056.魔道具開発
本日は晴天。
研究棟の一室は窓を閉め切っていたが、なぜか室内は涼しかった。
何か魔道具の類で涼が取れるようになっているのだろう。
ジュリアーノは気安い調子で部屋の主に声をかけた。
「やぁ、ディーノ。今日は何を試してるんだい?」
トラジャンたちを含めた5人でディーノの元へ顔を出した後も、ジュリアーノはちょくちょくディーノの様子を見に来ていた。
もちろん、アーロン同行で。
「いろいろだ。」
「この間は確か、声を広く届ける魔道具を研究してたんだよね。」
「ああ。入学式や卒業式で登壇させられた時に便利だからな。」
「ははっ。確かに君は天才だからね。
そういう場では人前で話すことを求められることは多いだろうね。」
ジュリアーノは褒めたつもりだが、ディーノは迷惑そうな視線をくれた。
ジュリアーノはそれを無視することにした。
ディーノにとっては嫌味ですらないのだろうから、スルーでいいだろう。
「それで?あれから、他にはどんなものを作ったの?
ここの中が涼しいのも新しい魔道具なんだろう?」
「空調の魔道具だ。
部屋の中を少し涼しくしたり、温かくしたりできる。
ただ温度変化の幅はそれほど広くない。
効果範囲もそれほどではないな。
今のところ、この部屋くらいの大きさなら快適な温度を保てているようだが。」
確かに、一つの部屋に人が集まると熱が籠る気もするし。
実用化すれば、それはそれで便利かもしれない。
「ふーん。講堂くらいの広さでも使えるといいのにね。
今、手がけているのはどんなのがあるの?」
「集音できる魔道具だな。
集音だけではあまり意味がないので、それを記憶しておけるものを考えている。
効果範囲は…空調の道具と同じくらいだ。」
「えっ?!それは凄いねっ。
その集音できる魔道具は、どれくらい進んでるの?」
「記憶した音声を保存しておく道具を検討しているところだ。」
「保存しておく道具?
……ということは、長く保存しておけるの?
ねぇ、それは、どれくらいの期間?」
「軍事利用や政治利用を考えているなら難しいと思うぞ。
起動条件に目的を設定するようにしているからな。
それに、そこまで長時間の音声を溜めさせるつもりはない。
保存期間も同様だな。」
「ふーん。それって手間じゃないの?」
(あー。やっぱり、気付いてたかぁ。貴族なら気付くのも当たり前だけど、平民がそこまで考えているとは意外だな。)
「別に大した手間ではない。
というか、後から探しやすいように索引を付ける必要があるだろう。
それと同時に設定させるつもりだ。」
「ああ、後から探しやすいというのは利点だね。
でも、それはどれくらいの大きさの道具なの?
量が溜まれば、保管場所の問題もあるんじゃないの?」
「今のところ、本の形にする予定だ。
魔導書のイメージだな。開くと記憶した音声が流れる。」
「うーん。それだとやっぱり、置く場所に困りそうだね。
便利すぎて、使う人が増えると思うから。」
「置く場所がなければ、使う頻度も減るだろう。
それを見越して、価格も割高にすればバランスも取れるんじゃないか?」
「えっ!これ、市場でも売るつもり?」
ディーノが小さく溜息をついた。
「価格を高く設定するから、庶民が買うのは難しいだろう。
ただ、大きな商会なら手に入るレベルにするつもりだ。
大きな商談の時にのみ使用できればいいだろう。」
「それは、…貴族と商人の関係が変わりそうだよね?」
「ああ、そうか。貴族相手だと、書面のやり取りをしない場面も出てくるか?
それはそれで面倒だな。
集音する双方の同意がなければできないようにした方が良さそうだな。
しかし、それだと…」
(画期的だとは思うけど、これは暫くは皇族向けの商品にした方が良さそうだね。エットレも巻き込んで根回しとかないと。)
ディーノは自身の思考の海に沈みこんでしまったようだ。
こちらを気にしたそぶりはない。
一転集中型で研究熱心という訳でもないこの男は、王侯貴族に阿る気もなければ敬う気持ちもない。
用がなければ、当たり前に無視する。
それが、側近のアーロンには気に入らない。まぁ、大抵の貴族が気に入らないだろう。
しかし、ジュリアーノは気にしていなかった。
公の場でなければ、それでもいいと思っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや、今日も面白いことしてたねぇ、ディーノは。」
「あの者はもっと礼儀作法というものを学ぶべきだと思います。」
「アーロン、そんなに気になるかい?」
「才能があっても、あれでは宮廷魔導士として務まりません。」
「ああ、心配してるんだね。でも、大丈夫だと思うよ?
あれで、研究バカという感じじゃない。常に周りを見ているじゃないか。
公の場ではそれなりに上手くやると思うけど。」
アーロンは諦めを滲ませた声で、抗議した。
「普段の態度が問題なのです。
同僚との関係が抉れれば、何かをなしたくてもできませんから。」
「まぁ、それは一理あるよね。」
(多分ディーノ本人は、共同開発とか、そういう気持ちはかけらも持ってないと思うけど。)
「礼儀作法というのは普段から馴染んでおかないとならないものです。
トラジャンは何故、あのままにしているのか…。」
「あー、それは、ルード領で囲い込もうと思ってるからじゃないかな?」
アーロンの眉が僅かに寄る。
「殿下、あの才能は国に仕えさせるべきです。
そのために、殿下も足しげく通っているのではないのですか?」
「うん、それは…もちろん。そうしたいとは思ってるけどね。
ただ、魔導士団に肌が合わないなら、別の枠組みを作ってもいいかなとは思ってるんだ。」
「別の枠組み…ですか?」
「うん。まだ、考え始めたところって感じだけどね。」
ジュリアーノは、アーロンにウィンクして見せた。
12才男子の仕草ではない、とアーロンも流石にこれには呆れた。
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