003.魔術属性の不思議
ふと 教本から顔を上げると、エットレの髪に目がいった。
(エットレも、大分 白髪が増えたなぁ…。)
エットレは、第1皇女エレノアの幼少期から家庭教師をしている者だ。
皇室に仕えて、20年以上は経つと思われる。
(そういえば、エレノア異母姉様と随分 顔を合わせていないな。)
エレノアとジュリアーノは14才も歳が離れており、ジュリアーノが物心ついた頃には エレノアは タイムーン公爵家へ臣籍降下していた。
「幼い頃は エレノア様に よく遊んでいただいたものですよ」と古参の侍女たちは言うけれど、あまり記憶にないジュリアーノは少し淋しく思っていた。
(遊んでいただいたのに覚えていないというのは、こんなに淋しいものなのだな。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュリアーノには エレノアを含め3人の姉がいるが、どの姉も こと魔術に関しては とても優秀で、特に 同母姉のアニェーゼは 次期聖女に確定している。
実母ルナーリアも、アニェーゼも、その魔術属性は『光』である。
『光』属性の魔導士は 魔力持ちの中でも非常に稀だ。
ジュリアーノも『光』属性を持って生まれてくるのではと、期待されていた。
しかし、生まれてみれば、魔術属性なし。『無』属性すら持ってはいなかった…。
皇帝の興味は ジュリアーノから離れた、皇子としては。
第3妃「寵姫ルナーリア」の産んだ男子として、稀に目を向けられることはあっても、皇子としての成長を望まれていない。それは 少しばかり悲しいことだけれど、仕方のないこととして、10才になった ジュリアーノは 静かに受入れようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エットレは、今、幾つなの?」
「私の歳、ですか?」
「そう。
もう、20年以上は宮廷魔導士をしているのでしょう?」
「そうですね。今年で、47才になりますね。
宮廷魔導士としては、29年ほど仕えさせていただいております。」
なかなかの古株魔導士である。
「その間、ずっと研究もしていたの?」
「いえいえ、最初の1年は先輩魔導士について、
宮中での仕事を覚えたりしておりました。」
「そうなの?
じゃあ、どれくらいの間、魔術を研究してきたの?」
「そうですね。
3年目から少しずつ研究をさせて頂けるようになりましたから、かれこれ27年目でしょうか。」
ジュリアーノは ちょっと躊躇ってから、思い切って聞いてみた。
「そう…。
その、研究の中には、魔術属性に関するものもあったのかな?」
エットレは 一瞬だけ目を見開いた。そして、慎重に言葉を選ぶかのように 目を伏せた。
その質問の重さと、ジュリアーノの気持ちや 置かれた立場を思うと、どう答えたものか。エットレには、返す言葉が見つからなかった。自分には計り知れない、ジュリアーノの苦悩を目の当たりにして。
平民や貴族令息のそれとは、違うのだ。
魔力量が少ないのなら、まだ救いがあったのかもしれない。だが、ジュリアーノの魔力量は 現皇族の中でもトップレベルで高い。それなのに、魔術属性がない為に それを活かすことが出来ない。
「………そうですね。
もっと調べてみるのも、興味深いことかもしれません。
殿下さえお許しくださるなら、
私の宿題とさせてくださいませんか?」
そう、応えた。
宮廷魔導士 エットレは、最後の教え子 ジュリアーノ殿下に寄り添いたかった。自分の最後の研究課題として、ジュリアーノの悩みを解いて差し上げたい。その気持ちを伝えるだけが、エットレの精一杯だった。
エットレさんには、これからがっつり苦労してもらう予定です。
ジュリアーノの無茶鰤に耐えてねー。