165 小競り合い その2
澪が第一打を切り出し、まったり麻雀がスタートした。約一名、役どころかルールがうろ覚えな人が混在しているが、慣れでどうにかしてもらうしかない。
亮平の右隣りの親、つまり最初に切り出す席には澪が仁王立ちで構えている。不動明王ほど厳しくはない。盤上のスポーツなのは将棋であって、麻雀はそこまで体力は使い果たさない。続いて、亮平、横岳。
そして、正面に鎮座している未帆の腹部は、もっこりと膨らんでいる。ストレスで暴飲暴食しそうなタイプではあるが、これは澪の仕業である。自前のバスタオルで椅子とまとめてがんじがらめにしてあるのだ。暴走禁止用なのは分かるのだが、その理論だと澪も縛り付けなければ公平でない。
未帆と澪の手元には、点棒と別途でポーカーチップが十枚ほど保持されている。負けた方が、後日一食分をおごるそうだ。賭博罪で捕まりそうな気が一見するが、これくらいのことで捕まるならば、ジャンケンで一度でもおごりのやり取りをした人は全員牢獄送りである。とても刑務所も裁判所も税金も足りたものではない。
「それ、ポン!」
「あー、人のもの取ったら泥棒の始まりって知ってる? これ、いいの?」
「いいんだよ。麻雀でその言葉、初めて聞いたな」
『ポン』とは、相手の捨てた牌を拾って、同じ柄のものを三つ集める行為である。もちろん、合法だ。未帆がふざけていれば、緩めチョップの一つは入れていただろう。
「ねえねえ、私、あんまり麻雀が分からないからさ。おしゃべりしながらゆっくりしようよ」
平仮名使い未帆は、無言で牌とにらめっこしている亮平たち三人についていけなかったようだ。
「一人だけ楽しめなかったら、やってる意味無いもんな」
遠足で車いすの子がいれば、皆がそのスピードでゆったりと進む。部活動紹介は、基本知らない人に合わせたレベルで勧誘する。初心者に優しく、は何事においても原理原則なのだ。
雑談主体については暗黙の内に了解されたようで、低気圧があちらこちらで雨雲を発生させていたのとは打って変わり、一つに融合した。抵抗しかけた熱帯低気圧の運動部さんも、『対等な勝負』にこだわりがある。酸素の過剰供給が、抑えられたようだった。
「は、……」
場と打ち解けられたこともあり、未帆が先頭でいざ出走……しなかった。クラウチングスタートで足を掛ける台が固定されておらず、ピストルと時を同じくして平行に頭が飛び出したのである。
後先考えずに突っ込む思い切りの良さは澪からぜひ引き継いでいってほしいものだが、いかんせん考えが無さすぎる。チラチラと澪の顔色を窺っているその姿は、社長の御機嫌取りそのものである。
未帆が、目を静かに閉じた。あまりに自然で、寝ているよう。まぶたの裏で、回想がアニメーションで流れているに違いない。にわかに、下唇が下降した。
「私が春に引っ越してきた、いや戻って来たなのかな……。どっちでもいいけど、その時の事詳しく伝えて無かったから、今しゃべっちゃおうと思って」
(うん、聞いたことないな)
今からちょうど一年ほど前の、始業式。たいして桃色でない桜の葉に埋め尽くされる校庭。未帆がこの街にやってきたのは、そんな時期だったのだ。亮平としても幼少期の記憶は欠落も多く、『幼馴染』と断片的に残る遊びでの未帆という二つのイメージが、そのままだった。
中学最後の学年、最後のクラス。元気ハツラツでCMのイメージにピッタリな亮平の数少ない友達格の澪も、友佳も、他クラス。一年間地蔵で暮らすのかと、何の展望も無かったはずだ。
「聞きたい、聞きたい!」
「……不純な話とか期待しても、無駄だよ?」
早速揚げ足取りを虎視眈々と草原に潜むチーターを、新型戦車が威嚇射撃した。純粋な興味も提示しているので、未帆もシカトするわけにはいかないだろうが。
「えーっとねー……。皆、怒らないでね? 怒らないって約束してくれるなら、続き話すけど」
熱湯風呂の『押すなよ』とは真逆の意図が読み取れる。約束はできないと突っぱねると断絶されそうだったので、亮平は真っ先に頷いた。横岳は、亮平に行動が準じている。適材適所、扱いなれている人が一番信用できるということだろう。
