185 間違い探し
本日はここまでとなります。
恐らく明日で遂に完結します。
下剋上を期待している者には煌めいて見え、また地位の保身を望んでいる者にとってはおびえながら過ごさなければならない月も、下旬に差し掛かっている。
西暦上では新年が一月一日の正月から三百六十五日となっているが、日本の期では四月から翌年三月で一区切りとなっている。これは、国によってもまちまちで、例えば添加を取っているアメリカ合衆国の新学期は、九月だ。日本からアメリカに転校した時にどう学年を合わせるのかは、誰もが疑問に思ったことだろう。
冬はもう脱しているが、本格的な春のシーズン到来はまだ先だと知らせるような、肌寒い強風が吹き荒れる日もある。しかし、半分ほどは太陽が頑張り始め、最高気温が記録される頃には長袖だと暑く感じることもある。
亮平にとっても、今日というこの日は、ライフイベントでも重要な意味を持つ日となる。
(三年間、長かったようで、結局長かったな)
澪とは二年間、未帆に至ってはたった一年の付き合いであるが、その分誰よりも濃密な期間だったと、我ながら誇りに思う。
出会いのきっかけは、どれもこれもへんてこりんなものばかりだ。
澪との初めての面識は、亮平が校則違反ならぬ風紀を乱したことだ。学級委員長で正義感が有り余っている澪にとがめられ、そこから付き合いがスタートした。規律を厳守して生きていく堅物の人間では、澪と口を利くことは無かっただろう。不真面目さが、思わぬ遭遇を演じたのだ。
未帆は、元々はこの地域出身の地元っ子なのだが、親の転勤の都合で遠く離れた関東まで引っ越していった。就学前で記憶がまだ定まっていないのだが、あの頃から未帆は周りの子を落ち着かせていたように感じる。
生育地に戻って来てからすぐ亮平に話しかけて来てくれたのは、ひとえに『幼馴染だったから』という点が大きいだろう。未帆に残っていた過去の記憶からはかけ離れていたかもしれないが、積極的に関わろうとしてくれた。
では、未帆が幼馴染でなかったら? 未帆の容姿は、亮平には高嶺の花に等しい。自分から近づかないことで、未帆もまた別の人たちと学校生活を楽しんでいたことだろう。なにより、凝り固まった考え方が変化することも無かったはずだ。
(ほんと、何処を好きになったんだか)
澪は、悩みの相談相手になってくれていたことから発展していったので分かるが、未帆は全く分からない。引っ込み思案なところはあれど、愛嬌がある。ふんわりとした口調から、ひらりと舞う細かい仕草までが、芸術品の域にある。チョロい男子に引っ張りだこになりそうな要素しかない。
ともかく、未帆も澪も、確固たる理由があって亮平に好意を向け、一途になってくれている。社会に放り出せば一匹狼になって独自の世界を生み出しそうな亮平に、親しい間柄の異性が二人もいるのである。なんと幸せ者なのだろうか。
このままの二等辺三角関係を続けてはならないとも、警告を受けている。高校受験と言う、進路が分岐する重要なテストがある。この紙に書かれた答案の点数で、希望している高校に進学できるか否かが決まってしまう。裁判は控訴審で逆転無罪を勝ち取ることもできる(ただし確率は極めて低い)が、受験の結果は点数が全てである。順位が一つ違うから入れさせてくれ、は通用しないのだ。
別々の高校に進学しても、休日に会えばいいのにという意見もあるだろう。狭い市町村に十数もの高等学校が設立されているのならば、早急な事案で取り組まないと後悔すると言ったほどでもない。シチュエーションの問題になる。
亮平達の暮らしている地方は、一地域に一校しかない。私立を含めると多少は水増しされるだろうが、数えられるほどしか点在していない。毎日往復するとなると交通費が高くつき、また交通の便そのものも良くない。寮生活まっしぐらなのだ。
つまり、進学先が違うだけで、私生活までもが分裂してしまうのである。一緒に居られる時期は、ほとんど余っていないかもしれないのだ。煮詰まった正直さを全力でぶつける機会は、逃せば次は無い。
「……それでは、終礼!」
勢いよく声を張り上げた担任に呼応して、クラスメート全員が一斉に起立した。タイルの地面と椅子の脚が擦れる音も、一旦聞き納めである。
亮平のすぐ前の席は、空席だ。他の机には各々の通学カバンやら置き勉の持ち帰り忘れやらが散乱する中、一か所だけ時が止まっている。日が当たって、木目の継ぎ跡と節が色彩豊かになっている。
(……普通、そうなるよな。学校になんて、とてもじゃないけど来られないよな)
家を出て数歩したところで、突如意識を失わされた。身に覚えのない罪を被せられ、性的暴行に遭いそうになった。状況が目まぐるしく動いたせいで、身体が付いていけなくなるのも当然のことと言える。むしろ、精神に異常をきたすことなく登校している亮平がおかしいのだから。
現在時刻から一時間ほど前に実施された、亮平たちの卒業式。クラスごとに固まって、パイプ椅子で氏名を呼ばれるのを待つ。五十音順の名簿で、出席番号の若い者から順に卒業証書を受け取っていくのだ。
