059.ディアーナ離宮にて
今、二人は、ディアーナ離宮にいた。
案内された応接室から小さいながらも湖が見える。
傾いた陽が映って美しい。
隣に座るエットレは、いつもより少し落ち着きがなかった。
「ディアーナ離宮は、初めてかな?」
「ええ。特に呼び出しもありませんでしたから。」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。
母上はあまり細かいことを気になさらない。」
「………それは有難いですな。」
「その様子は、全然、信じてないね?」
そうは言われても、難しい。
そう、エットレの顔には書いてあった。
ジュリアーノは苦笑を漏らす。
(まぁ、側室といえど、皇族は皇族だからね。緊張もするか…。)
ルナーリアの住まうディアーナ離宮は、帝都ハーバリットから馬で半日ほど南西に向かったところにある。
馬車で約1日半の距離であるが、かなりの速度で来たため出立のその日のうちに到着することができた。
文官に近いエットレは、暫くの間、馬車酔いでまともに動くことが出来なかった。
まだ少し顔色は悪い。乗り物酔いもそうだが、緊張も手伝っているのだろう。
「ここは、湖に映る夕日がきれいでね。
昔はよく、窓から景色を眺めていたよ。
夏の朝は、散歩するのも悪くない。」
「思い出が詰まってらっしゃるのですね。」
「そうだね。ここは、帝都より静かだからね。
たまに癒されに来るにはいいところだよ。
姉上もしょっちゅう来ておられるようだし。」
皇城などよりずっと小さな建物なので、そこで働く使用人も少ない。
必然的に、噂話も派手ではなくなる。
人間関係に疲れると訪れたくなる場所だった。
「アニェーゼ殿下も、ですか?
お忙しいと聞き及んでおりますが。」
「うん。まぁ、実質、教会に軟禁状態だからねぇ。
たまには息抜きしたいんだと思うよ。」
「………教会は放したがらないでしょうからな。」
「皆、大変だよね。私は魔術が使えないから、気楽なものだけど。」
ジュリアーノの同母姉アニェーゼは、光属性の魔術を使い熟す皇女だ。
教会から『聖女』の認定を受けて、今は公務に勤しんでいる。
…といえば言葉は良いが、教会の行事以外に外出がほとんどできない。
元がフリーダムな性格なので、さぞかし窮屈な生活に感じているだろう。
魔導士学園も本科をスキップして、専科だけを卒業させられていた。
まぁ、現皇族籍の大半は魔術スキルが高く、本科をスキップしているのだが。
(姉上、元気にしてるかなぁ…。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2杯目のお茶を飲み終わる頃、奥の扉が開いた。
エットレと共に立ち上がる。
「母上、お元気そうで何よりです。」
「ジュリアーノ。学園での生活には慣れましたか?」
「そうですね。少しは馴染んできたかと思います。
噂の六連星とも顔見知りになりましたしね。
あ、こちらは宮廷魔導士のエットレです。」
「ルナーリア妃殿下、お初にお目にかかります。
エットレと申します。」
「ジュリアーノが世話になっていると聞いてます。
近くに相談できる者がいるのは、ありがたいことだわ。」
「勿体ないお言葉です。」
型通りの挨拶を終え、各自席に着く。
新しい茶と菓子が用意され、ルナーリアが片手を上げて振るとメイドたちが退室する。
「そういえば、姉上は来ていないのですか?」
「アニェーゼは、来週あたりに来るかもしれないわね。
いろいろ忙しくしているようで、以前ほどこちらには来なくなったわ。」
ルナーリアは片頬に手を当てて、そっと溜息をつく。
アニェーゼから愚痴の手紙でも受け取っているのかもしれない。
「そうですか。
それは…とてもストレスが溜まってそうですね。」
「そうね。あの子には教会が肌に合わないのでしょうね。
まぁ、気持ちは分からないでもないのだけれど…。」
「姉上は自由ですからね。」
「それで?
まずは、魔導士を連れてきた理由を聞かせてくれるのよね?」
「はい。実は───」
ジュリアーノは、話した。
魔力制御のこと、精霊の加護のこと、精霊との遭遇率のこと。
ルナーリアは、耳を傾けていた。
その瞳は実の息子ジュリアーノをじっと見つめ、一通りの説明が終わるまで反らされることはなかった。
エットレは、相変わらず落ち着かなかった。
膝の上に置いた手を忙しなく握ったり開いたりしていた。
もちろん、着衣に皺を寄せて。
ジュリアーノが全てを話終えると、囁くようにルナーリアは感想を述べた。
「そう…。
契約も交わしてないのに加護をいただくなんて、あなたは本当に精霊に愛されてるのね。
何故、なのかしらね?」
それは質問のようでいて、誰からの応えも待ってはいない。
ルナーリアは考え込むように、視線を下げて黙った。
「エットレは、どう見る?」
「そうですな。遭遇率の高さが気になっております。
本当に、契機になるような事象に心当たりはございませんか?」
「うーん。
そう思って記憶を遡ってみてはいるんだけど、コレというのが…見当つかないね。」
「左様ですか…。」
エットレも顎に手をやって、黙り込んでしまった。
(あー、やっぱりコレ、簡単には解決しそうにないかぁ。
うん、まぁ、情報共有できただけでも良しとしなくちゃいけないよねぇ…。)
今回の訪問の一番の目的だった『精霊に関することの情報共有』が出来たので、エットレは一晩泊まって明日には帝都に戻ることになった。
エットレとて暇ではない。
しかし、帝都で仕事の傍ら、古文書をあたってくれることを約束してくれた。
今はこれでいいと、ルナーリアもジュリアーノも思っていた。
まだ何かが起こった訳でもないのだから。
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