049.学長からの呼出し
魔術の訓練場から教室への移動中、アーロンがすっと横へきて、小声で尋ねてきた。
「殿下。もしかして、セージック伯爵令嬢の魔力が暴走すると予想されていたのですか?」
「いや?そこまでは思ってなかったよ。
ただ、危ういな…とは思ってたかな。」
「危うい、ですか?」
「うん。彼女、魔力がかなり多いみたいだ。」
「それは…上位貴族の範囲と言えるものですか?」
「どうだろうね?」
「殿下…。」
誤魔化さないでくださいと、アーロンの目が言っている。
(誤魔化してるつもりも、茶化してるつもりも、ないんだけどなぁ。)
「単純に、基準が分からないだけだよ。」
「基準、ですか?」
「どこからどこまでが上位貴族の範囲なのか、皇族レベルと言っていいのがどこからなのか。
そういったことが分からない。
きちんと知りたいなら、宮廷魔導士か教会に頼むのがいいだろうね。」
「そういうことですか。」
どうやら、アーロンも納得してくれたらしい。
(まぁ、レオ義母兄上くらいは余裕であるけどね。)
「あっ!お伝え忘れてましたが。
もう、あんなに危ないことはしないでくださいねっ。
お願いですから、皇族である意識を持ってください。」
アーロンは、いい笑顔で言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジュリアーノ殿下でいらっしゃいますね?
大変申し訳ございませんが、学長室へお運びいただけますでしょうか?」
教室に入ってくるなり、事務員らしき男性がジュリアーノに声をかけた。
「分かりました。側近も同行しますが、いいですね?」
「はい。勿論でございます。」
「では、案内をお願いします。」
「かしこまりました。」
事務員が一礼し、ジュリアーノはアーロンに目くばせした。
学長室へ続く廊下を、事務員を先頭にジュリアーノとアーロンの3人で進んだ。
教室が少々ざわついたようではあるが、こういうのは気にしたら負けだろう。
魔力暴走自体は未然に防げたのだし、大きな話にはならないとジュリアーノは高をくくっていた。
というか、精霊から受けた加護のことをすっかり忘れていたし、忘れていたのでエットレにすら話を通していなかった。
それが大事に発展するとは、これっぽっちも思っていなかった。
まさに、うっかりである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学長室の扉は豪奢ではないが、重厚だった。
その先には、学長とガレン教諭、その他数人の教師と思われる人間がいた。
「ジュリアーノ殿下。お呼び立てして申し訳ありません。」
学長がジュリアーノに頭を下げた。
魔導士学園帝都校の現学長は女性である。名は、ミラン・クラークス。
魔術への素養が高く、宮廷魔導士団から引き抜いた才媛だ。
就任してからの彼女の経歴は特筆するものはないが、「その分、公正な経営を続けている」とジュリアーノは評価していた。
学問への探求心と、教育者としての人格を兼ね備えた人材だった。
少しだけ、本当に少しだけ、エットレと同種の匂いはするのだけれど。
「いや、構わない。ここでは、私も一生徒だ。
そのように接してくれれば有難い。皆も、そのように頼む。」
「かしこまりました。」
クラークス学長が頷いたことで、他の教師たちも少し肩の力が抜けたようだ。
「ところで、宮廷魔導士のエットレとは交流がおありですか?」
「ああ、やっぱり、学長はエットレの縁者なのですね?」
「いえいえ、縁者なんて、そんな…。
ただ、顔を知っているというだけですよ。」
「私もたまに会うくらいですよ。」
(あ、やっぱ、同類なんだな…。うん、どんな人か、大体わかった…かも。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
室内にいる全員が腰を下ろすと、クラークス学長が用件を話し始めた。
「まずは、事実確認から。
新入生の魔力コントロールの授業中に、1人の女生徒が魔力暴走を起こしかけた。
その生徒は現在、救護室にて経過観察中ということでしたね?」
「はい。その通りです。
暴走しかけたのは、セージック伯爵家のサルビアーナ嬢です。」
「魔力暴走の際、サルビアーナ嬢の近くにいたジュリアーノ殿下がいち早く気付き、暴走を止めたのでしたね。」
「はい。私には、そのように見えました。」
「現状の被害としては、魔力暴走を起こしかけた本人のみですか。」
「はい。その他の生徒に関しては教室に戻って、学園側の指示を待つように伝えています。」
クラークス学長の質問に、ガレン教諭が答えていく。
そこで、クラークス学長はジュリアーノに視線を向ける。
「殿下も、認識は同じでしょうか?」
「ええ、そうですね。大筋は合っているかと思います。
補足するとすれば、ガレン先生がとっさに防御魔術を生徒たちの前に展開してくださったおかげで、被害を最小に抑えられたということでしょうか。」
「なるほど。概要は分かりました。
ところで殿下、他人の魔力暴走をどのように止められたのでしょうか。」
(止めたって言ってもなぁ。同調させただけなんだよなぁ。)
「そうですね。……私も理屈などは分かっていないのですが。
私がしたのは自分の魔力をサルビアーナ嬢の魔力に同調させただけです。
振り返っても、それ以上のことは何もしていなかったと思います。」
先ほどのことを思い返してみたが、ジュリアーノにはそれ以上のことが思い当たらない。
「魔力同調、……ですか?」
クラークス学長が額に手を当てて、難しい顔になった。
「ええ。何か、問題がありましたか?
もしかして、サルビアーナ嬢に影響が?」
「いえ、それは分かりません。
ただ………。
魔力同調とは、そう簡単なものではないはずです。
特に暴走しかかっている人間に対してとなると、難しいかと…。」
「つまり、私の話には真実味がない…という訳ですね。」
「現段階では、…はい、そうなりますね。
切迫した状況で瞬時に、というのはかなりの難易度だと思います。」
「そうなのですか?」
「ええ。」
場は、そのまま静まり返る。
正直、気詰まりな感じだ。
自分の応対に特段の不備があったようにも思えないけれど、ジュリアーノはいたたまれない空気を感じていた。
沈黙は暫くの間、続いた。
「まぁ、エットレと交流しているくらいですから。
何か、公にできない秘訣のようなものがあるのかもしれませんね。」
結局、学長はエットレのせいにした。
(あれ?あんまり、仲良くないのかな?まぁ、一旦帰してくれそうな流れだし、ここはだんまり一択かな。)
この時、ジュリアーノの頭には『沈黙は金』という言葉が浮かんでいた。
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