ラストエンペラー、門番酒井は何か企みがあるらしい。不敵な笑みを未帆に見えないように見せた後、未帆と約束を取り付けた。
「それじゃあ……。高速道路に乗ってる時、ガラスの向こう側にこの街が見えたんだけど、やっぱり比べたら田舎だなー、って」
それはそうだろう。東京近郊と、郊外の三乗を比較すれば、おのずと天秤が跳ね上がる。未帆の記憶の大部分は埼玉なので、重ねると発展途上なのはわかり切っている。怒りが湧くと言うより、当たり前のこと過ぎて無感情だ。
あれだけ怒るなと釘を刺されていた澪が、早速宣誓書を破り捨てた。カッと見開いた黒目に、ろうそくの火がともる。乱暴に牌をつまみ、マナー違反で出禁にされる程度に打ち付けた。物は粗末にしてはいけない。
約束を反故にされ、未帆も黙っているはずがない。
「さっきの言葉! 怒らないって言うから素直になったのに……」
「……亮平くんのこと、馬鹿にしてる! ここら辺は……未帆が前住んでたのと比べたら、確かに田舎だと思うよ? それでも……、それでも、見下されてるような気がして」
未帆に悪意はない。当時の思いを、率直に公開しただけだ。澪にそのようなことが分からないはずがない。前提を踏まえても尚寛容になり切れない心が働いたからこそ、未帆に大波を被せたのである。
人の振り見て我が振り直せ、という日本古来なのかもしれないことわざがある。他人を非難するからには、自己は完全無欠でなくてはならない。過去の行いをブラックボックスに封じ込めて、あたかも無かったかのように振舞うことは、許されないのである。
Uターンで故郷へと返り咲いた未帆と異なり、澪は外部の人だ。関東圏で生まれ、育ち、文化もそのままが根付いている。転校してきたのは二年前だが、当時、面識は皆無と言ってよかった。
我流で正攻法を押しのけるパワー一辺倒の自信家との初会話は、学年が上がってからであった。亮平がアプローチしに行くわけがない、向こう側からの接触だった。
「みーおーさん。中二で転校初日の思い出をはっちゃけてた気がするけど、その中に未帆みたいに『この街は』の下りが入ってたはずだぞ」
未帆を目力で氷漬けにしていた澪の眉が、微細ながら不穏因子が発現したことを感づいた。天敵感知レーダーで部屋中が赤外線で埋め尽くされ、亮平は直ぐに捕捉された。
報復攻撃が来ると覚悟したのはどれほど前だったのか、霧嶋城総攻撃の日がやってくることは無かった。参謀の理性が猪突猛進しようとする姫君を諫めたのだろう。むやみに手を出すと、返り討ちで賊軍になってしまう、と。
「……なんのこと? そんなこと、亮平くんに言ったことあったっけ?」
引きつった顔を逆方向に流して、水流を強引に断とうとしてきた。すっとぼければ軍を引き上げてくれるはず、という期待がおもむろだが、人生、砂糖ではない。
「へー、しらばっくれるんですか。『正直に言うね? おっきいビルとか、繁華街とか、どこにもなくて驚いた。田園風景がズラーッと地平線まで続いてるだけだし』と記憶に刻み込まれてるんですけどなぁ……」
「やめてよ……」
勝とうとするあまり、不正を犯しては本末転倒なのである。フェアプレーの精神くらい、頑として突き通して欲しいものだ、澪の二大長所の一つ……と断言するとすぐさま口封じ(圧力)されてしまうので、きれいさっぱりメモリから消去することにする。
謝罪オブジャパニーズが最大限の敬意だと考えているのは、一部の日本の上っ面だけ掬った外国人だけ。最上級なのは最上級だが、緊急性がマックスなのである。パチンコで会社の資本をマイナス方向に振り切れさせるなど飛びぬけない限り、口頭で済ますことも多い。
さて、亮平がどの意図で、長々と土下座の排出割合の小ささを語ったか。川底からひょっこり顔を出す訳も無い。伝家の宝刀が何本も亮平の蔵に収納してあることを悟った澪が、敗勢を認めたのだ。公言してはいないが、嘆願する目が全てを物語っている。
