#002 暑い時は冷たいもの!前編
夏は暑い。そんな事は、地球上の誰もが分かっていることだ。砂漠や極地は別として、どこにでも夏はやってくる。日本も、例外ではない。
だが、亮平にとっては夏は、四季の中で最も体が重たくなる季節だ。体を照り付ける太陽の強烈な光。蒸し暑い日本ならではの夏。亮平達の住んでいる街は東京や沖縄の方ほどは暑くはないものの、やはり梅雨が明けると気温は一気に上昇する。
「やっぱ、蒸し暑いなぁー」
そして、その蒸し暑さは、服を何枚重ねで着ているかによっても違ってくる。東成中の制服は、生地が市販の服より分厚いが故に、冬は暖かいが夏は灼熱地獄に苦しむという一長一短がある。そして、夏はその制服の短所が決定的に表れる季節なのだ。
汗が滝のように、とはいかないまでも次々と亮平の顔の表面を流れていく。汗が蒸発しにくいという点でも、蒸し暑いというのは天敵だ。亮平のように冬より夏の方が苦手なタイプの人間にとっては、特に嫌らしい。
「ほんとに」
亮平の隣を歩いている未帆も、そう返事を返した。学校にいく通学路が偶々被っている部分が長いので、亮平と未帆はしばしば合流して登校することがあるのだ。学校の登校時間の幅が狭いので、時間差で通るタイミングがずれることが少ないのもその可能性を高める理由になっている。
「こういう時こそ、冷たいものを食べたらおいしいんだろうなぁー」
未帆の願望があふれて漏れ出している。思ったことはつい声に出てしまうのは分かる。亮平も全く一緒のタイプだからだ。だいたい損をすることが多いような気がするのは気のせいか。
しかし本当に、暑い時にこそ冷たいものを食べたい、というものが人間の本能だと思う。もちろん、気温が氷点下の冬の深夜に外でアイスを食べると不味い、と言っているわけではない(極端な例だが)。だがやはり、体を冷やしたい、という状態で冷たいものを食べるという行為がおいしさを増幅させてくれるのだろう。夏に冷たいものを食べる欠点は、食べすぎで頭がキーンと痛くなることぐらいしかない。
第一梅雨という季節は、だいたいの日は雨が降って体感気温があまり上がらないのにも関わらず、晴れた日に限って一気に上がる。夏という季節が本格的に暑くなるのは七月から八月にかけてが世間の一般常識なるものだが、六月は六月で湿度が高いため、気持ち悪さを伴う暑さになる。
「でも、食べられない時にそんなことを言われると、かえって蒸し暑く感じちゃうと思うんだけど?」
絶対にそのときに食べられないものを想像してしまうと、余計に腹が減るのと同じで、冷たいものをイメージしてしまうと余計に暑さを厳しく感じる。
「そうかな?私はそんなことはないんだけど」
自分にはそう思わなくても、他人の感じ方は必ずしも同じとは限らない。未帆にとっては、その考え方は何気ない会話には適用されないようだ。すでにアイスにかじりついている自分の姿を想像している亮平にとっては、なぜに未帆がイメージしても何も影響がないのか聞きたいぐらいなのだが。
「でもやっぱり俺は・・・・・・」
「やっぱり、夏に食べる冷たいものといえばソフトクリームじゃない?」
亮平の話は見事に遮られた。別に些細な事だからいいかな、と思い始めている亮平でもあった。
「いやいや、そこはかき氷でしょ!」
乱入者はいつも突然にやってくる。今回の乱入者は、澪だった。いつの間に背後につけていたのだろうか。
「み、澪!?いつからそこに・・・・・・。それはともかく、やっぱり夏といえばソフトクリームでしょ?」
「そんなことない!」
(なーぜまた、そんないまいちどうでもいいことで口論になるんですかぁ)
未帆と澪。この二人を混ぜると、洗剤を混ぜると塩素ガスが発生するように、険悪な雰囲気になる。『喧嘩するほど仲がいい』ということわざがあるにはあるが、亮平は些細なことでその『喧嘩』を始めないでもらいたいと思っている。今も現在進行形で。
そして、意見が真っ二つに割れたときに誰かひとりでも中立な立場の人がいた場合、どのような事態になるかはだいたい予想がついている。すなわち、
「亮平はどう?」
「亮平君はどう思うの?」
「・・・・・・」
残っている人に意見を求めるのである。
意見を問う方は別に何も感じはしないが、される方にとっては厄介なものだ。一方に付けばもう一方からとやかく言われ、かといって違う方に付けば今度は逆側から難癖を付けられる。無視をすれば、当然両方から責められる。
だいたいの場合、その場でだんまりを決め込む方が正しいのだが、この方法には一つの欠点が存在する。相手が無視できるレベルぐらいなら何ら問題はないのだが、未帆も澪も亮平にとって無視できるような関係ではない。
「意見なし、か・・・・・・。なら、はっきり白黒つけさせる?」
「賛成!」
(セリフの言い方よ・・・・・・)
もっとマシな言い方はなかったのか、とついつい心に漏らしてしまう。
中立を保ち続ける一つの欠点。それは勝手に決められてしまうことだ。中立を決め込んでしまったことで、不用意に手出しができない。不用意に手出しをすると、どちらかの意見に着いたとみなされかねない。一度中立を宣言しているようなものなので、余計に双方の不満がたまるのは明らかだ。
「明日は土曜日でしょ?で、亮平に、『夏といえば』がソフトクリームかかき氷かを決めさせるために、近くのコンビニで買ってきてもらわない?当然、お金は私たち負担で」
「ちょっと待って。午前は亮平は部活で学校にいるから、午後からにしよう」
そして今回は、またとんでもない方向へ話が進んでしまっている。澪が『お金の負担』という文章の初めを言ったのが耳に入ったときに、つい『亮平負担』と言ってきそうで怖かったが、それはなかったのでギリギリセーフということにしておこう。止めるという選択肢はない。傍観を決め込んだ以上、姿勢を崩すのは少々分が悪い。
「そんな大げさにならなくても」
しかし、そうは言っても一応は引き留めておく。これで引き留めることができるのならば、杞憂で済むのだが。
「「大げさじゃない!」」
現実は、やっぱり厳しい。両脇から同時に叫ばれては、なすすべがない。些細なことで関係ない人を巻き込むのは、本当にやめてほしいものだが。
「てことで、明日の午後一時、学校前の公園に集合ってことで!」
話はその後も勝手に進み、勝手に亮平の午後の初めのスケジュールが埋まった。『埋まった』といっても、ほぼ強制的に入れられたシフトのようなものだが。
(来なかったら気まずい。どちらかの言い分を通してももう片方に気まずい。どうすれば・・・・・・)
学校に着くまでの間、未帆と澪の話も聞き流し、ひたすら明日の事だけを考えていた亮平だったが、ついに答えは出なかった。
「忘れないでよ、亮平君」
学校の教室に入るときの澪の別れ際の言葉が、亮平の心に深く突き刺さった。
まだ続きます。次話は今話がつながっているものとしてください。




