055.変わらない日常
サルビアーナが授業に出られるようになった。
精霊たちも思ったほど絡んでこないので、ジュリアーノは一旦魔力制御や精霊の加護について考えないことにした。
(考えても、分からないものは分からないしね。)
研究者が何年かけても分からなかったことに、直ぐに答えを出せるとは思えない。
宮廷魔導士の中でも信頼のおけるエットレに相談はしたのだし、様子見するしかないというのがジュリアーノの辿りついたところだった。
「サルビアーナ。その後、体調はどうかな?」
「殿下っ。この度は、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
どのように謝罪したら良いのか…」
「ああ、気にしなくていいよ。大事には至らなかったんだし。」
「いえ、でも、殿下にお怪我を負わせる可能性も」
体に影響はないか確認するために声をかけると、サルビアーナは申し訳ないくらい体を小さくして謝罪をしてきた。
(そんなに、謝らなくてもいいのに…。)
「サルビアーナ。起こらなかったことを悔いるのは意味がないと思わない?」
「殿下もこうおっしゃってますし、いいのではないですか?」
「そうですわ。」
アーロンやペオニールもフォローに回ってくれる。
そもそも、今はまだ、どの学生も魔力暴走を起こさない為の訓練中だ。
まぁ、高位貴族のほとんどが魔力制御をある程度モノにしているが。
魔力量が飛びぬけて多い者は、難易度が跳ね上がる。
それを考えれば、サルビアーナの魔力暴走も仕方のないことだ。
学園側もサルビアーナ1人にに責任を負わせたりはしないだろう。
どちらかというと、学園の不手際と言えた。
「それより、本当に体調は大丈夫?
サルビアーナは魔力量が多いから、振り回されることもあると思うけど、無理しないでね。」
「はい、殿下。ありがとうございます。」
(せっかく友人になれたと思ったのに、これではまた暫く距離を置かれてしまいそうだなぁ。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもの面々―――トラジャン、アーロン、アイリス、ペオニール―――と昼食をともにした後、ディーノのところに顔を出してみることにした。
「トラジャン。最近のディーノは、どう?」
「ディーノですか?今年度から専科に上がりましたからね。
午後は、研究室か図書棟にこもってるんじゃないですかね。
誰かと一緒とかはないはずです。一人で延々と研究してる気がします。」
「ああ、そんな感じするよねー。」
「ディーノといいますと、確か6属性持ちの平民でしたでしょうか?」
「さすがアイリス嬢。あなたも彼について知ってるんだね。」
「トラジャン様からお聞きした程度ですが。
彼の者が気になっておいでなのですか?」
「うん、そうなんだ。なかなか面白そうだからね。」
「殿下。あの者には、あまり近づかれない方が…」
「この通り、アーロンにはすっかり嫌われてるみたいなんだけどね。」
ジュリアーノも思わず苦笑が漏れる。
「それで、トラジャン。
研究室というのは、ふらっと立ち寄っても大丈夫なものかな?」
「まぁ、大丈夫なんじゃないでしょうか?
相手がディーノなら、気にしないと思いますよ。」
「じゃあ、午後はディーノのところに寄ってみよう。
アーロン、いいかな?」
「殿下がお望みでしたら…。」
アーロンの顔は渋々といった感じだ。
「殿下。私も同行させていただいていいですか?」
「トラジャンも?」
「ええ。あいつがどんな研究をしてるのか、確認しておきたいので。」
「もちろんだよ。」
トラジャンは、アーロンの暴走を止めるつもりで申し出てくれたのだろう。
そういうところに気を遣えるのがトラジャンの美点だろう。
魔術も剣術も体術も申し分ない成績を収めているが、それだけではない。
城で働くにしても、辺境伯領に戻るにしても、学園卒業後は引く手あまたになるだろう。
「それでしたら、私も同席させていただけませんでしょうか?」
「あの、できれば、私も、その…。
ご一緒させていただきたいですわ。」
アイリスとペオニールが控えめに願い出てくる。
「いいけど。どうしたの?
多分、令嬢にはあまり楽しくない時間になりそうだけど。」
「トラジャン様の御領地の領民でございましょう?
少しでも知っておきたいのですわ。」
アイリスは少し頬を染め、視線を落とす。
婚約者のことを知りたいという健気な気持ちから出た言葉のようだ。
トラジャンとアイリスの仲は良好なのだろう。
(まぁ、トラジャンは見た目も良いし、卒がないからなぁ。アイリス嬢がのめり込むのも分かるよ。)
「アイリス?」
「あの…、トラジャン様は反対でしょうか?」
「いや、そうではない。
そうではないが、無理をしていないか?」
上目遣いのアイリスは、掛け値なしに可愛いと思う。
(うーん。どこから見ても、恋する乙女だ。トラジャン、やるなぁ。)
「まぁ、ちょっと顔を出すだけだし。
そんなに不愉快になることもないんじゃないかな。
アイリス嬢さえよければ、一緒に行こう。
女性がいた方が穏便なやり取りになりそうだしね。」
「あ、あの。
それでは私もご一緒させていただけないでしょうか。」
今度は、ペオニール嬢が名乗りを上げる。アーロンが肩眉を僅かに上げるのが見えた。
「どう、アーロン?」
「ピオニーには、いい気分はしないと思うのですが…。」
「そ、そんなに、変わった方なのですか?」
「ああ。毎度毎度、殿下に無礼を働くやつだ。」
アーロンのあまりの言いように、トラジャンが眉を顰める。
しかし、まぁ、事実に近いので、トラジャンも何も言わなかった。
「まぁ、女性は多い方がいいかもしれない。
じゃあ、アイリス嬢もペオニール嬢も都合が許すなら、一緒に行こう。」
ジュリアーノはににっこと笑んだ。
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