それだけならば、その場を収めて一件落着となるのだが、澪のプライドがそうはさせてくれなかったらしいのだ。
「……これ以上は……!」
澪がおでこを雀卓上にこすりつけんと、両手を広げて両端に押し込もうとした。未帆が未帆らしからぬ行動をしたかと思えば、澪もらしくない。
「おっと、そこまで。リアクションが少々大きいんだよ」
(素直すぎるよな……)
待ての看板を作成し、未遂で終わらせることが出来た。頭を垂れ下げようとしていたことに今頃気付いたか、しきりに手をグーパーさせている。
ボス部屋あるあるの、状態異常付与。そこまで遜色ない未帆宅が、混乱を乗せた風を拭き散らしている。未帆はベタ甘に、亮平は感傷的に、澪は消極的に、オリジナルの力が発揮されていない。これも、別れの季節というものなのか。
「未帆、転校してきた時の事、まだ序の口だけだろ、話したの」
「うん……。澪ちゃんがいいなら、次いくよ……?」
未帆と澪のライバル関係は、やや曲がりくねっている。未帆も澪も、互いに負けてたまるかと小競り合いを繰り返す。しかし、各自の視点で物事を考えてみると、ついている色の相違がよく見える。
澪は、白昼堂々と正攻法で未帆を倒すことに主を置いている。だまし討ちなど以ての外で、小技も何もなく、スマッシュを打ち続ける。ライバルの典型例である。
ところが未帆はと言うと、形相が異なってくる。争っているのは確かなのだが、どこか親友で扱っている風にも捉えられる。ただの敵対ではなく、良き好敵手という見方なのだ。
押しと引きがはっきりしているのもあって、敵とみなした人物と、澪は口を滅多に聞かない。未帆のマジックパワーがあるからこそ、溶接で閉じられていた扉を開けられているのである。未帆は、コミュニケーションがあんまりうまくないと澪の強硬な態度に疲弊していたことがあったが、普通なら立てないスタートラインに立っているだけで大したものである。
澪を下から上まで見渡し、何ともなさげなのをチェックしてから、未帆は詰まっていた過去話の再生ボタンを押した。
「はっきり言うよ? 私、亮平がどんなだったか、ぼんやりとしか覚えて無かった。でも、何となく『幼馴染』っていう肩書で特別に考えてたと思う」
貴重な正のレッテルを、亮平に貼っていたようだ。
未帆は亮平の目の高さより若干下に視線を落としているが、あまり落ち込むことでも無いように思える。
(俺も、未帆に色眼鏡かけてたしな)
目の前の席が未帆だと知らなければ、心がときめいたであろうか。たかがストレートの長髪で、見とれそうになっただろうか。答えは、ノーだ。
「亮平と喋ってみて、中身がよく分からなかった。ぼやけてるっていうか」
「それは今も一緒だな……」
つくづく、本質は周りの流れに左右されないと感じさせられる。出来事が古すぎて、未帆が尖ったまるまるかどうかなどは、覚えているはずはない。
「……冷静に振り返ってみたら、私、出会って間もない頃から『亮平』って名前で呼んでるよね。あ、それは亮平も同じか……」
「そうだよ! 亮平くんと別のクラスでガッカリしてるところに、亮平くんのことをよく知りもしない未帆がピッタリ後ろについてて……。そのくせに、中々離れてくれないし……」
澪の文句がたらたら海洋に流出している。なんとも爆弾だ。テロでもなければ、環境汚染で魚が不審死するわけでもないので、国際社会は気付かないだろう。
300テラバイトのメモリによると、『未帆』呼びは自然とそうなっていた。『西森さん』では、どこかよそよそしい。『未帆ちゃん』は、ちゃん付けに違和感があった。それに、『亮平』に『未帆』と返したとき、未帆に嫌な素振りが見受けられなかった。
(……未帆って、ずっと俺と一緒に帰ってるような)
何がきっかけで亮平に好意なるものを向けるようになったのかは、確かではない。だが、未帆にも友情が希薄な時期というものがあったはずなのである。
「……いくら昔だからって、亮平と、友佳と……、嬉しかったことは、残ってるんだ。だから、また一から作り直しになるけど、またそうなればなー……って。『亮平』って名前で呼んでたのは、たぶんそういうこと」
