのだが、周りの者たちはそうはいかなかった。
トラジャンの乳兄弟──レノン──も、護衛も、なんとなく居心地が悪いのだ。
トラジャンは魔術の本を、ディーノは古文書を読むのに没頭している。
レノンは、只管窓の外を眺めていた。「早く着いてくれ」と願いながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼休憩が終わり、また馬車に揺られ出した。
「トラジャン様、明日にはルード領に入ります。
そこからは、護衛のメンバーも少しずつ変わっていくことになるかと。」
レノンが口を開いた。
彼のメンタルは強靭とは言い難いが、仕事はきっちりするタイプだ。
「ああ、やっとリランか。
やはり、長距離移動用馬車には改善の余地ありだな。
どうにかならないか、ディーノ?」
「馬車には興味はない。」
トラジャンの頼みは、切って落とされた。
しかし、トラジャンは気にしない。
「やってくれたらラッキー」くらいのつもりで、聞いたにすぎないからだ。
「そうか。ちょっと残念だな。」
「移動手段など、他にいくらでもあるだろ。」
「ああ、魔術か?
ディーノの魔力は底なしだからな。
俺たち凡人は、いざという時に備えて、できるだけ魔力の消費は抑えておきたいんだよ。」
そうは言いつつ、トラジャンの魔力量も決して少なくはない。
寧ろ、帝国魔導士団から熱烈な勧誘があるほどには、魔力も多く魔術の制御も巧みだ。
トラジャンの本質は騎士だが、姉の婚約者──この国の第3皇子──に絡まれたくないという理由で、騎士養成学校への入学をあっさり取り止め、魔導士学園に進学していた。
周りはやいのやいのと煩いが、トラジャンはディーノと競い合う気はない。必要性も感じない。
ディーノもディーノで、一見すると傲慢にも見えるが、自分や自分の守りたいものに実害が及びさえしなければ、よほどのことがなければ他人と争おうとはしない。
互いに、互いの地雷を踏まない…という点において、気を許している。
二人はそういう関係のようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一行が宿場町リランに着いたのは、翌日の夕方だった。
トラジャンたちが食事を摂ろうとしたところで、伝令の早馬が着いた。
「……何があったんだ?」
「聞いてまいります。」
トラジャンが不審げに問い、レノンは階下へ急いだ。
暫くして、伝令の騎士を連れて、レノンが戻ってきた。
「トラジャン様、どうやら領内で高位の魔物が出たようです。
詳しくは、伝令から直接報告させたいと思います。」
「ああ、頼む。」
騎士の髪は乱れ、汗と砂埃の臭いがする。
相当、飛ばしてきたのだろうことが推測された。
「私はルード領軍、第2騎士団、小隊長コナーです。領主様よりのご伝言をお伝えいたします。
一昨日、昼過ぎ、領内北東部の山林より青竜が出たと報告が上がりました。
現在、情報の確認と調査中を行っております。
討伐するとなった場合に備え、領都へお急ぎいただきたいとのことです。
尚、同行者のディーノ殿も連れてくるようにとのことです。」
騎士の言葉の後半に、ディーノの顔をしかめられた。
「めんどくせー」と言わんばかりだ。
トラジャンの顔が険しくなる。
竜狩り───。
そう簡単に出来ることではない。領軍に被害が出るのは確実だ。
「分かった。明日以降、馬で先で急ぐことにする。
まぁ、そういうことらしいから、ディーノも同行してくれ。
レノンも、そのつもりで準備してくれ。」
「はい、トラジャン様。」
「コナー、ご苦労だった。君も体を休めてくれ。」
レノンは、すぐさま階下に降りて行った。
馬や食料の手配や警備体制の組み直しなど、必要なことをそつなく整えてくれるだろう。
突出した能力こそないが、様々なことをそれなりにこなすオールラウンダー。それが、レノンだ。
「竜を狩るのか?」
「不満そうだな。」
「必要性が分からないだけだ。」
「竜が出たのにか?」
トラジャンは「お前は、ただ面倒なだけだろう」と暗に匂わした。
「人が襲われたのか?
家畜や田畑への被害があったのか?
何もないのなら、狩る必要もないだろう。
そのままにしておくのが、お互いのためだ。」
「被害か…。
竜が出たのに、被害がないとは考えられないが?」
「確認もしないで、答えを出すのはバカのやることだ。」
「被害が出てから対応するのでは、後手に回る。
領民を守るには、先んじて手を打つ必要がある。」
ディーノがここまで渋るとはトラジャンも思っていなかった。
「ディーノでも竜は怖いのか」と、人並みの感覚があることにどこかホッとした。
「人か竜かと問われれば、俺は竜の方が好きだけどね。
考え方がシンプルだからな。」
……が、竜を恐れていた訳ではなかったらしい。
やはり、どこかズレている。
「文句があるのは分かったが、一緒に来てもらうことは変わらないぞ。」
トラジャンはそれだけを言って、宿の部屋に戻った。
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