見た感じでは、他クラスに欠席者はいないようだった。欠席事由を強引に捏造してはずる休みを繰り返していたろくでなし軍団でさえも、正装で背筋を伸ばして緊張感を保っていた。
そんな中、一人分のスペースが空いていた。練習ではフルイニング出場していた癒し製造機が、本番になって欠席していた。列のど真ん中に空いている穴は、そのまま亮平の心の穴を表しているようだった。
『西森 未帆。 欠席』
アナウンスがあっても、立ち上がる人はいなかった。本来ならば元気よく返事をして、舞台上に上がっていくはずの大親友を追い詰めた八条学園を、許せることは生涯無いだろう。
亮平の告白日の設定は、未帆にのみ一週間遅らすことで澪と合意した。フライングで澪が結果を未帆に伝えるかどうかは任意だが、澪はどちらでも隠し通すような気がする。
目を閉じて胸に想いを馳せると、未帆や澪との思い出がまるで昨日のことのように再現される。
未帆と澪の間に対立関係が初めて生まれたのは、始業式から僅か二週間の事だった。推薦と成り行きに押されて委員長に祭り上げられた亮平に追従する形で、後追い当選をした未帆。伏線は、ここから張られていたのだろう。
同一クラスである以上、未帆との行動回数が自然と増えていく。授業間の他愛も無い会話から、登下校の雑談まで。それをけん制するために、合同行事では澪が一番全力をつぎ込んで目立っていた。空回りして失敗することもあったが、未帆一辺倒になるのを妨害できていた。
修学旅行では、亮平の道迷いから散々な目に遭い、ホウホウのていで逃げかえって来たほろ苦い記憶が残る。『修学旅行が学校生活で一番印象が強い』と模範解答を口にする生徒は多いが、亮平は悪い意味で印象を刻みつけられた。
二人の内の一方が無茶ぶりをし、もう片方がそれに便乗するという、板挟み形式。漫才の毎回恒例の持ちネタではないが、もはや亮平の(?)お家芸と化してしまっている。『やめろ』ときっぱり命令形でやめるよう強制しなかったのは、未帆も澪も悪戯だと自覚をもっているのが大きかったのではないのだろうか。
とにかく、奇想天外な行動と四次元に繋がっている語録に翻弄された一年だった。同時に、それらは亮平の価値観を根こそぎ奪い取って矯正してくれたのだ、と思う。
誰にも出会わず、無難に空気として過ごしていたら、どのような人間に成長していただろうか。おそらく、合理性ばかり追い求める夢の無い人間になっていた。心を許すという行為を極度に恐れ、腫物を慎重に扱うようにしか接することが出来なかっただろう。
(感謝しても、お釣りが山ほどあるな)
今『心の底から愛している人は誰』とリポートされたら、本心にウソを付かずに率直な想いを躊躇なく明文化する。ベタな告白文でも恥ずかしがらず、太めのペンででかでかとセンターに飾ってやる。
狭窄な視野しか持ち合わせていないと、偏った見方しかできなくなる。それを証明したのは、他でもないこの亮平自身だ。自分からの距離がどんどん近づくにつれて不幸な出来事に鉢合わせるという比例関係だと、いつも言い聞かせていた。
未帆の立場になって、その頭の固い親父のような考え方を直してみよう。
親交が深まることにより獲物だと認識されたことは、誤魔化しようのない真実だ。亮平を釣るルアーというだけで、活力が消えかかる寸前まで行ってしまった。この一場面だけを切り取れば、亮平の主張は説得性を持つものに見える。
ところが、だ。隔離されて蚊帳の外に居ることが、未帆が切望した行為だったのか。いや、そうではない。天と地がひっくり返っても、亮平についてくるのではないだろうか。
未帆にとっての不幸せは憶測の範囲は出ないものの、手の届くところに亮平が存在しないことと、亮平自体が積乱雲に飲み込まれて風雨にさらされることだ。後者は亮平と未帆のどちらにも不利益しか生まないが、前者はそうではない。
亮平と日頃よくセットで居ると、確実に動乱に巻き込まれる回数は増える。それでもいいというのなら、それはそれで構わない。
「解散!」
中学校最後の号令に、逡巡する心理からまた三次元空間に意識を戻された。
(……これで、もうこの校舎とはおさらばだな)
独特のシステムに苦しみ、代表者に責任転嫁する上層部からの押し付けは想像を絶するほどの試練を与えられた。暴力こそ影を潜めていたが、パワハラが横行していた。ブラック企業と揶揄されても認めるしかない。
そんな屈指のゴミ環境の学校の校舎でも、思い入れはきちんとある。未帆や澪たちと和やかに過ごした教室。授業の発表で、緊張のあまり舞い上がってカタコトでしか原稿を読み上げられなかった未帆が、とても初々しく感じた。
(澪は待ってるだろうし、もう行くか)
廊下からの雑音を拾ったところでは、この亮平が所属しているクラスの進行が遅れ居ている様子だった。澪は、首を長くして下駄箱で待っているだろう。
亮平は通学カバンを両肩に背負い、体を出入口の方向へと転換した。
※毎日連載です。内部進行完結済みです。
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