自信は持てないのか、未帆は、終始頬を人差し指で突き、モヤモヤ上の空だった。
最初期はあまり馴れ馴れしくはなかった気がしたのは、過去の財産をかなぐり捨てて、ゼロからすべてを創り出そうとしたから、ということだ。なかなかの苦労人である。
亮平が下の名前を使っても嫌悪しなかった理由も、すべてほどけた。
未帆のツヤがある腕が、ツモ山へとのびる。どんちゃんで時空がねじ曲がったかのように進行が遅く、まだ一巡目である。
(そうだ、麻雀もやってたな)
つい数分前のことがはるか遠くへ逃げていく。時間の密度が右肩上がりになっていく。一生が毎分このような濃密であれば、充実感はマックスを超えそうだ。
「最初は、友達になりたい一心で亮平に毎日アプローチしてた。けど……、無愛想でも、素っ気ない所に思いやりがあって、何よりほっとできて……」
牌をツモぎったそのままで、未帆が自身に左手に右手で温和な血潮を流しこむ。回想にどっぷりと浸かり、外部との連絡手段を遮断している。四次元であれやこれやと忙しそうだ。
「……亮平……」
肩同士が接しているほどの近距離にいる亮平(仮)にもたれかかる様に、体を預けた。空想の楽園で充実した生活を享受している未帆は、澪がすぐ右隣りで訝し気なのも甘受していそうだ。突如として現れる第二人格は、細かな悩みを一切合切流してしまう。
(でもですね、未帆さん……。俺は、あなたの真正面で傍観してますよ?)
無限の可能性を秘めし和やかメーカーを支える物は、何もない。重力に引っ張られ、未帆の伸びた上半身から墜落しそうになった。
無理だ、と論理的な結論を導き出す数学脳を押しのけて、脊髄反射の信号が体中を光速で駆け抜けた。回り込んでいては間に合わない、亮平は机オン麻雀卓の斜め下へ頭からダイブした。前に出る限り、関節という関節を伸び切らせ、側面を床に向けて倒れこもうとしている未帆に指をかけようとする。
「あぶない!」
澪の悲鳴が聞こえたとほぼ同時に、未帆の落下が止まった。組体操の扇の端の、中途半端な斜め45度でだ。
四次元へ意識がお散歩していた未帆も、耳をつんざくばかりの警告が脳を振動させたか、衝撃映像がテレビで流れた眼の開きようだった。時間の進みが遅い中、離れてしまった亮平が低空を平行移動しているのに釘付けになっている。
『亮平、なんでそんなところにいるの』と今にも問いかけて来んと、潤いのある目の奥のクエスチョンマークが強調されている。スポイトで蒼が注入され、悲壮感も空気で伝染してきた。もはや、両目が疑問形をしている。亮平の方が聞いてみたいのだが、未帆は逃げられたように感じている。
未帆が危険に晒されていないことを確認した亮平は、更に前方の椅子の脚へと近づいて。
「ゴツン」
(……っ)
頭頂部を、勢いよく打ち付けた。頭蓋骨はどうもなっていなさそうだが、痛覚神経はそうもいかない。鈍器でてっぺんをピンポイントで殴られて、鈍感で済む問題ではない。痛みを感じるのは生命維持に置いて重要な役割を担っているとはいえ、やはりズキズキしてしきりに頭痛に襲われる。
「亮平、大丈夫!? 今私が……」
「未帆は、動かないでねー」
火炎放射器と液体窒素の対決は、地力で大型冷凍庫澪が勝った。蛇に巻き付かれては、カエルだろうと何だろうと金縛りにされる。
澪は、たいそうご立腹である。床でノビている亮平を作り出した犯人が、許せないらしい。亮平として、宥めることはできるが弁明で釈放まではもぎ取れない。故意でも過失でも、落ち度が未帆にあるため、未帆は一人で被告として原告に立ち向かうしかないのだ。きっと賠償金で困窮するだろう。
「次、誰がお風呂はいるのー?」
廊下方面から、就寝用の衣服にモデルチェンジした友佳の声が響いてきた。僅か二順ターンが回る間に、時計の針は数字を二つも増やしていたのであった。
※毎日連載です。内部進行完結済みです。
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